大の大人がハンカチ落としをする日

夢が叶いました。

今日、ウォーキング同好会のイベントで、庭園巡り
池田山公園、庭園美術館の庭園、自然教育園、八芳園

その中の庭園美術館の庭園
芝生の生えているところで。

新宿御苑
一年以上前に遡ります。

ウォーキング同好会のイベントで、新宿御苑に行きました。
その下見の時

目の前に広大に広がる芝生

急に頭の中に、芝生の上で、ハンカチ落としをしているイメージが広がりました。

ああ、ハンカチ落としがしたいっ


何でそう思ったか
そんなことは分からないんだけど

ああっ
無性に
ハンカチ落としがしたいっ

ハンカチ落としのイメージは
芝生でみんなが輪になって
全員が笑顔

それが、ハンカチ落とし

幸せ、を絵に書いてください、と言われたら
躊躇なくハンカチ落としを書くだろう

個人的な身勝手なので
なかなか言い出せなくて

イベント当日に

実はハンカチ落としをしたいと思っているんだけど

ところが小雨がパラパラと降ってしまって
芝生はジメジメ
いくらなんでも無理だよね

庭園美術館の庭園
イベント立てたときは、すっかり忘れていたんだけど

あっ
庭園美術館の庭園って
きれいな芝生だった

甦りました。

ああ、ハンカチ落としをしたい

大の大人になってからは
絶対に100%ないと言って良いでしょう
ハンカチ落としをする機会
でも、あの幸せ感をもう一度感じずに死ぬなんて
一度思い出してしまった以上
もう、無理

実はハンカチ落としをしたいと思っているんだけど
と掲示板に書き込み

特に反対意見がないまま

ところが、昨日雨が降ってしまいます。
今日の土曜日は晴れなのは天気予報で判ってたんですが
気が気じゃありません。

ああっ
芝生が!
芝生が乾いてくれるやろか

今日
さあ、今日
暑いくらいの陽気に恵まれました。

芝生の事が頭から離れません。

午後になって

来ました、芝生

触ってみて

あっ
どう?ほら
行けるんちゃう?
ねえねえ、どう思う

ええーっ

やろうよやろうよ

輪になって座って

はい、じゃあ、ルールのおさらいね

と言って、重要な事に気づきました。

ルールの細かいところを忘れちゃっている

鬼がハンカチを持って周りを周り
誰かの後ろに
そっと落とす
手探りでハンカチが落とされた事を分かった人は
ハンカチを持って立ち上がり
鬼を追いかける
鬼は、空いた場所に座る

で?

ごめんごめん
ネットで、ルール調べるね

ええーっ
そんなに前からやりたかったことを
今調べるの?

はい
至極ごもっともなツッコミです。

鬼が、一周回るまでに気づかなかったら
鬼に背中を叩かれてアウトっ

さあ、やってみましょう。

7~8回やっただろうか
意外に一周回るまでに気付かない人もいて
大笑い

そう
この笑顔
あの頭に浮かんだ笑顔と一緒

でもよくよく考えると、アウトっちゅうたって
またその人が鬼になって再開するだけ

ということは、これ勝ち負けがないルールなんちゃう
なんて平和なゲームなんやろ

それでこんなに笑顔になれる

やって良かった。

子供と大人
ハンカチ落としに無邪気に楽しめるのが子供で
そうじゃないのが大人だとしたら
一生子供でいたい

あいつは子供だなあ
って言われるままで死にたい

でも
大人がいっぱい集まってハンカチ落としをしている方が
子供がハンカチ落としをしている当たり前の状況より
もっと笑える

大の大人がハンカチ落としやて
大笑いやで

大の大人のハンカチ落とし
大の大人がハンカチ落としをしたいなんて
そんな事、そもそも思わないでしょうけど

仮に、そう思ったと仮定して
実現手段は、普通ないんじゃないでしょうか

私には、それが出来た。

ええーっ
という愛のあるツッコミをしつつ
協力してくれる仲間がいる
かけがえのない仲間

こんな幸せなことがあるでしょうか

もう、思い残すことはありません。
いつ死んでも大丈夫
どんとこいです。

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ジュズサンゴ

花カレンダー始めました

修飾詞の付かない、塙保己一、その2

修飾詞の付かない、塙保己一
の続きです。

学者としての道を進み始めた塙保己一(はなわ ほきいち)
萩原宗固の紹介で川島貴林、山岡浚明といった当代一流の学者たちに師事し、
文学・医学・律令・神道など、幅広く学んでいくことになります。

