世田谷で、緑多き一帯を行く。続き

世田谷で緑多き一帯を行く
の続きです。

竹林
第六天塚古墳

稲荷塚古墳

を経て
喜多見五丁目竹山市民緑地へ



この辺り竹の名産地らしい
氷川神社、慶元寺、第六天古墳、ここが4箇所目

竹林って、なんでこう、気持ちが涼やかになるのでしょう。
ひょっとして、前世、かぐや姫かも

次太夫堀公園
世田谷物語17
ここが一番来たかったところ

最近、神田上水、玉川上水、野火止用水と水道づいておりますので
ちょっと場所の違ったこんなところに用水があったとなると来ない訳にはまいりません。

もらった資料を読み込むと
1611年完成ということですから
1590年の神田上水よりはあとのようです。
用途も灌漑用水のようで、飲用の水道とは違うようです。

六郷用水を作ったのが、小泉次太夫なので
六郷用水は次太夫堀とも言われます。
元々駿河の人で、家康の関八州領地替えの時に一緒に来て代官となる
富士山の雪融け水で度々洪水に見舞われるので
治水については関心も技術も高く、鎌倉時代から灌漑用水が引かれていたらしい。

次太夫が、家康に提案

用水掘りましょ

良いねえ、採用。

この時既に58歳
難工事で、なかなか進まず、
女性たちの手も借ります。

女性達が頑張ったので、女堀とも言われます。
15年かかって、73歳の時にようやく完成
嬉しかったろうなあ。

それが、これだ!


民家園
次太夫堀公園内には民家園もある
入園無料で良心的

あっ、木挽き体験
大きなノコギリは江戸深川資料館で見たことあるけど
持ったことはない。

すみません。体験できるんですか?

どうぞどうぞ

革の手袋を貸してくれた

これは、大きな鋸(のこぎり)と書いて大鋸(おが)と言います。
まっすぐ縦に切る縦引きと、横に切る横引きがあります。
今日は縦引きで、一番柔らかい木で切ってみましょう。
こうやって持って、既に筋のあるところが前の人が切ったところですが
その続きを切ってみましょう。

あっ、こうやってここに入れるということですね。

力を入れる必要はありません。
引いて切ります。

うんっ?

最初は前の人の癖もありますので引っ掛かりますが
切ろうとせずに全く力を入れずに、上滑りで動かす事だけを考えていると
その内切れるようになってきます。

あっ
ほんとだ
切れるようになってきた

腕の力で引こうとせずに
上体を前後に揺らす感じ

なるほど
こんな感じかな
あっ、切れてきた切れてきた
すごいすごい、進んでいく。
おが屑も出てる出てる
面白ーい
面白いですねこれ

巧いです。
センスありますよ。

えっ、そうですか
嬉しいな

これ、大切ですね
みんなに言っているんだろうとは思いますが
天にも登る気持ちになっちゃいます。

写真の右から二つ目の筋が私の切ったとこです。

包丁を作る鍛冶体験もあったけど
こちらは、先約がみっちりと教わっている最中だったのでパス

そうそう、民家でしたね
民家は茅葺き屋根のが三つ


例えばこの家は半農半商
喜多見って多摩川に程近いから、
材木を筏にして組んで自分が乗って来て、
下流でほどいて材木を売って歩いて帰る材木商の通り道
材木売って裕福になっているから
酒屋さんとかで一杯提供。

ここの二階では、疲れた商人が休憩する場所

もうひとつの民家では糸を紡いでいた
糸を紡ぐって、やったことはもちろんないけど
見たこともなかった。
ガンジーが映画の中でやっていたり
アルプスの少女ハイジでもおばあさんがやっていたような。

手品を見ているよう。
綿の塊が、糸になっていきます。

はい、よりをかけます。

よりって何ですか

まず、よりをかける前
触ってみてください。

はい触りました

はい、よりをかけます。

はい、また触ってみてください。

あ、なるほど固くなってる。

振動で糸を強くすることらしいです。

糸の端を綿にくっつけてぴーっと出して
次によりをくりくりくりってかけて
それをくりくり巻き取って

何の説明にもなっていませんね
動画を取ってきましたんで見てください

これは、綿からですが
繭から絹糸を作るときもこんな感じで作るらしいです。

私は全く知らなくて驚いたんですが
繭ってカイコの出したとても長いたった一本の糸が絡まって出来ているんですって。
だから端っこが見つかれば、すうっと一本の糸が作れる。
カイコすごいっ。

