戦前の日本の発明。内面つや消し電球

大日本帝国の発明、という本を読みました。

日本ってつくづく不思議な国だなあって思う。

明治維新以降急激に大発展を遂げ
でも、結局は戦争で負けちゃう。

いったいその間に何があったのか

大日本帝国と呼ばれていたその頃に
日本で発明された発明品。

そこから、その時代をかいま見ましょう、という趣旨の本。

その本から色々紹介していきたいんですが
今日は電球です

電球
電球を発明したのはエジソンですね。1879年

エジソンは偉いひっとー
そんなのじょーしきー

あまりにも便利なので
世界中の技術者が研究に取り組んだ。

より明るく、より丈夫に

ところが

その事が逆に弊害をもたらす。

まぶしすぎて、そのままでは使えない。

さあ、どう解決しましょうか。

東京電気
こりゃまたストレートな社名ですね

電球を製造している会社。
エジソンが電球を実用化したその翌年には
もう、作っております。

大正10年には、同社の技術者、三浦順一さんが
二重コイル電球を開発しています。

明るすぎるっちゅうてんねん。

まぶしさ解消へ
東京電気で、まぶしさ解消にあたったのが、
不破橘三さん

ガラスの外側につや消し加工を施した。
くもりガラスということなんでしょうか

くーもーりーガーラースの向こうは風の街

確かに、まぶしさを弱めることが出来たんだけど
明るさが極端に落ちてしまい
電球が汚れやすく、掃除がしにくかった。

そこで、今度は、ガラスの内面を処理することを思い付く
何で内面だと明るさが極端に落ちることがないのかと言いますと
・・・
分からん
分からんけど、そう書いてあるので、そういうことにいたしましょう。

ただ、電球が壊れやすくなるというデメリットがあります。
大正14年。
とうとう、強度の問題も克服した、内面つや消し加工電球が完成します。

それにしても、どうやって内面を加工するんでしょうね
小さいおじさん?
加工してからひっくり返す?

さらに、2年後に
その加工を機械で出来る機械を開発。
大量生産が可能になります。

でしょうね。
小さいおじさんではなかった。

アメリカへ
その後、この電球は、アメリカに渡り
アメリカでも実用化される。

現在、ホワイトランプといわれる白熱電球は
この時の電球と同じ形状、同じ色。
世界のスタンダードになったという事です。

ただ、現在は、白くするために、つや消し加工ではなく
電球を白くコーティングしているそうです。

5大発明
電球の5大発明というのがあるそうです。
なんとその中に
三浦順一さんの二重コイル電球と
不破橘三さんの内面つや消し加工が入っているそうです。
ばんざーい。

ちなみに、東京電気はその後、
芝浦電気と合併し
東京芝浦電気、今の東芝になります。

売れたのか、売れなかったのか

ノンプログラミングのSグリッドをみんなで売ろうってとこまで話しましたね。

給料
給料は、遅れてはいたが2ヵ月ほど、何とか出た。

ある意味、時間稼ぎが出来たことになる。

色んな意味で追い詰められる
急がなければ。

日に日に
お客さんの電話が日に日に厳しくなっていく。

はい
と言ったっきり、何もしない訳だから。

そして、やっぱり一番きついのはカミさん。
当然ですね。
分かってます。

今月は、いつになったら給料出るのよ。
早く、次探しなさいよ。

大丈夫。
次探してるから。

半分嘘で、半分本当。

みんな
みんな、すごかった。
鬼気迫るものがあった。

正直言うと、ノンプログラミングの細かいところなんて分かっていない。

でも、愛してくれた。
この商品を。
何だか訳の分からない、この商品を。

世の中になくちゃならないもんなんだって、信じて。
プログラムを作らないことこそが正しい道なんだと
その考え方に惚れ込んでくれた。

ずっと一人でやって来た。
土日にコツコツと一人で組んできた。
何年も何年も。

でも、初めて、仲間が出来た。
同志だった。

この時の事は一生忘れることがないだろう。

やっと、電話のアポがとれて
浅草橋にある会社だったなあ
やまちゃんと一緒にノートパソコン持っていった。
一生懸命、デモをした。
何故、これが必要なのか
その考え方も語った。

面白いじゃない。

でも、こんなのあると
うちのメンバー、プログラムますます組めなくなっちゃうよ。

社長
対立している相手だけど
普通に考えると敵なんだけど
考えないようにした。

誰も社長のことを口にしなかった。
口にすると辛かったから。

社長は社長で、最後の命を振り絞って
金策に走り回っていたのかもしれない。
返す当てのない借金。

もう
みんなには、もう分かってしまった。
これ以上は無理だ。
全く、生活が出来ない。

これが、テレビドラマだったら
一発逆転が用意されている。

でも、生身の
そのままの現実だった。

解散会
会社の近くの飲み屋さんに集まった。

解散会。
明日からは、100%就職活動だ。

お疲れ様。
カンパーイ。

ダメだ。
これ書きながら
思い出して涙が出てきた。

やまちゃんが

振り絞るように
振り絞るように言った。

ひとつ

ひとつ売りたかったぁ

そして、
震えて

泣いた。

男4人が、
飲み屋で、泣いた。

一番若いシステムの新人は
俺が社長やるから
会社をやらないか、って
そこまで言ってくれた。

いくらなんでも、って
説得したけど。

誇りに思う。
彼らと出会えたことを。

結果なんて、どうでも良い。

彼らと同じ目標を持てた
あの短い期間を
誇りに思う。

この会社に入って

良かった。

明治時代の教科書は、びょーき

びょーき(病気)
にしのほー(西の方)
よーす(様子)
ちょーど(丁度)

ん?
どないしたん?
ふざけてんの?

教科書
実はこれらの書き方が、
明治時代の教科書によって教えられていたんです。

全く、考えてみたこともなかったんですが
ぎくっ
です。

そう言われると、何で「う」なんでしょうかね
びょ う き 
とは、発音していない。

ということは、
う、は
確かに、うし、みたいなときは
う と発音するけども
長音も兼ねていて
二通りの発音をするということです。

考えてみた
気になる~
ってことで
考えてみたんですが
長音の い の方
前がい列の言葉に着くときは
それほど違和感ないです
きい しい ちい にい ひい みい りい

問題はえ列の言葉につくとき
けい せい てい ねい へい めい れい

仮名には違和感ないですね
経済政策(けいざいせいさく)
政治家(せいじか)
平均的(へいきんてき)

例えばゆっくりと
けいざい
せいじ
へいきん
と言うときは
い と発音する気がする

ところが
熟語の中である程度のスピードでしゃべるとき
え って発音してません?

経済政策(けえざいせえさく)
政治家(せえじか)
平均的(へえきんてき)

私だけかなあ
微妙やわ
どこのポイントで
い から え に切り替わるんやろ

これ関東も関西も一緒?

もちろん、そんなこと気にしなくても
何ら問題なく、普通に生きていけますし
通じますけど

明治
明治の教育担当者は
その事に気づいて
よし、いっそのこと
全部 ー で子供に教えようと
そう思ったのかも

1904年から使われた、尋常小学校読本、という教科書
棒引き仮名使い、というらしい

ところが、すこぶる評判が悪く
わずか4年で、今の形に戻っちゃったらしい。