超感激! 宮崎駿監督が普通に目の前に

清瀬から秋津へ
ウォーキング同好会でのウォーキングイベントの企画案を作るべく、地元の清瀬から隣りの秋津駅までのウォーキングコースを下見しました。
地図

日枝神社・水天宮
正月に初詣に行ったところです。
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金山緑地公園
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中里富士塚
住宅地の中に山が。
しかも富士山。
九十九折りの登山道がある。
よくぞ保存していただいた。と思っていたら、無形民俗文化財に指定されているものらしい。
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中里緑地保全地域
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淵の森
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宮崎駿監督が、先頭に立って保全活動をするなど、自然の美しさが残る森。
トトロが現れるかもしれませんね。

というコメントで終わるはずでした。

ところが、
到着してすぐ、驚くべきことが。

入り口近くのベンチに、数名の団体。
その中に、あの宮崎駿監督がおられるではありませんか。
あの顔。間違いようがありません。声もそのまま。宮崎さんと呼びかけられています。
ほ、ほんものや。

超感激です。
あの憧れの宮崎駿監督です。

イベントとかだったら分かります。
特に、お客さんを集めている訳でもありません。
その団体以外では、私ともう一人だけ。
マスコミだっていません。

金だけ出して、話題づくりではないということです。
ほんとに森が好きなんですね。
聞こえてきたのは、「ここの木がどうたらこうたら」
ヘルメットをかぶった人と談笑していたから、ずっと後々まで「自分で」保全活動をしているんですね。
その中にジブリの鈴木社長と似た感じの人が、ひょっとしたら、そうなのかな

ということで、若いころ本当に宮崎駿さんが好きだったなあ、という思い出を。

宮崎駿さんの思い出
一般のジブリファンは、ナウシカ以降の作品でしょうが、私はもうちょっと前からです。
宮崎アニメは、大きく2つの流れがあります。
1.いっぱいいろんな社会的メッセージを含んだ重厚なもの
2.理屈抜きで、ただただ天真爛漫な感じで楽しめるもの
一つ目の代表がナウシカで、二つ目の代表がトトロ。

実はトトロには前身があって、「パンダコパンダ」
天真爛漫が究極のレベルに至っている。
なーんも考えず、ただただ楽しめる。

こういうのが、本当の最高の映画なんだ
もう、これ以上の映画を見れることは人生でないんだろうな、とまで思っていた。

ところが、あっさりとそれ以上に出会うことになる。
「パンダコパンダ 雨降りサーカスの巻」
いやあ、驚いた。
何なんだ、この完成度。画面の美しさ。
何のメッセージも含まないこの徹底ぶり。
大雨が降って町全体が水に使っちゃうんだけど、とっても楽しいってそういう内容。
素晴らしすぎるこのストーリー。

ジブリファンだという人を見つけては
「パンダコパンダを超えるものは、パンダコパンダしかない」
という持論を熱く熱く語っている。

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索引はこちら

ウォーキング、上半身と下半身の連動(実体験に基づいて)

上半身と下半身の連動
・90度腕ふりは、理想的な下半身の動きを実現する、最も簡単な方法であるとお話ししました
・でも、なぜそうなのかに触れてきませんでした。

・実は分からないからです。
・少なくとも、私はその理由を記述した文章に出会ったことがありません。
・それどころか、腕振りのやり方は書いてあっても、「腕ふりで下半身がうまく動けるようになる」ということ自体、書いてありません。
・もし見たことがあれば、ここに書いてあるよと教えていただければ大変助かります。

なぜ自信があるのか
・理屈ではなく、実体験です。
・何度やっても、明らかに下半身がうまく動くのです。
・ただ、理由が無いのも気持ち悪いので、私なりに想像で、こうじゃないかと、理由付けしてみました・
・そういうわけですから、このあとの記述には、文句をつけないで下さい。

・上半身のダメージの話についてもそうですが、本とかには絶対書いてないのです。
・いきなり、理想的な歩き方は書いてありますし、ウォーキング講習会とかでも教えてもらえます。
・ただ、それが知りたいだけであれば、私のコラムには存在価値がない。
・そこに行く過程で、うまくいかなかったことや、わけ分かりませんけど、実際やってみるとこうなんですという話は、私にしかできない。
・そういう話を重視していきたいと思っています。

