[昭和歌謡] 95 津軽海峡冬景色

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

津軽海峡冬景色
石川さゆり
作詞・阿久悠、作曲・三木たかし
1977年

♪上野発の夜行列車降りたときから 青森駅は雪の中
 北へ帰る人の群れは 誰も無口で
 海鳴りだけを 聞いている

津軽海峡冬景色
出たっ出た出たっ 津軽海峡冬景色
ありがとうございます。です。

こんなすごい演歌、なかなか聞けるもんじゃございません。
文句無しの最高峰でしょう。

上野かぁ
関西人の私としては、上野の持つ特別な意味合いを
頭では理解できても、感覚として本当に理解できている訳ではない。

東北から集団就職でやって来て、東京で頑張る
辛いことがあると、東京で初めて降り立った上野駅に行ってみる
列車に乗れば田舎に帰れるんだなぁ
でも帰らない
こぶしをグッと握って、
明日からまた頑張るか

そういう思いが積み重なっている上野
「上野発の夜行列車」というだけで
その世界がどどっとやって来る

そして、津軽海峡
上野かと思っていたら、すでに一行目で津軽海峡

失恋しましただの、哀しいだの、ややこしい事を一切書かず
情景描写だけで、全てを分からせ、そして引き込んでしまう。

やっぱり阿久悠先生はただもんじゃございません。

石川さゆり
この人なくしては成り立ちません。

歌のうまい演歌歌手っていっぱいいるでしょうけど
世界観にここまで一気に引き込める人は数える程でしょう。

ウイスキーがお好きでしょ、なんて
初めて聞いたときは、生きてて良かったぁ、と思いましたもん

はい、好きです、とお答えしておきました。
本当は大して好きじゃないんですけどね。

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[昭和歌謡]94 すきま風

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです

すきま風
杉良太郎
作詞 いではく、作曲 遠藤実
1976年

♪人を愛して 人は心ひらき
 傷ついて すきま風 知るだろう

杉良太郎
杉さまーっ

杉良太郎と言えば慈善活動です
56年もの間、続けてきた慈善活動

刑務所の慰問に始まり、実に様々な活動。
ベトナムの孤児の子供達や盲学校の子ども達も支援してきた

孤児の里親だけでも、81人にものぼる

そもそも、15歳の時から行っているので、有名になる前

偽善や売名行為だと言われる事もあるでしょうが、とインタビューされ

ええ、偽善で売名行為ですよ。みなさんもおやりになればいい

グサッときます。

私財を数十億も注ぎ込み、15歳の時から56年かけて
そんな薄っぺらいものの筈がない

インタビューした人は大反省したんじゃないでしょうか

ボランティア
「おやりになればいい」が出来なかったなあ

18kgダイエットをしたあと、仕事一辺倒だった人生の価値観が見事にガラッと変わり
実に色んなことをした
そういう中で、自分にしっくりくるものに集約されていって
それが、このブログであり、ウォーキング同好会

途中でボランティアについてもちょっとだけやったんだけど
続けられなかった。
自分の中で色んな言い訳をつけてね

自分には出来ないから、と言い切ってしまうのもおかしいと思う
いつかは再挑戦したい。

せめて、それまでの間
真剣に取り組んでいる人たちの事を悪く言うことだけはすまい

遠山の金さん
杉良太郎と言えば、遠山の金さん

すきま風は遠山の金さんの主題歌です。

おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって
この桜吹雪に見覚えがねぇとは言わせねえぜ

ジャジャーン

今、大岡越前シリーズをやっておりますので
通称、遠山金四郎、本名遠山景元(とおやまかげもと)も話しませんとね

二人お馴染みの町奉行ですから、同時期に北町奉行が遠山の金さんで
南町奉行が大岡越前だと思いがちですが
時代は結構違います。

大岡越前は、8代吉宗の、七色(716)の競歩の享保の改革の時、なので西暦で言うと1716年以降
遠山景元は、12代家慶の時。嫌味(183)なテンポの天保の改革の時、西暦で言うと、1830年以降。
100年近く違いますね。

