すごいです。その場で判子押しちゃいます。

前回、詐欺的商売で、からみまでの話をしました。
からみとは、いくらなんだと値段を聞かれるところまで。

さあ、ここからです。
ここから芸術を目の当たりにできます。

課責の出番
車で待機している課責に連絡
課責がやって来ます。

いつも固定のチームではなく毎日メンバーが入れ替わるので
色んな課責のやり方を見れます。
課責によっては成約の確率が5割を超える人もいる。
でも、からみもしっかりとしたからみでないと、
そこまでの確率にならないんですけどね

課責の個性が大きく出るので、一概にこうとは言えないんですけど
共通して言えるのは、見事なまでの、引きのトークです。
引きのトークとは、押さないってこと

すごい営業マンって、口八丁手八丁で、ああ言えばこう言う
マシンガントークのイメージが有るかも知れませんが
実態は全く逆でした。

あんまりしゃべらない
相手にしゃべらせる

もちろん、引いてばかりじゃなく、メリハリも必要なんですが
売れる人は、目が止まったという表現をよく使います。
ここぞ、という相手が、興味を示したシグナル
そこを逃さず引きのトーク

必要なのは即決
最低でも100万は超える商品を、即決してもらわなければならない
じゃあ、あとは家族で検討して、みたいなことになっちゃうと
100%成約にならない商品ですから

ベースになっているのは、ストーリー。
あくまでも
このひとたちは営業じゃないから
と相手に思わせる

見え透いてると思いません?
看板の枠組みのアルミのメーカーで、
パンフレットを作るためのサンプルだから破格値

正直、我々のからみの段階では、半信半疑でしょうね
でも、芸術的な持っていき方で
見事に変わっていく

押してる感じは全くなく
心底、相手が、今、買いたいと思っている
横で聞いていて分かる

別にすぐ帰ってもいいんですよ
いやいや、ちょっと待ってくださいよ
もうちょっと話を聞かせてくださいよ
そうなってくる

見積り
そして最後に見積り

おたくさまの場合はこれだけの寸法なので
○○代がこれだけ
次に○○代がこれだけ
見積用紙に金額が書き込まれていく

電卓弾いて
合計これだけになります。

ここが最後の勝負

思いっきり貯めます

次の言葉は相手に言わせる

ええっ、それは・・・
ごめんね。全然無理だわ。

・・・

ですよね

これは、通常営業が始まったときの値段
これだけかかる、ほんとにしっかりした商品ですからね

でも、今回は私どもの勝手な都合で、お願いにあがった訳ですから
この値段でという訳ではありません。

どんどん線を引きながら
これも不要、これも不要と、行自体を削っていく

合計、これだけですね

いやあ、さっきはびっくりしたよ
ほんとにこれでいいのかい
悪いね
で、このあとは?

じゃあ、ここにサインいただいて、こちらに判子

相手は、早く押さないと、気が変わって帰られちゃ困ると思っている。

次回は、どんな人がこういうことをやっているのか
どれくらい稼いでいるのか
練習はどんなふうにするのか
といったことに話を進めて参ります

痛い時、何て言います?

ものの言い方西東 という本を読みました

方言研究の中で、単語としての違いに関してはかなり研究が進んでいる。
ところが、ものの言い方に関しては、まだあまり研究が進んでいないそうです。
そもそも、おしゃべりか無口か、お礼を言うか、おはようの挨拶をするか、等々の地域差です。
著者は、共著で二人。
新潟出身で仙台を経て東京に行った人と
山形出身で仙台を経て大阪に行った人
東北に詳しいので、とても面白い。

そんなバカな、と目を疑うような事がいくつかありました。
このあと、紹介していきますが、まず一つ。

痛い時
シチュエーションは、机の角に足をぶつけたとき
何て言いますか?

びっくりしましたねえ。
そんなこと考えた事もなかった。
そんなの咄嗟に出る言葉でしょ。
地域差なんて出るはずがないと思いながら読み進めた。

いた
に決まっとる

違ってましたねえ

いた
あいた
いたい
に分かれる。

そう言われると
私は、いた、と、あいたの両方を使っている。

極めて瞬間的な時は、いた
ピリッとした痛さの時
若干瞬間度が弱いときは、痛い感じを思いっきり込めて
あいた
膝頭が、いた
むこうずねがあいた

地域差
本に分布の地図が書いてあるんだけど
九州はあいた
西日本全体にあいた、は多いんだけど
関西は結構、いた、も多い
関東から東北にかけてあいた、が極端に減っていく
いたい、が急激に増えていく

聞いてみました
職場仲間に聞いてみました
神奈川、山形、北海道、それぞれの出身の人

机の角に足をぶつけました。
さあ、何と言います?