上半身と下半身の連動
・足の付け根は背骨のみぞおちのあたりです。
・腕の付け根は背骨の首の下あたりです。
・同じ背骨で結構近い場所。

・連動すると考えても、おかしくはない。
・ましてや、背骨はバネのような構造
・「共鳴」「シンコペーション」が働くのでしょう。
・音叉から音がなるように、鉛筆の端を持って緩やかに振るとくねくねになるように。

・ただ、なぜ右腕を引いたときに左足が出るのか。同じ側にはなぜ連動しないのか。
・その辺りが分かったような分からないような。
・まあいっか。日本アバウト党だし。
・という、強引な結論でお許しください。

きれいな連動
・ドミソの和音がきれいに聞こえるのは周波数が最大公約数を持っていて、きれいに振動し、共鳴するから。

・上半身の弊害を防ぐため、腕ふりをしないことを選択しています。
・ただ、もし、きれいに共鳴することができて、無駄な振動を体に与えないことができるなら。
・90度腕ふりでも問題ない。

歩き革命
・もっと言うと、歩きながら体に正しい振動を与えて、体をほぐすという、高岡英夫先生の「歩き革命」の理論。
・普通は歩くこと=疲れる、ダメージをどう少なくするか、という消極的対処。
・しかし、歩くこと自体でその振動を利用し、体をほぐして疲れをとる。
・そんなことが可能なら、歩けば歩くほど疲れがとれていくことになるのです。
・まさしく「歩き革命」

・ただ、正直、一旦は断念しています。
・難しい。
・よくわからん。
・ただ、諦めてはいません。
・いつかこのからだで、歩き革命の極意を身に付けるその日まで。

肩は浮いている。なめらかに動かそう

ウォーキングのノウハウ(腕)
脚の運び方は実に簡単でしたね。
それに比べると、上半身は結構めんどくさい。
90度腕振りだ、いやそれはダメージがある…
この辺りを理解するために、前提となる基礎知識をお話しします。
また、理屈の話で恐縮ですが、しばしご勘弁

腕の付け根
「腕の付け根はどこでしょう」
でたっ、この質問。その手は桑名のやきはまぐりですね。
まさかここへきて、肩を指差す人はいないでしょう。
ではどこなのでしょう

肩の仕組み
下半身の話から想像して、肩も支点ごと移動できるの?
はいそのとおりです。
脚は、背骨→骨盤→股関節→大腿骨でしたね。
肩の場合はもっと精巧です。
背骨→鎖骨(さこつ)肩甲骨(けんこうこつ)→肩関節→腕の骨です。

一個多いのです・
腕は脚よりももっと柔軟にぐるんぐるん360度に近いところまで回ります。
2段階で繋がることによって複雑かつ広範囲な動きを可能にしています。

背骨に動ける棒(鎖骨)がついていて、棒の先に動ける三角板(肩甲骨)がついていて、そのはしっこがやっと肩。
このあたりで、ちょっと疑問に思われた方がおられるかもしれません。
肋骨(ろっこつ)はいつ登場するの?
肋骨ほどの大きな骨なのに、2段階の肩のセットは肋骨とは全くくっついていないんです。
上にのっかってはいますが、独立している。
やじろべいのように、浮いた感じで自由自在。

通常は、肩甲骨は肋骨の後ろに寄り添っています。
ところが、肩ってぐいっともっと前に出すことが可能。
そうしたいときは、肩甲骨は天使の羽を広げるようにしてぱかっと開き、肋骨よりもっと前に肩関節の位置をずらしてくれます。
とてもいろんな動きが可能で、肩の位置は前後上下外内のいずれにも自由自在に動けるのです。

質問の答え
質問の答えはもうお分かりですね
背骨です。
足の付け根はみぞおちでした。
大腰筋の片方の端がみぞおちの背骨のところについているからです。
ということは言い方を変えると足の付け根は背骨です。
腕も脚も背骨が付け根なのです。

じゃあ腕はどう動かせば
脚は腰を回しながら、意識して大きく動かせばいいんでしたね。
ということは、腕も、肩自体を前後に動かしながら大きく動かせばいいんじゃない

ブッブー
違うんだなこれが
ここが、下半身に比べ、上半身の難しいところ。
見た目で分かるほど、腕を大きく動かすと、とたんに背中が痛くなります。
じゃあ、何のために、肩甲骨が自由自在って話をしたのよ

