東海道、日本橋から歩いてみました

今度、ウォーキング同好会で、日本橋から東海道を、
江戸時代の人のつもりになって歩いてみようという企画をします。

目指すは川崎宿ですが
一回では難しいので何回かに分けて歩き
今回、青物横丁まで歩いてそこから電車で帰ったとすると
次回は青物横丁で集合してそこからスタートみたいに繋げていきます

明確にどこまでとは決めず、15:00以内できりのいいとこまで
参加メンバー次第です。

昨日、その下見をしてきました。
地図
日本橋出発
日本橋を10:13に出発。
今回はそれほど多く立ち寄りはしません。
品川まででいうと大きくは新橋と泉岳寺の2ヶ所くらいかな。

日本橋から京橋を経て、銀座を突っ切る。
新橋へ
新橋停車場跡に立ち寄ります

文明開化ファンの私としてはたまりません。
うわぁ
新橋ステンションやぁ
錦絵で見たそのお姿。
目の前にひろがっているじゃあ、あーりませんか

きーてき一斉新橋を~
早我が汽車は離れたり~

これ話出すと長くなるので、
また別コラムでね

泉岳寺へ
新橋越えて浜松町
ここまでで、ちょうど1時間くらい
田町、泉岳寺
ここで、赤穂義士の眠る泉岳寺へ
ここも詳しくは別コラムにいたします。

そして品川へ
ここまではずっと第一京浜をひたすら歩きます

品川で昼食
予約できるところを探してたりしたので、
ちょっと時間かかっちゃって
食事を始めたのが12:30でした。

品川宿
品川過ぎると、第一京浜からちょっと横に外れ
旧東海道へ

駅でいうと、ここから京急とともに寄り添いながら歩くことになります。

いよいよ、東海道で最初の宿場町、品川宿です。

品川宿はどこにあったかなんですが
駅で言うと
京急の北品川から青物横丁ぐらいまで

皆さん、行かれたことあります。
品川宿の街並み

隣は超巨大なターミナル品川
新幹線の駅が出来たのを契機に
再開発でどでかいビルだらけ

リニアで益々のご発展とあいなる事でしょう
話は外れますが、リニアとか、新幹線とかは
是非とももうちょっとくるっと回っていただいて
羽田まで行っていただけないもんでしょうか
そしたら、外国人は羽田経由で名古屋とか大阪とかにさっと行けちゃう

話を戻して
そんなごっつい品川からちょこっと入っただけ。
立派です。
よくやった、品川宿
どう考えても再開発したくなりますよね
そこをぐっとがまん。

宿場街の雰囲気を残してくれている
待ちぐるみで
川越までとは言わないけど
街の雰囲気を守ろうとしている

泣けてきた
品川でっせ品川

良い経験させてもらった。
ちょろっと
ここは昔○○でした、ってプレートがあるだけなのを想定してたんだけど。

ほとんどの人は知らないんじゃないかな
この取り組み
ぜひほんとに行ってみてください

昔の人はすごかった
自分で歩いてみるって全然違いますね
頭の中の感覚と、自分の足の感覚

今より、道も整備されていなかったし
靴だって、草履
身長だって低いはずだから、歩幅も短いはず

なんでそんな早く歩けるんだろう。
ほとんどの人が品川宿じゃなく戸塚宿までは行っちゃうらしい

大体時速5kmで1日7時間くらい歩いたらしい。
歩いてみて、こりゃすごい
と思いました。

赤穂義士だって早い早い
吉良邸から、浅野家の菩提寺泉岳寺まで
仇討ち後の報告に、2哩を2時間半で行列して歩いたらしい
今日歩いてみて、どんだけすごいねんと

スピードも歩ける距離もものすごいと思う

ひょっとして、うわさのナンバ歩きを本当にしていたんだろうか

ナンバ歩き
現代人は左足を出すとき右手を、右足を出すときは左手を前に出しますよね

ところが江戸時代の人は右足と右手、左足と左手を同時に出していたのではないか
これをナンバ歩きと言います
その説の根拠は、浮世絵にそう描かれているものが多いということ
いくつか見てみたけど正直よく分からなかった

ナンバ歩きかどうかは別として
大きく何か歩き方が違っていた気がする

そう実感した一日でした

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ

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