ええ? どういうこと?
だからさ、痛いわけよ、何て言う?

痛い?

あっ、やっぱりそうなんだ。
へえ、ほんとか。
絶対あり得ないと思っていた。

じゃあ、何て言うの?
いた。
最後のいがつかない
あるいは、あいた
地域差があるらしいのよ

そういうことだったら、さっきの間違い
いてっ(北海道)

いてっか、それも言うなあ

どう?

うなる(神奈川)
まあまあ、そうなんだけどさ
それはそうなんだけど

あえて言うと、いた

へえ、そうなんだ
どう?

うなる(山形)
ううううう

あえていうと

いたいも、いた、も言わないなあ
ひたすらうなる

そうだなあ、やっぱりうなるなあ
痛さにもよるけど、痛いときはうなる
ううううう(北海道)

ということで、私の回りでは、うなる、が結論

これ、意外に正解かも
どういうかを問われると、あいた、いた、いたいに分かれるけど
関東から東の人は何も言わず、うなるのかも知れない

関西人としてはあり得ない
うなるなんて勿体ない

だって痛いんですよ
こんな絶好のチャンス
回りの人に痛いことをアピールしなきゃ

うなって痛さを我慢するとしても
何が何でも、そこに、いた、や、あいたたた、をはさみこんで猛アピール

広島カープの達川みたいなもんです

しかし、面白い研究もあるもんですね
この研究がどう役に立つのかは分かりませんが
面白いのでよしとしましょう

また、それ以外にも次に、話していきますね

おつかれさまでねぎらうということ

「お」の付く6つの言葉の話です

おもてなし
おてんとさま
おかげさま
おめでとう
おつかれさま
おたがいさま

今日は5つめの、おつかれさまです

おつかれさま
過去にコマーシャルがあったのを思い出します。
疲労回復の薬だったか、栄養ドリンクだったか

人の疲れにお付けて
様まで付けて

良いコマーシャルだった

つくづく良い言葉だなと思います。

会社で
6つの言葉の中で、私は一番使っているかもしれない。
会社で使えるからです。
メールです。

お疲れ様です。○○です。
相手が、社内の人であれば、これで始まりますよね。

誰が考えたんでしょうね。
飾り気を廃止した、ビジネス上の連絡事項なのに、
ねぎらいの言葉で始まる。

他の国でも似たようなのあるんですかね。
もし、日本だけだとすると
なんて良い国に産まれたんでしょう。

対等
本に書いてあったのは、会社から帰る時の挨拶
私の場合は、
おつかれーっす

この言葉を言うと上下関係が無くなると。

確かに、目上の人からも、目下の人からも同じ、おつかれさまですね。
社長が社員に対して同じねぎらいの言葉をかけて帰るって、外国にはないんですと。

へえ、そうなんだ。

今日一日、厳しい言い方もしたけど、
最後帰るときは、ちゃらにしちゃいましょうって感じかな。

やっぱり、良い国だわ。

皇極天皇、私やめても良いかしら

女性天皇、推古天皇の後は皇極(こうぎょく)天皇、斉明(さいめい)天皇です

皇極天皇とは
皇極天皇は史上2人目の女性天皇です。
推古天皇からすると孫の世代です。

夫は舒明(じょめい)天皇
推古天皇の次に天皇になったのが舒明天皇です。
実は、舒明天皇の前に、用明天皇の孫である高向王(たかむくのおおきみ)と結婚し、漢王子(あやのみこ)という子をもうけている。
再婚したということ。
舒明天皇との間にも子供をもうけるが、それがあの有名な天智天皇と、天武天皇。
なんとあの二人の母親な訳です。

2つの初めて物語
初めての女性天皇は推古天皇ですね
皇極天皇は2人目
でも、皇極天皇は史上初めてという事を2つもやっている

■譲位
それまで死亡しか天皇が変わる要件がなかったのだが、自分の意思で天皇を譲るという事をやった。
ここから、大きく歴史が変わる

■重祚(ちょうそ)
2回天皇になること
譲位したあと、やっぱりもう一回やっていい?