下半身が「大きく動かす」なら
上半身は「滑らかに動かす」

上半身の動きは極めてダメージを生みやすいと思ってください。
肩甲骨が自由自在だって知らない人は、動きがしなやかにならない。
ギシギシって感じ。
そこで、ウォーキングとか頑張っちゃうと、途端に背中や肩を痛めます。

下半身は早く歩くための動きを
上半身はダメージを受けないための動きを心がけてください

ちょっとヤバいかもってなりそうなら、肩甲骨を滑らかにする体操をネットとかで見て、ぐねぐねしておいて下さい。
結構ヤバいぞとなってきたら、仕方ないので極力上半身は動かさないようにしてください。
90度腕ふりは、カラオケの歌詞の如し。
下半身の動きが分からなくなったときだけやれば大丈夫です。

関西人、その不可思議なるもの(うけてなんぼ)

私は関西人です。
大学で関東に出てきてからずっとこっちなので、関東の方がはるかに長いのですが、自分としてはやっぱり関西人です。
関西人、不思議です。
おもろい事への異常な執着。
そして「もったいない」という金銭感覚。
この二つがご存じ関西人の関西人たるゆえんです。
そのうち、今日はひとつ目。
関西人はことあるごとに「うけてなんぼ」と思っています。
面白ければそれでいい。
ここが、私自信とても誇らしい考え方です。
——————
うけてなんぼ
・関西人がなぜ「うけてなんぼ」と思っているかというと生き方の問題なのです。
・関西人以外のあらゆる日本人(以下ふつうのひとと言います)は人生の目的が一つしかありません。
・経済的に富を得るとか、名声を得られるだとか、権力を得られるだとか。ひっくるめて言うと「成功」なのです。
・関西人はそこに全く同列の価値観として「うけること」が入ります。1つプラスではなく他のすべての「成功」をひっくるめた分と全く一緒です。
・基本的に「うけ」のベースは「失敗」です。
・これはもう宗教とも言えるレベルです。
・たとえば仕事とかで失敗したとします。ふつうのひとは落ち込んだりします。
・関西人はその感覚が分かりません。「そらまたなんでおちこまなあかんのん。おいしいやん」と思うのです。
・翌日会社で「こんな失敗してもうて、得意先にむっちゃ怒られたわ。真剣におこりよるからびっくりしたわ」みたいなことでみんなに笑ってもらえさえすれば万事Okです。
・成功すればハッピー。失敗してもハッピー。こんな幸せな人生あるでしょうか。懺悔も救いもへったくれです。最澄も空海も「どないやねん」です。
・関西では、特におばちゃんはうつになりようがありません。「もう、わややわ」で笑うてしまいです。

ツッコミまででワンセット
・関西人はボケると必ず突っ込んでくれるという安心感があります。
・ツッコミまででワンセットであるためぼけだけだと笑いは成立しないということがふつうのひとには分かってもらえません。
・ぼけだけで爆笑してもらえるような高度なぼけはそうそう思いつくものではありません。
・「あのひと関西人ですぐ冗談いうけどそんなに面白くない」と言われても困ります。それはあなたの責任です。ツッコミが笑っていいよというサインでありタイミングの提供なのです。
・関西人がツッコミやすいのは定番のツッコミが存在するからです。「なんでやねん」「そんなあほな」は何にもツッコミが思いつかなかった場合の保険になります。
・やはり、松本人志ほどの天才は一般人にはいないので、いいのが思いつかなかったけどごめんねというふうに思いつつ「なんでやねん」といいます。
・この2つがいずれも関西弁なので、関西人は東京に来ても大阪弁を抜くわけにはいかないのです。関西弁でなくなった瞬間、常にいいツッコミを瞬時に思いついて返さねばならないという恐怖に見舞われるのです。
・そういう意味で言うと北海道出身のタカアンドトシや九州出身のくりいむしちゅーなどはすごいの一言です。

努力と風土
・ただ、関西人の笑いも生まれながらのセンスではなく、努力のたまものです。
・例えば、学校で定期テストなどがあるとします。ひととおり答えを書き終えて時間が余ったとしてふつうのひとはもう一度見直すくらいでしょう。
・関西人は空欄を何とか埋めようとします。そうです。うけ狙いの回答です。
・なぜそんなことをするかというと、先生も分かっていて、かなりのレベルの笑える回答には△をつけるからです。
・テストをかえすとき、優秀なひとの名前は言いますが、さらに面白かった回答も言うのです。
・もちろんヒーローは後者です。
・こんな風土で鍛えられるわけです。