そのあと、ここで紡いだ糸で機織り

すみません
これも動画に録ろうとしたんですが
巧く録れませんでした。

あと、お雛様イベントもあって
昔のお雛様がいくつか飾ってありました。


いやあ、民家園楽しかった。

緑地いっぱい
喜多見から成城へ

さすが成城
全ての家は、成城って家ばかり。
気持ちが下り坂の時には歩いてはいけません。
自分の人生をつくづく憂えてしまいます。
どうやったらこんなに差が出るのか

成城ともなりますと、住宅街のあちこちに、緑地を用意しています。

やはり緑は、ようございます
ごめんあそばせ

こちらは、成城三丁目緑地



緑地の名前自体ブランドですね

他にも、成城みつ池緑地、成城四丁目十一山市民緑地などなど

他にも色々あったのですが、長くなりましたのでまるっと飛ばします。

成城五丁目猪股庭園
旧猪股邸は、(財)労務行政研究所の理事長を務めた故・猪股猛氏ご夫妻が
引退されたあと
あとは茶の道でゆっくり人生を楽しむために作られたもの
今は一般開放されている

後で調べて分かったんだけど
吉田五十八さんという世界的建築家が建てた事に大きな意味があったらしい

残念!
庭にばかり目が行ってしまった。

建物で写したのは茶室ぐらい

ネットで記事を見ると、例えば天井の空調を丸々天井の奥に入れ込んじゃって
木のまっ平らの天井から送風口だけを不自然ではなく開ける技とか
そういう、全体としての味わいを崩さないスッキリした演出に定評があるらしい。

そう言われると無茶苦茶スッキリしていたけど
華美じゃない方の素晴らしさって、言われなきゃ分からないです。

おそらく本人に言わせると
気づかれるようじゃお仕舞いとか言うんでしょうね。

ちゃんと予習してからもう一回行くことにします。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ


梅 芳流閣

花カレンダー始めました

世田谷で緑多き一帯を行く

今日の週末、どこ行こうかな
この前、豪徳寺に行ったときに、世田谷区のパンフレットもらってきた。
世田谷区、24の物語
ここから選びましょう。

喜多見
小田急線です。
さすがは世田谷区。
西武線沿線住民としては、住む世界が違います。
まあ、歩く分には、追い返されることもないでしょう。

喜多見って聞いたことも無かった。
「喜多見駅から世田谷の緑多き一帯を行く」ってコースです。

緑道
さすがは「緑多き」とうたってあるだけの事はあります。
この先もちょこちょこ緑道が登場します。

念仏車
回せば念仏を唱えたことと同じ事になる便利グッズ

何度かお寺で見たことはありますが
お寺で無い場所で庶民が作ったってものは始めてみました。
ちゃんと回ります。
女性だけの講(互助会みたいなもの)が作ったみたいなんだけどそれも珍しい。

喜多見氷川神社
えっ、これ本当に氷川神社?
でかいっ

能楽堂も立派

と思ったら本当に毎年、舞が舞われるらしい。

そもそも何で鳥居がないの?

あったぁ
だよね。横っちょから入っていたと言うことね
しかも参道長っ

この二の鳥居は江戸時代、1654年からあって文化財指定されている

慶元寺
次は慶元寺
世田谷物語18に選ばれているほどだから期待できます。
東京近郊を歩いていると
江戸時代より前のゆかりの地の場合は、太田道灌で
それより前は、豊島氏か江戸氏の筈
でも、豊島氏がらみは良く見るんだけど、
江戸氏は今回が初めてになります。
江戸氏の本拠地。墓もあります。

元々今の江戸城の辺りに城を構えていたから
江戸氏の城なので江戸城ね
分かりやすいです。
その後、太田道灌においやられて、喜多見にお引っ越し。
徳川家康が江戸に来たとき、家康に仕えることになります。

