伊藤宇多。松坂屋を作った女性

江戸のヒロインシリーズです。

江戸時代の、大店(おおだな)と呼ばれる豪商の家系では、女性が大活躍。
例えば、最も大きな、越後屋
三越の前身で、そもそも日本で大型店舗での販売を始めた店ですが
偉大なる初代当主、三井高利(たかとし)のお母さんは三井殊法(しゅほう)

この頃は、伊勢の松坂で質や酒,味噌の商売をしていたんですが
旦那さんの高俊(たかとし)さんは、いまいち商売に興味がない
たかとし、って同じ名前で分かりづらいですね
殊法の才覚で、ぐいぐい、商売を大きくしていきました。

息子の三井高利が群を抜くアイデアマンで歴史を刻む訳ですが
高利もお母さんにかなり頼っていたようです。

越後屋についてはこちらも読んでね
三越の前身「越後屋」の商売革命

そもそも、高利は四男で、跡は長男が継いでいて
お兄さんとのそりが合わず、追放されていた。
長男が死んだ後、高利の才能を見抜き
全面的にバックアップしたのは、殊法

江戸に行って勝負してみたら?

ほんま?
ええのん? お母ちゃん。

奥さんのかねさんも、これまた切れ者で、ずんずん大きくなっていった。

当主って、仕入れだ交渉ごとだと外に出ることが多いので
中を守り、従業員たちをうまく采配する女性の手腕が大きく左右する。

木村屋のぶんばあちゃんや
木村屋のアンパン。ぶん婆ちゃん頑張れ!
びっくりぽんのモデル、広岡浅子なんかもそうですね。

これからお話しする、松坂屋にも、ものすごい女性がいました

伊藤宇多
名古屋のいとう呉服店は、小売業に転身して以来、順調に発展

伊藤清代(きよ)は、七代目当主、祐潜(すけゆき)の奥さん。
覚えておいてね。七代目ね。
旦那さんをもり立てて、商売を頑張っておりましたが
祐潜が若死にしてしまうんです。

涙に明け暮れる日々、なんて言っている場合じゃございません。
商売をなんとかしなきゃ

弟の祐清(すけきよ)がいるっ

えっ、僕?
自信ないなあ
おきよ姉さん、色々助けてね

もうぅ しっかりしいや
ほな、こうしよう
結婚しよう

って事で
祐清の奥さんに横スライド

八代目当主の誕生です。
夫婦仲良く、もり立てて
だったんだけど

ま、まさかっ

祐清も若死にしちゃった。

えらいこっちゃ。
何とかせにゃあ。
甥っこ祐正(すけまさ)に来てもらい、九代目

どうなるか分かります?
はい、正解。
祐正もすぐ死んじゃった。

どないもこないも

そんなおり、祐潜のお父さん、祐寿の息子、すなわち、祐潜の兄弟だと名のる者が現れる

我こそは、いとう呉服店を継ぐ資格があります。

なんともうさんくさい。

奉行所に申し出て、何とか阻止できました。

ダメだあ
こんなことしていちゃあ

ここは、強力な十代目当主を考えなきゃ。

あっ
いた!

分かりますね
清代です。

よし
もう、覚悟を決めるしかありませんね。
生まれ変わったつもりで頑張りましょう

名前を「清代」から「宇多」に変えます。
覚悟の証

もう少し前にそうしていても良かったかも
大繁盛

めでたしめでたし

そして
宇多にはもう一つ、大きな仕事が。

婿さん探し。

だってこの時、まだ21歳

宇多が当主の9年間で、店は更なる大発展。
宇多は30歳。
まだまだ女盛りです。

商売をもっともっと発展させられる才覚のある人で
宇多の旦那様としての男性的魅力もある人じゃなきゃいけない
さらに言うと、長生きしそうな人。

見つけるのに、随分時間がかかっちゃいました。

私をお嫁にもらってくれますか

祐恵
十一代目祐恵(すけよし)
宇多の目に狂いはありませんでした。

それから5年後
いとう呉服店は、江戸の老舗の大店、松坂屋を買収するまでになりました。
自分の数倍の売上を誇る店を買収しちゃうんですから
なんたる手腕
その後、さらに発展して、幕府の御用商店にまでなりました。

ドラゴンズファンとしては、
なんで中日が優勝すると、松坂屋がセールをするのか不思議だったんですが
謎が解けました。

明日、江戸検定で、伊藤宇多出てくれると良いなあ
はい、(い)の松坂屋!

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庭園の植木あれこれ

庭園の植木で、松の話はしましたね。
庭園の植木。特に重要な松

松以外の植物は?
あまりにも種類が多くてなかなか一言では難しい。
手入れが難しいのは敬遠されるので、巨木になってしまうものは避けられるが
それ以外では、「ありとあらゆる植物」としか言えない

時代による変化
そんな中で、時代による変化というのがある
日本の植物が時代によって変化するから。

感覚的には面白いなあ、と思うんだけど
我々は、日本庭園を見て感じるのはノルタルジーで
ビルばかりを見飽きた日常から解放されて
ああ、癒されるぅ

どうも、昔の庭園はそういう事ばかりじゃなく
日頃見慣れている植物じゃなく
目新しい植物を見て
何あれ
見たことないわ
エキサイティング!

すなわち、外国から入ってきた植物をいち早く取り入れ
話題を作り、流行になっていく牽引役

前回お話しした松はスーパーヒーローなので、
古代から現代まで継続して愛好されていますが

平安,鎌倉時代にはサクラ,ウメ,カエデ、シダレヤナギといった落葉広葉樹、
室町時代にはマキ、ビャクシン、カラマツなどの針葉樹
安土桃山時代にはカシ、カナメモチ、ヒサカキのような常緑広葉樹が好まれ、
江戸時代にはこれらすべてが使用されるという具合になっています。

梅と桜
個人的に一番興味あるのが、梅と桜

百人一首みたいな、和歌の世界を見ていくと
花、とだけいうと、昔は梅の事
それがいつの間にか、桜の事に変わっている。

同じ歌でも、読む資料によって
ここでいう「花」とは梅の事です、と書いてあるのもあるし
桜を前提に解説してあるのもある
正直に、「解釈が分かれます。分かりません」と書いてあるものも

いつ頃から、花が桜になったのか、気になって気になって。

「日本庭園と風景」の本によると
神泉苑という庭園で、平安前期
「日本後記」弘仁3(812)年2月12日に
桜の花を見ながらの酒宴が催された記述がある
その時は「花」とだけ表現されており
花と言えば桜に決まってます、となっていた可能性が強い。

結構、思っていたよりは早いかも知れません。

芝生
一番意外だったのは、芝生

芝生って、明治維新のあと、西洋庭園が入ってきて
それから広がったと確信していました。

それまでは、緑を敷き詰めるには、苔しかなかったと。

先ほどの「日本庭園と風景」の本に、こんなふうに書いてある

平安時代から使われていた芝生は、
江戸時代の回遊式庭園でも、岡山の後楽園に見られるように
別荘の御殿の前面などの広い場所に張られてきたが
明治時代の洋風庭園に導入されてから
公園の広場にも用いられるようになった。

えええっ、平安時代?
イメージが全く沸きません。
ショック!
立ち直れそうにありません。

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