譲位は弟の孝徳(こうとく)天皇に譲るんだけど
孝徳天皇没後、もう一回天皇の地位についたときの名前が斉明天皇。

なぜ天皇になることが出来たのか
推古天皇が女性でありながら皇位につけた背景には
蘇我馬子が起こしたクーデターが関わっていました。

今度の皇極天皇もクーデターが大きく関わります。
舒明天皇没後、蘇我馬子の孫、蘇我入鹿が山背大兄王子(やましろのおおえのおうじ)を殺す
山背大兄王子は聖徳太子の子供です。

山背大兄王子は舒明天皇の子供の古人大兄王子(ふるひとのおおえのおうじ)や天智天皇や天武天皇にとって1世代上で、共通の敵

蘇我入鹿一人の単独行動ではなく、みんなの意思が関わっていたと思われます。
ところが、肝心のその次の調整がうまくいかなかった。
次の候補3人ともまだ若いというのもあり、
ある意味、時間稼ぎを3人とも、したかったのだろう。

ここで、推古天皇の、前例、が効いた。
皇后の経験がものをいった。
ここはひとつ、前皇后お願いしますとなった。

微妙なパワーバランスの中で、一触即発状態が3年続く。
そしていよいよあの事件が起きることになる

乙巳の変(いっしのへん)
我々の世代は、大化の改新と言っていた気がしますが
大化の改新はその後の様々な改革を言い、
事件そのものは乙巳の変というようです。

天智天皇が蘇我入鹿を殺害。

この事件は公の場で、天智天皇自体が実行犯となる
天智天皇が母である皇極天皇に耳打ち。
皇極天皇は、良いですよと言わんばかりに、席を外す。
後はご自由に、の合図。

譲位
となると、皇極天皇は、もういいですね、と譲位。
弟に譲る。

あれっ、不思議ですね
天智天皇が蘇我氏を滅ぼした。
普通に考えると、譲位する相手は、勝者である自分の子、天智天皇。

ここです。
ここが最大の謎。

とりあえず、年齢が若かったというのは一つの理由。
聖徳太子の時も同じ理由

本当にそれって、当時、絶対的な条件なんでしょうか
まあ、仮にみんなに共通の認識だったとすると
それを分かっていて、次に自分のところに回ってこないということが分かっているのに
なぜ、天智天皇は自分の手を血に染めてまで、事に及んだのか。

年齢というのは単にひとつの要素で、後付けの理由だった気がする

おそらく、読み間違えた
今まで政争で殺したり殺されたりはいっぱいおきている
ただ、ほとんどが誰かにやらせる
ないしは自害するように仕向ける
自分自身が実行犯というのはほぼ初めてのケース

言わば、殺人者
殺人者を天皇にしていいのかという、抵抗感を回りのみんなが持ってしまった。
ほとぼりが冷めるまで、かなりの時間を要した。

もっと不思議なこと
実は私がもっとふしぎだと思うことがある。
もうひとつあった、とてもシンプルな選択肢をとらなかったのはなぜか
なぜあえて、前例なきことにチャレンジしてまで、困難な道を選んだのか
そして、その結果が普通に考えるとより不利なことなのに、です。

何が言いたいか

最も楽な選択肢は、そのまま、自分が続けることじゃないかと思うんです。
弟に譲ってしまうと、もはや、自分の息子のところに戻ってこないかも知れない

私が読んだ2つの本では、
なぜ息子に譲れなかったかは論じられているのですが
なぜそのまま続けなかったのかについて論じられていない。

であれば、他に当たってみるべきですが、
せっかくですので、ここは、敢えてそれをせず
私が、完全に独自に考えてみようと思います。
何の根拠も裏付けもない、素人の説としてお聞きください。

天皇となるとやりたいはず、と思ってしまいがちですが、
たまたま天皇家に産まれたけど
そんなの嫌だと思っている人もいたんじゃないか、という説です。

ねえ、息子よ
乙巳の変では、大変だったわね
正直、邪魔者は消えたけど
私も読み間違えたわ
あなたに対してみんなから
こんなに抵抗感が強くなるとは思わなかった
私、疲れたわ
あなたには悪いけど、
ここはいったん諦めようと思うの
私、この仕事やっぱり好きにはなれないのよ
弟に譲るわ
時期を置けば潮目も変わるわ
又、時期がたってあなたにチャンスが回ってくるような事があったら
その時は目一杯応援するから

そして、その後、弟の孝徳天皇没後は
皇極天皇も、気持ちが落ち着いており
まだ残念ながら直接息子へは無理だと判断し
ここは、再度積極的に時間稼ぎのために自分が即位することにした

自説にとって都合よく人の気持ちが変わるという
ご都合主義の説でございました。
大変失礼いたしました。