広く一帯を江戸って呼ぶことにしたのよね

ですよね
まずいですよね
私、江戸じゃなく喜多見に名前変えます。

ええっと、Googlemap で見ると、氷川神社のすぐ横
入り口ここかな。何とも書いてないけどなあ
誰もいないけど、お寺じゃ普通。

うわあっ、見事な庭園


庭園への手前の柵が微妙な開き具合
入って良いような、いけないような

(小さな声で)
失礼しまあす

すごいっ。とてもすごいっ。

えっ、まだ奥にさらに庭園が

苔むす道の庭園がどこまでも長く続く

踏んじゃまずいかな。そろりそろり
ぐるっとまわって帰りがけの道は竹林

最初のあずまやのところがちょっと小高くなっていて、そこからの眺めも最高

えっ、さっきの竹林、中に入っていけるのか
入るとこれまた、広い広い

ここまで広い、しかも見事な風情のお寺の庭園は初めて経験しました。
いやあ、生きていて良かった。

ただ、実はとっても不安
さっきのは本当に、慶元寺で、入って良かったんだろうか
道に苔むしていたのが何とも気になる

Googlemapで見ると、ただただ広い敷地で大きな幼稚園も経営している。
とりあえず、敷地を一周してみよう。
この幼稚園も実に広い
神社仏閣が経営している幼稚園の広さ選手権があったら間違いなく優勝でしょう。

ちょうど反対側

あっ!

「慶元寺」って書いてある
しかも
何っ、このとてつもなく長い参道は


それを過ぎて山門で

その奥に、どでかいお寺

鐘や仏像などが色々あって
右側に広い墓地があって、その奥に三重の塔まであります。

不安は、既に確信に変わっておる訳ですが

右奥に行ってみると
柵で厳重に囲われたその先に
先ほどの竹林

確定です。

私は罪を犯してしまいました。

おそらく寺の住職さんのプライベートなお庭でしょう。
信じられない、あんなに広い見事な庭園。

証拠をこのブログで写真つきでアップしてしまいました。
覚悟は出来ております。

逮捕されたら素直に服役することに致します。

あっ、そうそう
これが江戸重長さんの肖像ね

それにしても、素晴らしかったなあ

続きは明日ね

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ


梅 紅千鳥

花カレンダー始めました

植物は接触を感じている

植物の感覚のシリーズです。
目、鼻、ときて、手と言うか肌と言うか、今日は接触というところです

接触
動物と違って、植物は何かを触りに行くということは不可能です。
常に受け身。

外からの物理的な刺激に対して、何らかの対策を打つ
そういう意味での触覚は存在します。

つる
一番身近に多いのは、つる性の植物
何かに巻き付いて伸びていくため
その「何か」を発見する必要があります。

例えばアレチウリ

ヒトの10倍もの敏感さで物に触ったかを感知できる。

ヒトは重さ2グラムの繊維でないと、指先で触覚を感じられないが
アレチウリのつるは、0.25グラムの繊維にも反応し
それを合図に近くにあるものに巻き付く。

なるほど、植物にもヒトと同じように触覚があるんだ
と思うのはまだ早い。

ヒトの触覚は色んな事を感じる
痛い、こそばゆい、ぬるぬる、熱い、等々
脳があるので、伝わった刺激が「主観」を作り
その主観に基づいて、手を引っ込める等の行動に繋がる

植物の場合は、脳がないので、あくまでも目的のためだけに存在する。
あるなしさえ分かれば良いという場合は、それ以外には何も分からない。

ハエトリグサ
触覚が高度に発達している代表例に、ハエトリグサがある

葉っぱの間に、虫が入ればパクッ

動物ならば結構普通の事だけど、良く考えてみると、植物
なんでそんなことが可能なのか

かの有名なダーウィンが、興味を持った。
どういう仕組みなんだろうと、色々実験

雨(水)を当てたり、強い風当てたりしても反応しない。
さらに分かってきたのが、大きすぎても小さすぎても反応しない。

獲物だと分かるということは、タンパク質の固まりはどうだっ
ちょうど良い大きさに切って、これなら反応するだろう。

えっ、反応しないの?

