昨日は色々コメントいただいてありがとうございます
今後、いつも通りのブログを書いていこうと思います
孫も精一杯頑張ったから
若葉公園

両側が崖でぐんと窪地になっている
昔ここは大きな沼だった
奥州追討の軍勢を引き連れて通り掛かった八幡太郎義家
おお、なんて美しい沼なんじゃ
ここで休憩としよう
馬から降りた義家はうっかり鐙(あぶみ)を沼の中に落としてしまった
鐙というのは馬の鞍の下で足を乗せるもの

残念じゃがどうにもならん。発つとするか
それ以降、ここは鐙が淵(あぶみがふち)と呼ばれるようになった
地形的に昔沼だったのはうなづける

大雨の時は今でもここが池になるっぽい

あったあった、沼のあと

ごめんなさい、義家さん
こっちの溝の方も探したんだけど、鐙見つかりませんでした

鮫ヶ橋せきとめ稲荷
迎賓館のすぐ隣の小さなお稲荷さん
鮫川の流れる下流に紀州藩邸を造るにあたって、川をここで堰き止め、その堰(せき)を守る目的でつくられた。
堰止めは咳止めに通じるので、氏名年齢を書いた紙をせきとめ神の近くの木に結びつけると咳が止んだ

鮫ヶ橋
せきとめ稲荷の横がみなもと町公園で、公園沿いに鮫ヶ橋の案内板
江戸名所図会の絵がのっています

鳥の跡 寂しさや 友なし千鳥 声せずは 何に心を なぐさめがはし
平仮名部分と「声」までは何とか読めたんだけど
千鳥と心がどうしても分からなかった
二葉亭四迷旧宅跡

四谷見附橋
四谷駅のところです

四谷見附は甲州街道の交通の要
道はクイクイクイっと3回曲がってコの字型になっていた
防御上の理由からだが、明治になってからは、交通の妨害になるので、真っ直ぐにするため
四谷見附橋をつけた
明治44年に着工で、大正2年に完成
近くの迎賓館との調和を考え、フランス風クラシック調にしてある
江戸城外堀史跡展示広場
JR四谷駅の麹町口改札の横の一角

広いスペースではないものの何と展示内容の充実していることよ
外堀に関する名所案内



外堀を作ったときに寺社が移転


四谷門の横には玉川上水の水道橋(中を水が流れている)があった
この写真は始めてみた


ちなみに駅名になっている「水道橋」は神田上水が流れている橋です
甲武鉄道
中央線の前身で、最初は民間が運営していた
甲州と武蔵国を結んでいたから、甲武鉄道
甲武鉄道ができる前はこうだったのが

こういう風に変わっていった


都心の鉄道は充実していく


四谷駅周辺は環境に配慮して、トンネルが掘られる
四谷隧道(ずいどう=トンネル)の上にシンボルとしてつけられたのが、兜



4つのトンネルのうち、今も残っているのは御所隧道です

外堀が埋められていった歴史

四谷駅の近くで埋め立てられた真田濠は、ほぼそのままの形で上智大学のグラウンドになっています