そして運命の出会いが訪れます。

国学者の最高峰、賀茂真淵(かものまぶち)に入門するのです。
その時、賀茂真淵は既に最晩年

六ヶ月後には帰らぬ人となるので
長い時間ではありませんでしたが
少しでも「その世界で最高の人」の弟子になれるなんて
何物にも変えがたい
超一流同士で通じ合えるもの

賀茂真淵が亡くなるとなると
もう、塙保己一の上には誰をも存在しない。

既に弟子も何人もいます。

その時期その学問で最高の学者として生きていくための
振る舞いと心構え

そんなことを学んだんでしょうね。

あとはお前に託すぞ

あらゆる事が保己一に集中していくことになります

大名家から秘蔵の書籍の真贋を鑑定してもらえるようにとの依頼
加速度がついてきて
貴重な書物がどんどん、保己一とその弟子たちの元へと集まってきます。

その状況下で、考えます。

ずっと助けられてきた人生
後の人生で
どうしたら恩返しが出来るのか

人に恩返しをしたい
本に恩返しをしたい

あらゆる事を与えてくれる「本」という存在も
特別の手立てを取らなければ
すぐに朽ち果て、無くなっていく。

残そう
「本を残す」ということに
残りの人生を注ぎ込もう

江戸の理系力シリーズをやって来て分かったのは
それぞれの学問分野で
百科事典的なものを作る人が現れ
その完成を持って、その学問が飛躍的に発展する転機となる

保己一が作ったのは、本の百科事典

貴重な本の内容を版木に彫る
何枚でも刷れる形になって、
その本は永遠の命を授かる
分類し、検索しやすくし
形も統一
増やして流布させることで
その本の内容は一般化する

群書類従
本の百科事典「群書類従」(ぐんしょるいじゅう)
収録文献数は、1270種以上
二十五部に分類

分かりやすいところの例をあげますと

物語部
『伊勢物語』『竹とりの翁の物語』
日記部
『和泉式部日記』『紫式部日記』
紀行部
『土佐日記』『さらしな日記』
雑部
『枕草子』『方丈記』から聖徳太子の『十七箇条憲法』まで

あらゆる古書は、群書類従の中に入ることで
命を吹き込まれる

例えば「日本後紀」
日本書紀に始まる六国史のひとつですが
それまで行方知れずだった

保己一の弟子、稲山行教(ゆきのり)が、
苦労に苦労を重ね
少しずつ三条西家の人に書き写させてもらう

保己一たちがいなかったらと思うとゾッとします。

古書は、何でも群書類従に始まり、群書類従に終わる、という存在でしたから。

和学講談所
ついには、幕府をも動かします。

群書類従はライフワークで、最終的には40年もかかっているんですが
せっかくの本の百科事典があっても、ページを開く人がいなければ何の役にもたちません。

教育して広げていかなければ。

当時の老中は松平定信
和学講談所および文庫を建設するための用地三百坪が無償で提供
建物の建設資金三百五十両の貸し付けも行われ
毎年五十両の資金援助も受けられることとなったのです

初めて生徒たちを前に講義するとき
こんな風に言ったんじゃないかな

皆さんの中には何がありますか
そうです。心です。

心は生まれ落ちたその時に、授かったものでしょうか

私には、もっと前から繋がっているように思えるんです

自分が何者であるのか
分からなくなったら
ぜひ、日本の古い読み物を読んで下さい。

あなたの心と同じものが、そこにあります。

驚き
自分自身興奮気味に、この「その2」を書きました。
もう一度、自分の文章を読み返してみて
驚いた事があります

だからか!

「その2」の最初からここまで、「盲」の字を使っていない。

日本の書物には恩人がいた
掘り起こして、繋げてくれた人

それまで誰も発想したことのなかった
あらゆる書物をひとつにまとめちゃおう、ということを
現実にやってのけた人

その人は、たまたま、目が見えなかっただけ

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ガウラ

花カレンダー始めました

修飾詞の付かない、塙保己一

塙保己一(はなわほきいち)というひと

実は、前から知っていて、ブログに書こうと思っていました。
渋沢栄一を書いたとき、
次は埼玉三偉人の、塙保己一、渋沢栄一、荻野吟子
その中で、塙保己一をよろしく、とのコメントもいただきました。
その時、「はい、近いうちに」、と言って今までかかっちゃいました。