順序立てて説明しましょう。

まずは、どこで触ったことを感じるか
下の写真を見てください。
ピンク色のところにトゲのようなものが、ぴっぴっと出ているのがお分かりいただけるでしょうか

ここで感じます。

でもひとつのトゲだけじゃ反応しないんです。
ひとつに触ったあとに他のにも触る
これで大きさを判断するんです。

でも不思議ですね
だったら、ちょうど良い大きさのタンパク質にも反応する筈

実はこの答はダーウィンよりずっとあとに解明されました。

虫などの動物とタンパク質の固まりは何が違うのか
その理解のためには、伝達の仕組みの解明が必要でした。

ひとつに触った「あとに」と言いましたね
ということは、ひとつめに触ったということが、伝達されていないといけない
この仕組みは動物の神経の仕組みに実に良く似ていた。

神経の中を伝わっていくのは物質ではありません。
電気信号です。
ある場所で発生した微弱な電気が連鎖しながら伝わっていく。

植物内で、情報が伝わっていくのも仕組みはかなり似ています。

さあ、先ほどの疑問に戻りましょう。
動物とタンパク質の塊の違い。

動物はトゲに触った時点で、チクッと感じます。
そこに電気信号が発生します。
痛いぞ気をつけろ

この電気信号がハエトリグサにも伝わる。
そのまま、その電気信号がハエトリグサ内の他の場所に伝わっていく。
だから、ハエトリグサはそこに動物がいて、ちょうどいい大きさであることに気づくんです。

では、次の疑問
ハエトリグサには筋肉が無いのに、どうやって口を閉じられるんでしょう。

この答は、後のオジギソウの研究によって解明されました。

植物の細胞って、ほとんど水分の中身の外を堅い壁がおおっている
水がぱんぱんに入っているときは、シャキッとするが、水が少なくなるとしわしわで萎む
オジギソウやハエトリグサの動く根元のところに、
電気信号によって、水を素早く、出入りさせられる細胞が固まっているんです。

触られるストレス
こんな特殊な植物でなくても、一般的な植物にも触覚があります。

例えば風の強い環境だとします。
植物は風を感じて、枝を長く伸ばす事をやめます。
その分のエネルギーを幹や枝を太くすることに回す。
こじんまりと風の抵抗を受けにくく、かつ折れにくい頑丈な体に変える。

このように、基本的に植物は触られると、成長を止める方向にして危険を予防する。

ある植物で、ある科学物質がどういう影響を与えるか調べようとした。
葉っぱに、その栄養を多く含んだスプレーを毎日毎日吹き掛けた
さぞや大きく育つだろうと

ところがあろうことか、枯れてしまったのだ。

変だなあ。
濃度が強すぎたのか

真水から、いくつかの液体を用意して、毎日同じようにスプレー
すると驚きの結果が。

どの濃度も同じように枯れてしまったんです。

分かったのが、スプレーされるというその触覚ストレスに耐えられなかった。

ある学者は、ある花の成長を細かく観察しようと、毎日定規を当てて、大きさを図った
これもまた、枯れてしまったんです。

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[植物]シリーズはこちら(少し下げてね)


梅 大盃

花カレンダー始めました

家康9 本能寺の変のあと、天下を取りに行くか、それとも

家康のシリーズ
家康8、逃げろっ。人生最大の危機。
の続きです。

復讐
何とか三河まで逃げ帰り、急いで体勢を整える。

天下を取るとしたら、今が絶好のチャンス

亡き信長殿の無念を晴らす
との旗頭の元、京都へ上り
光秀を討てば良い。
早い者勝ち。

復讐に参るぞ

兵を率いて、京へ

ところが、ちょっと変。
天下取りの大戦にしては、たったの2000
足取りも、ぐずぐずゆっくり。

ここが家康という男の面白いところ。

本当は行きたくない。
でも兵をあげないと、世間的にも家臣からも
何か言われそうだし。

家康の読みはこう。
おそらく次は柴田勝家
ただ、織田勢の跡目争いは、そうすんなり決着しないだろう。
ぐだぐだしながら潰し合って、総倒れ
そのあと、ゆっくり出ていけば良い。

秀吉
一日歩いただけ
尾張の鳴海に着いたとき、羽柴秀吉から飛脚が届いた。

羽柴、はて?
一体何の用事

十三日、山城の山崎において、逆賊の明智光秀を討滅し終えた。

はい?
それはない。
ちょっと前に自分は京都にいたから事情は知っている。
秀吉は毛利攻めで中国にいる筈
信長に援軍を依頼し、先鋒隊として光秀を送り
その光秀がなぜか本能寺へ
その流れなんだから、あり得ない。

