[歳時記]11/13 新種の鳥発見、ヤンバルクイナと命名

11/13
1981(昭和5)年の夏、沖縄で新種の鳥が発見された。
この鳥は同年11月13日に、学名ラルス・オキナワエ、
和名ヤンバルクイナ (山原秧鶏)と命名された。

日本での新種の鳥の発見は、今世紀にはいってはじめてのことだった。

沖縄本島北部の山岳地帯では、林道をサッと横切る黒い鳥が以前から何度か目撃されていた。
しかし、なかなかその正体がつかめなかった。
ところがあるとき、交通事故で死んだメスの鳥が見つかったことをきっかけに、
ヤンバルクイナの存在が明らかになった

ツル目クイナ科に属し、1919年のミヤコショウビン以来、
62年ぶりの鳥類の新種発見でした。
全長は30cm、翼長15cmほどの小さな鳥で、くちばしと足が鮮やかな紅色が特徴です。
鳥でありながらほとんど飛べず、
昆虫やカタツムリなどの小動物などを主食にする雑食性です。
ほとんど飛べないことから、天敵に襲われやすく
数が減少しているため絶滅危惧種であり、特別天然記念物にも指定されています。

羽根を広げるのは、木から降りる時くらいです。

ヤンバルは「山原」という沖縄北部の森の名前
ヤンバルクイナは世界中探しても、やんばるの森にしかいません。

クイナというのは鳥の種類
クイナ科の鳥は、大きくなりすぎて飛べなくなったものが多く
絶滅しちゃったものも多くあります。

ヤンバルのクイナがそれでもなんとかやってこれたのは
走るのが早いからです。

鳥なんだから飛べば良いのになあと思いますが
それはそれで個性な訳です。

やんばるの森にはあまり天敵がいなかった。
ハブくらい
早く走れば何とかなった。

じゃあなぜ絶滅の危機かというと
ハブを退治するために、マングースを放ったから
マングースは強いハブも食べるけど
弱いヤンバルクイナの方を捕まえて食べる方が楽だと気づいちゃった
結局、ハブはほとんど減らず、ヤンバルクイナは減っちゃった
本来、天敵がほとんどいなくてのほほんと暮らしていたのにね。

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[歳時記]11/3 ゴジラが封切られる

「おもしろ歳時記」シリーズから
11/3はダブってもうひとつネタがあったので二つ目

ゴジラが封切られる

日本の特撮怪獣映画の第1号「ゴジラ」が封切られたのは、
1954(昭和29)年11月3日。

それ以来、ゴジラは日本はもちろん海外でも有名になり、
やがてハリウッドで アメリカ版「ゴジラ」が制作されるほどの人気者になったのだ。

「ゴジラ」の着想は、東宝のプロデューサー田中友幸氏が、
インドネシアから帰る途中、飛行機で思いついたといわれている。

眼下に広がる静かな海をながめているうちに、
ビキニ環礁で水爆実験の死の灰を浴びた日本の漁船「第五福竜九」の悲劇を思い浮かべ、
水爆実験で海底に眠っていた恐竜がよみがえるという話を思いついた。
田中氏はさっそく作家の香山滋氏に原作を依頼。ゴジラの制作がスタート。

「ゴジラ」というネーミングは、「クジラ」と「ゴリラ」の合成語。
一説には、東宝に「ゴジラ」というニックネームの社員がいて、ここから拝借したともいわれる。
また、「ジーラモンスター」と呼ばれるメキシコ毒トカゲが、
命名に一役買っているという説もある。
いずれにしても、語呂のよさが決め手になったようだ。

ゴジラ
大人気でしたね
残念ながら子供の頃にリアルタイムでゴジラを見たことは無いんだけど
2~3年くらい前かなあ
長女がシン・ゴジラのDVDを買ってきたので見た。

なるほど、と思いました。
ゴジラ自体はしゃべらないけど
その行動から憂いを感じると言いましょうか

人間が力を合わせて巨大生物をやっつけるという物語ではありつつも
もとはと言えば、人間の無茶な行動で生まれちゃったわけで
オレはなんか悪いことしたのかよぉ、って

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[歳時記]11/3 レコードの日

「おもしろ歳時記」からのシリーズ

11/3
1957(昭和32)年、日本レコード協会は「レコードは文化財」との考えから、
11月3日の文化の日を「レコードの日」に決めた。

エジソンがレコードを開発したのが1877年
日本の歴史でいうと西郷隆盛の西南戦争の時

国産第1号は1891年3月、愛知県岡崎に住む中條勇次郎が製作。
その1年後には、東京の尾花千市も開発に成功している。

俗に「蝋管レコード」とよばれるこの機種には、
日本人の演説、声色、はやり歌などが吹き込まれ「一人でものをいう機械」と驚嘆された

その後円盤タイプのものは、輸入されていた
国内生産されるようになったのは1907(明治40)年。
浪曲と邦楽で一枚1円50銭程度だった。

その後、大正時代になって、レコードは飛躍的に発展する。

「カチューシャの唄」が2万枚のヒット
松井須磨子です

著作権のない時代だけに勝手に再録音した複写版が登場。
そのとき、レコード会社は1枚75銭に下げて対抗した。

大正2(1914)年の選挙の時、大隈重信は演説をレコードに吹き込んで大人気
見事当選し首相になっちゃった。

レコード
若い時、良く聞いたなあ
フォークが好きだったのでそればっかりだったけど

一番好きだったのは、泉谷しげる
全部買ってた

あとは吉田拓郎の「元気です」とか
井上陽水の「氷の世界」とか

CDは大人になってからで
その頃はあまり音楽に興味が無くなっていたのでほとんど持っていない

今はCDだって売れないらしいです
ダウンロードすれば曲が聞ける
音楽業界自体はずっと右肩上がりらしいですけど。

ジャケ買いなんて死語になるんでしょうね

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[歳時記]11/1 現在のお札の発行

1万円、5千円、千円の新札発行
現在のお札の肖像画は誰?

はい
一万円札が福沢諭吉
五千円札が樋口一葉
千円札が野口英世

発行されたのが2004年の11月1日です。

実は福沢諭吉だけは、1984年からずっと1万円札で
2004年の時も、引き続き福沢諭吉なんだけど
リニューアル

1984年の時は、
一万円札が福沢諭吉
五千円札が新渡戸稲造
千円札が夏目漱石

はいはい、そう言われると思い出してきました。

実はこの1984年の時も11月1日
よほど、11月1日は新札と縁がある

今度の渋沢栄一になる2024年も11月1日かと思ったら
上半期となっていたから、11月1日ではないようです。

渋沢栄一ファンの私としては
大河と言い、新札と言い、ようやく渋沢栄一が功績に見合った評価を得られたと
嬉しい限りです。

そもそも、日本銀行券なるものは渋沢栄一が作った訳ですから
最初から渋沢栄一でもおかしくない
何度か候補に上がったけど、ひげがないので落選しちゃっていた訳です。

過去のお札の肖像画を見るとこんなメンバー

ヤマトタケルとか武内宿禰とか菅原道真とか
ホントに顔分かったの?というメンバーも

渋沢栄一のさらに次は、
もっとくだけた感じになると良いな
美空ひばりとか、イチローとか
金さん銀さんなんて良いかも
思いきって、カンカンランランなんてのも良いかも

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