宅配専門の寿司屋ってどんなビジネス?

先に結果を書いちゃいましたが、このあと、宅配寿司の奮戦記を書いていきますね

宅配寿司って
宅配専門の寿司屋、今は結構あるんじゃないかな

まずは、全般的に、
これってどんなビジネスなのか紹介してみましょう

出前の寿司
早い話が出前の寿司
ってことは、実は日本人の中で、古くから根付いている

じゃあ何が違うのか

一言で言うと「来客」での売上を一切あてにせず
宅配専門でいくということ

店にかける金がいらない
人通りも要らない

目の前で握る必要がないから
メイキングはアルバイトでも良い

シャリはロボットが握っても良い

従来型のお寿司屋さんと比べて
従来型のお寿司屋さんと比べてだけど
量がはける

美味しそうな、メニューをいっぱい作ってテリトリー内にどんどん撒く
ポスティングってやつ。ポストに手配り

量がはけると、ネタも新鮮になる

価格を押さえられるか、ということに関していうと、
正直やってみて分からなくなった
お客様は、宅配寿司に、安さを求めていないと思う。
なのに、安さで売ろうとすると売上があがらない、利益が減る
悪循環に陥る。
高い方が売れるのかと言われると、
そういう訳でもないので
結局最後まで、適正なバランスが分からなかった。

宅配寿司の特徴
宅配寿司ってなんといってもハレのビジネス
ハレ(非日常)とケ(日常)って分類があるんだけど
完全にハレ
誕生日とかのお祝いのときに取るもの

データが出ているんだけど、一家庭平均すると、年2回しか利用してもらえない
そこをテリトリー内のライバルと競い会わないといけない

ただ、そこに携われるってやってる人間からするとやっぱり嬉しいんですよ
自分の作った寿司を囲んで
おめでとう
な訳ですから

ピザのデリバリーと比べてみると
ピザのデリバリーと似た感じね
そう思われるかも知れませんね
間違いじゃありません
ちょっとピザのデリバリーと比べてみましょう

違いはハレ具合
ピザって、ケ(日常)で使うことも多いんじゃないかな
今日、食事作るの気が進まないなあ。ピザでもとっちゃう?みたいな
最初の頃、ピザチェーンが30分以内でお届けみたいな事を売りにしちゃったもので
速さが要求される

寿司は違う
30分で届けるのは無理
ピザよりメイキングに時間がかかる
お客さんも、○○時に届けて下さいと時間指定
夕食に間に合えばいい。
逆にいうと、集中する
日曜日の夕食時、家族が集える時にしか売れないんです
この極端な集中が、売上を伸ばせない理由でもあります。

面白いんだけど、注文してくるのはお父さんが多い
寿司だけは「お父さん」が電話しないといけないみたい

他の寿司の業態と比べてみると
何と言っても回転寿司。
回転寿司はすごすぎます。

努力の賜物なんでしょうね。
店舗の費用も、ロスもあるはずなのに、なんでアレだけのネタをあんな値段で出せちゃうのか。

寿司って、シャリは人肌、ネタは冷たいという温度の違う食材の会わせ技
握った直後から味は落ちていきます。
その面でも、回転寿司は優位にたちます

おそらく、宅配寿司が回転寿司に勝っているものは、
桶でしょう。
寿司桶に例えば5人前が盛られた、あの豪華感
お祝いの場、にふさわしい、
寿司を取ったぞ、という高揚感

おそらく今後も、なくなるビジネスではない。
問題は核家族化。
家族がバラバラでは、お寿司はとってもらえない。

例えば、立地を考えたとき、
人口の密集度を考えがちだが
やってみて分かった。

人口が密集して、都会色が強い地域より
畑とかもあって若干田舎色がある地域の方が
注文も多いし、客単価も高い

カミさんの田舎はすごいとこ(読売新聞にのったぞ)

とっても、ひさしぶりでごめんなさい。

カミさんの田舎、東栄町の話題です。

読売新聞で
カミさんがいつものように、読売新聞を読んでいました。

あーっ

とってもでかい声

どうしたの?

東栄町のカフェが新聞に載ってる
いつも東栄に帰ったときに、姉さんと行っているカフェ

そのカフェが、新聞にのってる

そこで、色んなもの売っててね
ほら、そこの花もそこで買ったもの

新聞記事の内容
とってもでっかい記事
2/3の読売新聞、全国版です。
一面の半分くらい。

Nextらいふ、という特集記事
62歳の開店
宮田良子さん 67歳
山村のカフェ 交流の場に
chachacafe
宮田さんは、元々名古屋の人なんだけど、
東栄町を気に入って、東栄町に移住してきた。

東栄町の東栄駅は無人駅
20年ぐらい前だったか、何がどうなったか
急に駅舎がやたらに綺麗に立て替えられた。
花祭りの鬼をモチーフにしたやたらにかっこいい駅舎
無人駅に、なんでまた、こんなものが
嬉しいけど、違和感いっぱい

その中に休憩所があるんだけど
当然、ただガランとしているだけ

でもある日、そこにカフェが出来た
ちゃちゃカフェ
すごいすごいと噂していた。

無人駅だから改札なんてフリーパス。
切符なんて買わなくったって、中に入っていける

残念ながら、はやっているってまでは、いかないんだけど
東栄町の人が作った花瓶とか、いろんなものを売ってくれる
元々、自分の手芸作品を展示していたんだけど
どんどん、東栄町の人たちのコミュニティの場として広がりを見せている
カミさんも色々そこで買ったりしている

その店
その店を始めた経緯が紹介されている

写真もとっても良くって、笑顔がとても素敵な人

いやあ、嬉しいじゃないですか

ホームページはこちら
http://chachacafe.jp

明治4年にツキジホテルって何だろそれ

「写真で見る江戸東京」という写真集でまたまた気になることが
明治4年に荒廃する江戸城を写真におさめている。
本丸から眺めた写真に「富士見三重櫓(やぐら)」みたいに手書きで注釈がつけてあるんですが
その中に「ツキジホテル」と書いてある
実物は写ってないんですが、こっちの方角に「ツキジホテル」がありますよと

はあ?
それ何?