あまりに信じられないので
確認のため、酒井忠次を急ぎ遣わす。

戻って来た答は
本当にございます。

してやられた、間に合わなかったか

本来ならそう思うところでしょうが
良かった助かった。
自分が一番だったらどうしようかと思った。

それにしても、羽柴
実は逢ったことがなく
信長からもほとんど情報を聞いたことがなかった。
何だか分からないけど、まあどうせぐちゃぐちゃになるんだろうから
最初が誰だろうが大した問題ではなかろう。
さあ、帰ろ

二国
天下取りなんてことより、気になって仕方ない事があった。

織田徳川連合軍で、甲斐の武田を討ち
自分は駿河をもらい、甲州と信州は信長の直轄地。

信長が死んだということは
持ち主のいない大きな国がすぐ近くに二つも転がっている

捨ててあるんだから拾っても良いんだろうが
慎重な家康のこと
誰からも文句の出ない方法はないものか

出た答は
そうか、各地の地侍達が、自ら申し出るように仕向ければ良いんだ。

この役目を担ったのが、岡部正綱
「いずれ、徳川殿が甲州一円に馬を入れられる」と言って回る

面白くて仕方ない
矢弾を使わず国が取れる。

ただひたすらに人に会い、酒を汲み交わし
相手を誉めながら、家康の良いところを並べ立てれば良い

あまりに酒を飲みすぎて体を壊し
後に血管が切れて死んじゃうんですが。

一人厄介な人物がいた。
河尻与四郎と言う男
織田勢の中では財務に強い事務方なんだけど
信長は何を思ったか、この男を自分の代理として直轄地を管理させた。
信長の威を借り、やりたい放題の、圧政を強いた。
すこぶる評判が悪い。

信長が死んだあとも、一度吸った旨い汁
何とか守らんとやっきになっている。

本多百助という家臣を遣わした。

何をしに参られた。

はあっ
相談役として参りました。

危険を感じた河尻は、何と百助を殺してしまう。

このニュースが甲州一円を駆け巡った。

元々、地侍達全てに嫌われていた河尻

我こそは河尻を射たんと先を争う。
徳川家への新参の功とせん。

百助には可哀想な結果になったが
大きなきっかけとなり
雪崩を打つように、徳川領にまとまっていく。

秀吉
家康が大忙しで、三河、遠江、駿河の三国を五国に増やしていっている最中
一年数ヵ月なんだけど
世の中は、夢のような様変わりをしていた。

秀吉は上方を中心とした、二十四カ国の主になった。

あれ、おかしい
思っていた事と違う。

そして、決定的な事が起きる。
次はこの人だろうと思っていた大番頭、柴田勝家が
賤ヶ岳(しずがたけ)で秀吉に破れたのだ。

決まり

全く予想していなかったが
こうなってしまうと、態度を決めないといけない。

徳川の家臣たちの間では意見が割れた。
と言っても、一人とそれ以外なんだけど。

一人とは、石川数正
明確には言わないが、秀吉の傘下に入らざるを得ないと思っている。

それ以外は、
あんな猿どもは蹴散らしてしまおう。

家康としては、「その日」のために五国を固めた。
秀吉に対抗するには、ひとつだけ方法を持っている。
ただ、あまりに秀吉の動きが早すぎた。
まだ機は熟していない。
どうしたものか。

家臣達が呼ばれた。

まず、酒井忠次が意見を求められた。

秀吉を蹴散らすための作戦をとうとうと語る。

石川、お前はどう思う
さすがに、この場で秀吉の家来になりましょう、とは言い難い。

しばらくのご猶予を
考える時間を乞うた

その時間も、酒井忠次は喋り続けている。

数正が口を開いた。

よき思案もございませぬが
賤ヶ岳の大勝について、
祝賀の使いだけでも送っておかれればいかがでござろう
あとはあとのことでござる。

そうかっ
家康ですら、この最も家康的な引き延ばし作戦という方法を考えていなかった。
白か、はたまた、黒か
その間に、自分の一番性にあう答えがあろうとは、思っても見なかった。

一気に家康の顔が明るくなった

石川、上方に上ってくれるか

続きは、シリーズの次回ね

索引はこちら
[徳川十五代将軍]シリーズはこちら(少し下げてね)


梅 くれはしだれ

花カレンダー始めました