塙保己一
はなわほきいち 国学者 1746-1821

国学って何かというと
江戸時代に、それより前の昔の事を研究する学問
歴史というよりは、文化的な事が多い
源氏物語の研究とか、そういうの

「はい、近いうちに」から、今までの間に、江戸検定の勉強とかしていると、
塙保己一の名はちょくちょく出てきます。

おお、また塙保己一かい

その度にとても驚くことがあるんです。
不思議だなあ
あの、塙保己一だよなあ

塙保己一なんて独特な名前、二人といるわけないので、間違いはありません。

修飾詞がついていないんです。

どういう修飾詞かというと

「盲目の」

そうなんです。塙保己一は目が見えないんです。

とうとうこの間、一度もこの修飾詞を目にしなかった。

私が最初に塙保己一の名前に触れたのは
塙保己一が盲目でありながら、人一倍苦労して、国学における第一人者になったというエピソード

衝撃的なものでした。

どうしても、障害者となると
障害を抱えつつ、よくがんばって、というところに目がいってしまう。

おそらく本人は、そこじゃなくって、と言いたいだろうと思いつつ。

江戸時代の画家というと葛飾北斎、安藤広重、ぐらいの位置付けで

国学という方から見ると
賀茂真淵、本居宣長、塙保己一。

目?そう言えばそうでしたね、
そんなことより、
ぐらいのもの

大したもんです。

生い立ち
「敢えて触れない」が塙保己一に対する正当な評価だと思いつつ
それはそれでおいておいた上でも
やっぱり気になりますね。

どれだけ大変だったんだろう、って

だって、国学ですよ。
山ほど古文書を読み込んで成り立つ学問じゃないかと。
私なんかは素人なんで、不思議で不思議で。

幼い頃から体が弱かった保己一は、数え年七歳の時に病により失明。
十五歳の時に江戸に出て、按摩や鍼、三味線の、雨富須賀一(あめとみすがいち)に弟子入りします。

ところが、元々不器用な保己一は、全く上達しない。

人生これまでか

悲観して自殺を図ります。

直前で助けられ、師匠のもとに戻ります。

ばかもん!
どれだけ心配したか

すみません。
師匠に迷惑かけてばかりで。

そんなことあるわけなかろう
ただ、何をするにも熱が入らないように見えて
どうしたもんかとは思っていたのだ。
何でも良い、申してみよ

泣きじゃくりながら、師匠に初めて気持ちを打ち明けた。

実は、江戸に来てやりたいことがあったんです。
学問です。
田舎にいるとき
太平記を、全て暗記して、話し聞かせることで生計を立てている盲人がいると聞きました。
四十巻の本を暗記することで妻子を養えるなら、と思っておりました。

でも、やっぱり師匠には言い出せなくて。

学問がしたいんです。

そういう事なら、早く言うて欲しかった。
わしには、学問の事は分からんので、手伝ってやることは出来ん
少しばかりそのための時間は作ってやれる。
やってみるがいい

3年は面倒見よう
それで目が出なかったら
すっぱりあきらめ、田舎に帰ってもらう
それでも良いか?

