東急の前身「白木屋」はもう一方の雄

前回、三越の前身「越後屋」の話をしましたね

今日は、もう一方の雄「白木屋」(しろきや)です

白木屋
寛文2年(1662)年、越後屋より11年早く創業です。

初代は大村彦太郎。
近江(滋賀県)の出身です。
ピコ太郎じゃなく彦太郎。

ある信念を強く持っています
「商いは高利を取らず、正直によきものを売れ。末は繁盛」
商売は結局のところ、品質と信頼が大事ということでしょう。

ある日、番頭が新しく仕入れる予定の反物を彦太郎に見せに行きました
派手で、良い手触りの反物。
これなら、越後屋でも扱ってませんよ

彦太郎は布を吟味してすぐに
一見良さそうだが、簡単に破けるような代物だと見破り一喝する

ずるく儲けたり、目先の利益のために品質を落としたりすれば信頼を失う。
手代や丁稚、みんなに今一度、しっかり叩き込むように

以降、彦太郎の厳しい教えは、店中に徹底される

従業員
従業員もお客様に信用されないといけない

これも、彦太郎の信念

江戸後期に書かれた、白木屋の社則と言える文書「永録」(えいろく)
少々厳しすぎるのでは?と思える指導が綴られています

内外とも大酒無用に候
酒と女は身のかたきと思うべし

他にも
店の用事で出掛けるときは寄り道をしてはいけない
話し合いはサボるな
など、細かいことも

早い話が
くそまじめに生きましょう

お客様に
越後屋は、雨の日に傘を無料で貸し出しましたね

白木屋も、あるものをお客様に限らずみんなに提供します。

かつて、白木屋があった場所に建つ、コレド日本橋のすぐそばに
石碑が立っています

名水白木屋の井戸

そもそも、江戸は埋立地で真水が少ない
白木屋の井戸からは、美味しい水が出た

この水をみんなに飲んでもらおう

しかも、この井戸は、掘るときに
水と一緒に観音様が出てきたありがたーい伝説つき

白木屋の井戸は名所となり、
白木屋の名前も広く知られるようになります

この観音様
浅草は浅草寺に白木観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)として
まつられている

いやあ、知らなかった。
もともと、観音様が網にかかったことで始まった浅草寺
さらにまた、観音様がまつられているとは

ライバル
越後屋と白木屋
ひとつだけでは、今まで続く老舗にはならなかったでしょう
お互いにライバルがいて切磋琢磨してこそ
大丸もそうだけど。

そして、どちらの商売も間違っていなかった

一発ドーンと当てたということではなく
ひたすらにちゃんと真面目に続けたということでしょう

ピコ太郎も頑張れ!

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