明治4年です。
明治になったばっかり。

ホテルってあなた。

ツキジホテルなんて聞いたこともない。
築地のどこにホテルが?

文明開花
文明開花って思った以上に物凄かったんですね。
どうやったらそんなことができるのというくらい、急激に色んな事が短期間で同時並行

不平等な条約を結んじゃった日本は要求される
居住区を作ってね

明石町とか築地とか、聖路加病院の辺り
外国人専用の居住地を作る

ホテルも作っといてね

ホテルって何ですか。宿屋ならわかるけど

もっとでかいやつ。

というやり取りがあったかどうかは分かりませんが
作るんだったら、開市に合わせて開業しようと、
明治より前から頑張って明治元年にオープン
p1_photo01
まあかっこいい
木造四階建て、かわら屋根になまこ壁、
ベランダのある接客室に鎧戸つきの窓をもうけ、
海に面した中庭には日本庭園を築く和洋折衷様式。
何より印象深いのが、火の見やぐらからヒントを得たといわれる屋上塔
今見てもいいんじゃないこのデザイン
設計はアメリカ人らしいんだけどちゃんと日本古来のものを取り入れて拍手もの
建設と経営は清水組。今の清水建設。

すごい人気で、人目見ようと大勢詰めかけたらしい
錦絵にもいっぱい書かれる
あげた絵は三代目歌川広重によるもの

すごいです。日本人。
明治以前にそんなことやって間に合わしちゃうんだから
どんだけ前向きやねん

ところが
横浜に比べ、築地の外国人居留地は、いまいち人気がなかった
あんまり住んでくれない。

外国人が目当ての築地ホテルも閑古鳥
泊まってはくれない見物客はいっぱいなんですけどね

あえなく、明治3年に閉館
ちょっとまって
結論早すぎない?

ということはですよ
明治4年の写真にツキジホテル、とあるのはもう閉館した後
閉館しても文明開花の象徴であり、江戸っ子の誇りだったんでしょうね
江戸城以外の場所で解説されてるのは
増上寺でも浅草でも日本橋でもなく「ツキジホテル」が唯一なんですから

そして
明治5年に焼失しちゃいます
残念っ
今の築地市場の立体駐車場の辺りだそうです

ギリギリです。
明治4年って奇跡じゃないですか

金毘羅さまはしゅらしゅしゅしゅ

こんぴら舟舟、追い手に帆かけてしゅらしゅしゅしゅ

いやあ、良い歌ですなあ
訳わからんところが良い

金毘羅さまは、本家が香川県琴平町にある金刀比羅宮(ことひらぐう)
全国にかなりいっぱいあるらしい。
典型的な神仏習合の神社
祭られているのは、大物主神。すなわち、大国主命(オオクニヌシノミコト)、即ち大黒天
でもやっぱり元は、サンスクリット語の「クンビーラ」ガンジス川のワニの神の名前
中国経由で日本に伝わり、こんぴらさま
例によっていっしょくたになりました。

崇徳上皇
さらにさらに、1156年の保元の乱に破れて讃岐の国に流刑となった崇徳上皇も祭られている
出ましたっ。崇徳上皇。
この人すごいよ。

こんな可哀想で悲しい人そうそういるもんじゃない。
父は鳥羽天皇(第74代)、母は藤原璋子(待賢門院)。
のはずが、実は、鳥羽天皇のおじいちゃん白河上皇が璋子にはらませた子供。
白河上皇って平清盛も隠し子なので、どれだけ精力絶倫なのって人。
白河上皇のごり押しで、5歳で天皇になるんだけど、
白河上皇が死ぬと鳥羽天皇に「叔父子」と呼ばれ、超いじめにあう
鳥羽天皇の子、わずか2歳の近衛天皇に天皇を譲らされる。
その後も院政を行う機会が何度か訪れるが、ことごとく阻止される。

もういくらなんでもやっとれん
ということで、協力者をあおいで、保元の乱を起こす。

でも、あっという間に負けてしまう。

讃岐に流された後の扱われ方が、これまたむごいむごい

で、恨み方が半端じゃない。
髪も爪も全く切らず、恨み続ける。
最後は、舌をかみ切って、「日本国の大魔縁になる」と言い残し、
生きながらにして天狗となり、
その死後も怨霊となって人々に恐れられた

菅原道真なんて、この人の恨み方からするとまだまだ

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

百人一首にあるこの歌。
聞いたことあるんじゃないでしょうか
「むすめふさほせ」の「せ」だし

これは崇徳上皇の詠んだ歌
水の流れが分かれちゃっても、また必ずお逢いしたいです。
という恋の歌の体裁を取ってはいるものの
恨みはらさいでおくものか、という執念が感じとられて
おおこわっ

こんぴらさま頑張れ。
静めてあげて