もちろんでございます。

多目に作ってくれる空き時間、本を貸してくれる人を探す。
本を貸してもらえると
今度は、それを読み聞かせてくれる人を探す
その繰り返し

あまりの熱心さに、少しずつ評判がたちました

雨富さんとこに、えらく学問好きなあんまがいるらしいよ

学問かい
そりゃまた、どんな奴か、一度顔を見てみたいもんじゃ

下手くそなあんまだと知りつつ、ひいきにしてくれる御得意様が現れてきます。
心を込めて一生懸命マッサージ

じゃあまた、続きを読んであげようかの

いつも前回の内容を完璧に覚えているので
面白がって、本読みを買って出てくれます。

そういうお客様からは、お代はいただきません。

隣に松平乗尹(のりただ)という旗本が住んでいたのですが
噂を聞いて感動
多忙を極める人だったので

一日おきに寅の刻(朝四時)から卯の刻(六時)までなら読んでやろう

朝の本読みが始まりました。

余りにも記憶力が良いことに感動し
ある提案をします。

わしの家で、毎月、萩原宗固(はぎわらそうこ)という先生が『源氏物語』や和歌の講義をしてくれる。
お前も一緒に講義を聞いてみてはどうだろうか

えええっ、良いんですか?
ありがとうございます。
ありがとうございます。

萩原宗固も余りの真剣さと
驚くべき吸収の速さに感動

感動の輪がどんどん広がっていきます。

いつも一緒に聞いている松平乗尹は
これは、もうレベルが違うと感じ入り
雨富のところに向かいます。

どうだろう
保己一を、萩原宗固の門人にしてあげては。

その頃はもう雨富も保己一に惚れ込んじゃっていて、大賛成

保己一は国の宝
私はどんな事でも協力する。

国学との本格的な出会いです。

長くなりましたね
まだまだ続きますので
続きはまた明日。

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11/7 立冬 玄猪の祝い

二十四節気シリーズ
冬に入っていきます

この、二十四節気シリーズ、春に初めて
夏、秋と過ぎ、もう冬なんですね

感慨深いです。
しみじみー

立冬   りっとう  暦の上で冬が始まる日   11月07日

玄猪の祝い
旧暦の10月に入って初めての、亥(い=猪)の日、
玄猪の祝いという祝い事が行われます。

元々は、農家のその年の収穫に感謝するお祝いなんだけど
農家に限らず、日本は稲の国なので
平安時代から、貴族も祝ってきた。

江戸の人は、祝い事は取り入れたくて仕方ないので
武士だろうが町民だろうが、お米に感謝し
お餅を食べる。

この日も、江戸城への登城の日で
桜田門の外にでっかい篝火がたかれ
五色の餅が配られる。

庶民が待ちに待っている日という意味では
ひょっとするとこの日が一番かも知れない。

なぜかと言うと、この日に暖房器具を出すと決まっているから
火鉢か炬燵になるんだけど
その前にどれだけ寒くてもひたすら我慢。

江戸の人ってこういう自分達で決めたルールを守るのが大好きなので
何がなんでも守る

ああ、あったかーい

農業がらみは、収穫祭として色々あるけど
十日夜(とうかんや)というのもその一つ
旧暦の10月10日に行われる
田んぼの神様が、仕事を終えて、この日山に帰る

ありがとうね。
来年もよろしくね。

お寺
この頃、それ以外にも、行事が無茶苦茶多いんですが
まずはお寺関連。

仏教の各宗派で、あるわあるわ
こじつけてこの時期に行事を持ってきます。

クイズにしてみましょうか

【問題】なぜこの時期に仏教各宗派が行事を集中させるのでしょう

若干だけスペースを空けるので
答えを手で隠しながら考えてね

























【答】神様がいないから

旧暦の10月は、神無月
神様たちがこぞって、出雲に行っちゃうので
神社では、行事が皆無です。

神のいぬ間に仏ですね

浄土宗  十夜法要 初冬最大の念仏法要。十日十夜、念仏を唱え続ける
禅宗   達磨忌  菩提達磨の忌日法要
浄土真宗 報恩講  親鸞聖人の忌日法要
日蓮宗  御命講  日蓮聖人の忌日法要

達磨さんなんて、いつ亡くなったかも分からないし
親鸞聖人なんて、本当は11月28日に亡くなっているのに
ええやん、10月にしましょ、と

商売
農業、仏教と来て、商売もこの時期は、大盛り上がり
まずは、京都の商売

誓文払い
旧暦の十月二十日に京都の商人や遊女が
四条京極にある官者殿(かんじゃでん)に参詣し、
一年の商売上の駆け引きや、客への嘘といった罪を払い、
神罰を免れるように祈った

すんまへん。
嘘言うとりました。

面白いですね。
そないな事を公表して良いんでしょうか

罪滅ぼしの大安売りで大にぎわい。

只じゃ起き上がりません。

恵比寿講
江戸では、同じく旧暦の十月二十日に恵比寿講

大黒さんと恵比寿さんの像を座敷に移して、鯛、赤飯、鏡餅等を備える

店は早じまいして、親類や御得意様を招いて大宴会
オークションの真似事のお遊びをする
皿や小鉢を、いかにも貴重なものであるように口上を述べ
うまく演出できれば

10両
20両
いやいや100両だ!
と値が釣り上がっていく

これは、かの弘法大師が若かりし頃
猫に餌をやったという
由緒正しきしろもの
ここのしみは、たまが嘗めた跡にございます。

セールストークで遊ぶ、いかにも商売人らしい発想

幼い奉公人も、餅や菓子がたんと食べられる
わくわくの一日。

大伝馬町でべったら市が催され、大にぎわい

この日は、お祭りというだけではなく
総決算の日

一年の売上利益を計算し
来年度の計画を立てる

業績が良かった年は、それはそれは宴会も盛り上がったことでしょう
さながら、二年連続日本一のビールかけ会場のように

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