天保の改革は贅沢は敵だという内容
享保の改革も同じではあるけど、反面隅田川の花火をやったりとか、愛情溢れる贅沢禁止

天保の改革をやった水野忠邦は愛情がないのよね

贅沢はやっぱり良くないので、北町奉行の遠山景元も基本路線は賛成

ところが、庶民が楽しみにしている歌舞伎を禁止しようとしたから
これにはくってかかった。

何考えとんねん

結果的に、浅草猿若町への芝居小屋の移転で何とかおさめた。

継続出来るようになった芝居小屋は遠山景元に大感謝

遠山景元をヒーローにしたてあげた遠山の金さんものをしきりに公演します。

刺青に関してはとても微妙
フィクションで全て嘘、とも言えない可能性がある
若いときにやんちゃしていたようで
本当にちょっとした刺青は入れていたかもしれない。

そんなことから、この定番ストーリーが出来上がったのね

あと、江戸検定で出るのが痔の話
景元は長年痔を患っていた
江戸城に登城するとき、町奉行の場合は、馬に乗っていく必要があり、かごはダメ

済みません、馬は無理なんですわ。
何とかかごを許してもらえんでしょうか

幕府に対して許可申請し、OKをもらっています。

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[昭和歌謡]93 四季の歌

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

四季の歌
芹洋子
作詞・作曲、荒木とよひさ
1976年

♪春を愛する人は 心清き人
すみれの花のような 僕の友達

意外に最近の曲だったんですね
音楽の教科書に載っていた気がするから
もっと前の歌だと思っていました。

バス旅行でバスの中で歌ったなあ
これを歌えない人はいないから
全員で合唱できる良い歌です。

荒木とよひさ
この歌は、作詞作曲の荒木とよひさが、プロになる前、
学生の時に、スキーで大怪我をし、病院に入院しているときに作った歌

看護婦さんの間で評判になって歌い継がれた
広がって行ってラジオで話題になり
どんな歌なの? 誰が作ったの?

はーい、僕です。

四季の歌だったからあり得た話ですね
患者さんが歌を作ったんだよ、って言って
聞いて、良い歌ね、となったところで
一回聞いてさっと覚えられるほどのこの歌でなければ
すぐに忘れちゃいますからね

すみれが良いですよね
春の花は山ほどあるけど
すみれ、ってなった時点で、雰囲気が確定します

四季
「国民的愛唱歌」という表現がぴったりの歌です。
この歌を語るとき、にっぽんの、という修飾詞が必ずついて回ると思います。

日本人はほんとに四季が好きですね

以前、テレビで、外人タレントが数人集まって
日本でうまくやっていくためのコツ、みたいな話をしていました。

日本には四季があって、的な話が出たときに、
そうですよねぇ、って大げさにうなづくべし

アメリカとか外国にも普通に四季はあるんだけどねえ
日本人は四季は日本特有のものだと思い込んでますからね

なるほど
緯度が同じくらいの国なら、確かにそうかもね。

ただ、その言葉からも分かるように
四季を一番誇りに思い、目一杯楽しんでいるのは
日本人なんでしょうね。

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[昭和歌謡]92 ペッパー警部

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

ペッパー警部
ピンクレディ
作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一
1976年

♪ペッパー警部 邪魔をしないで
ペッパー警部
私達これから いいところ

ピンクレディ
昭和歌謡というからには、この人ですね
最初に見たときの衝撃を覚えている

うわぁああ、こ、これは

お色気路線は今までもあったが
根本的に違っていた。

健康的だ。頑張っている。

そして、衝撃では終わらなかった。
その後の快進撃
気をてらった話題作りではなかった

歴史を作ったと思う。

日本の女の子たちで振り真似をしなかった子がいるだろうか

今まで、歌のための踊りだったが
歌とダンスが完全に対等になった。

UFOやサウスポーにいたっては
アイドルの歌という範疇を超えて
日本の名曲という気さえする。

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