「ことば日本史」戦国時代から
敵に塩を送る
甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信は、
北信濃の領有をめぐって、信濃国水内郡川中島で、
長期間にわたり何度も激しく戦った。
信玄が北信を制圧する有利な展開ではあったが、
ともに兵力を疲弊させつつ、決着はつかないままになった。
その後、武田信玄は今川義元の子、氏真の領地をねらうが、
今川氏は北条氏と組んで、武田領へ通じる街道を封鎖してしまい、
甲州に塩が届かないようにしてしまった。
甲斐には海がないので塩を入手しようとすると、今川や北条の
静岡神奈川から運んでもらっていた
この民衆までも苦しめる作戦を知って義憤を覚えた上杉謙信は、
越後の塩を甲州へ送り届ける。
もう一方の日本海側からという事です
塩を入手するための残された道はそれしかないので
長年のライバル上杉謙信が、おおそりゃ良いこと聞いたと、塩をストップすれば
甲斐は滅びたかも知れません
謙信が信玄に送った手紙には、
「争う所弓箭(きゅうせん)に在りて、米塩(べいえん)に在らず」と書かれていたそう。
その荷を見た信玄は感激のあまり、思わず涙を落とした。
という有名な話ですが
実は江戸時代に創作された話。
敵が困っているときに助けることを表現するには
とても分かりやすいエピソードになるでしょう
困った人を助けようという感情は世界共通だとは思うが
こういう話が作られ、長く伝えられると
日本人たるものこうあるべし、みたいな価値観がより強くなり
国民性が形づくられるのかも知れない
ことばと価値観の結びつきを考えさせられることばだと思う


