[ことば日本史]人は城、人は石垣

ことば日本史、戦国時代から

武田信玄
武田信玄の歌だという「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、仇は敵なり」に由来する。この歌は『甲陽軍鑑』(第三九)に紹介されており、人を中心とする統治理念を語ったものとして、軍略をシンボリックに語った「風林火山」とともに信玄の名言として有名です

人は城、人は石垣、人は堀
この言葉にはいくつかの解釈がありますが「人は、石垣や城と同じくらい、戦(いくさ)の勝敗を決するのに大切だ」という意味です。企業経営でしばしば言われる「企業は人なり」という言葉に通じるものがあります。

戦国の世、他の武将が堅牢(けんろう)な城を築いている中、武田信玄は本拠地に大きな城を持ちませんでした。一重の堀だけを巡らせた、城と呼ぶには小さい「館(やかた)」に居を構えていました。
立派な城を築くよりも、強い武士を育て、戦う集団を作ることの方が大切だと考えたからでしょう。

情は味方、仇は敵なり
人は、情けをかければ味方になりますが、恨みを持たれれば敵になります。
権力で抑えつければ家臣は離れていき、敵になることもあるでしょう。
また、信玄は「信頼してこそ人は尽くしてくれるもの」とも言い、
家臣に積極的に話しかけていたそうです。

家臣を信頼し、情けをかけ、大切に活用すれば、
彼らの士気(モチベーション)、忠誠心(ロイヤリティー)が高まらないわけがありません。

武田信玄は実力主義を徹底していたと言われています。
家臣と積極的に対話し、働きぶりをよく観察し、正しく評価をしていたのでしょう。
信玄がこのような行動をしていたからこそ、
大勢の猛者(もさ)が彼を慕い、最強の戦闘集団となったのだと思います。

[言葉]シリーズはこちら(少し下げてね)

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