花カレンダー完成ーっ!

去年の4月に始めた、花カレンダー
花カレンダー
とうとう完成でございますっ

花カレンダー
改めまして、この企画
自分で撮影した、花や木の写真で一年繋げていこうというもの

大変だったぁ

冬には花ないです。

嬉しいなぁ

勝手に自分で始めた企画で、誰に約束したわけでもないので
いつやめても良かったんだけど
始めちゃうと何とか最後までやりきりたいです。

分かったこと
一年通してみて分かったのはこれ

「なんとかなる」

これは大きいです。

最初からちょっと無理かなと思っていて
エイヤーって。

10月ぐらいから
これは無理でしょって

でも、もうあかん、と思う度に
なんとかなるのよね

梅で繋いじゃったのも大きかったけど。

人生って、なんとかなるんだなあってしみじみ。

会社潰しても、首吊りもせず
毎日幸せー、とか言いながら生きてこれている。

これから
これからは二巡目に入るので、違った展開が出来ます。
今までは、まだ上げていない花の写真を撮るだけで精一杯。
本来の目的の、花の名前を覚えるっていうところまで行っていない。

これからは、
ちょろちょろ追加しつつ
自分で作った花カレンダーを何度も見返して
頑張って花の名前を覚えよう。
花の名前が分かるってこんなに楽しいものかとびっくり。

女の人って花の名前を実によく知っています。
もちろん全員がそうじゃないから、大体の傾向ですが。
男は花の名前が苦手。
町歩いていても、あら綺麗、〇〇もう咲いたのね、なんてなこと言っている
何だか楽しそう。

言われたら気づきます。確かに綺麗
でも言われるまで全く気づかない。
花カレンダーやってみてその事がやっと分かった。
「自分が気づいていなかったんだ」ということを気づいた。

桜、タンポポ、チューリップ、ツツジくらいしか咲いてなかった。
ほんとに咲いてなかったのよ、今までの私の中では。
パンジーすら咲いてなかったからね。

ニチニチソウの偉大さなんて全く気づく由もなく
ニチニチソウとインパチェンスの見分け方なんぞは、ひょっとして誰かに聞いたとしても
へえそうなんだ、でおそらくそれっきり。

そもそも
そもそも、それが何なのと
花カレンダーやりました。頑張りました。
花の名前を覚えるぞと。
花が咲いていることにも気づきましたと。

で?

ですね

でも、これぞまさしく令和時代の、零を足す(和=足し算の答え)生き方じゃないでしょうか

零を足しても何も変わらない。
零を足さない生き方もある
花の名前を覚えて何になるわけでもない。

一方で何かを足す生き方もある
拡大再生産
昨日よりは今日。今日より明日
少しでも成長したい。
勿論良いことだし、立派です。
人間としてあるべき姿でしょう。
豊かになりたい、は本能でもある

私はずっと、何かを足そうと思って生きてきた。
一生懸命仕事をして、認められたいと思ったし
勿論金も欲しかった。
趣味にうつつを抜かしている場合じゃなかった。
時間が勿体なかった。

でも、ブログをやり、ウォーキング同好会をやり
こんな金にもならない事をやって
花カレンダーなんて、写真撮るために必死で歩き回って
はたからみるとアホみたい。

でも0を足すって、こんなに楽しいんかいと。
拡大再生産なんてどうでも良いと思った。
「楽しい」事以上に貴重な事なんて、この世の中にあるんだろうか
楽しむために頑張る
積極的に零を足す。

ああーっ、あっちにも咲いてるっ

日にちや花の名前をタップすると、写真のところに飛びます。
ぜひ見てやってください
一年分並んでいるのは何とも壮観です
花カレンダー

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ハナニラ

花カレンダーやってます

「令和」の主、大伴旅人は愛妻家

決まりましたねぇ

私が一押ししていた「幸」の字は残念ながら落選

でも、この「令和」一目見てとても良い!と思い
さらにその出典を聞いて惚れました。

響き
音の響きがまず良くないですか
「れい」は素敵だわぁ

「礼」に通じるし
何と言っても「零」に通じるところが良い
零は0で和も輪だから
どちらも丸で良い時代になりそう。

良いなあと思ったのは、「和」って足し算の答えだから
0を足すってことですよね
0を足したら何にも変わらない。
良いなあ
何も変わらないという生き方
そのまま、ありのまま、ってことです。

昭和も平成も色んなものが足されて、発展してきて
もちろんそれは良いことだったけど
一度立ち止まり、そのままで良いじゃない、って世の中。
経済発展みたいな事より、今あるもので、楽しむってどうでしょうって。

万葉集
中国の古典からじゃなく、国文学からも含めて考える、みたいな事を言われていたけど
正直ピンと来ていなかった。

本当にそうしたんですね。
素晴らしいです。

ピンと来ていなかったのは、国文学って平かなのイメージがあったからで
漢字二文字なんだろうしなあ、って

なるほどそこかあ、って思いました。
万葉集なら、漢字です。
そもそも、かながまだ無かった頃です。
万葉がなは、日本の言葉を書き残すため
宛て字として漢字を使った。

初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ
良いですね
風和らぎなんて何て美しいんでしょう。
これも、全部漢字で書いてあった筈です。

大伴旅人(おおとものたびと)
大伴旅人ですって。
大興奮です。

大伴家持のお父さんですよ
かささぎです。
かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きをみれば 夜ぞふけにける
七夕ソングでしたね。嬉しいです。

大伴旅人なんてどれだけお洒落な名前なんでしょう。

大伴旅人は九州福岡の太宰府に赴任。
隼人の反乱を平定するための赴任なので、仕事ぶりを認められての事
でも、太宰府ってどうも都から外された人ってイメージが有りますね。

そんな人たちも実はとても素晴らしい人が多く
大伴旅人が彼らの本来持っている文化的素養を大きく引き出し
歌の世界では、太宰府グループが大きな地位を占めるようになる

その人たちを32人集めて、梅花の宴を催し、32首の歌を詠んだ
その時の序文が、
初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ
なんですね。

大伴旅人はとっても愛妻家。
太宰府に行くときは、60歳を過ぎていたんだけど
奥さんと一緒に赴任。
ところが、まもなく奥さんは亡くなってしまう。

旅人は、奥さん大好きだったから、それから詠む歌はほとんど奥さんがらみ

一仕事終えて、都に戻れるようになって
戻る最中に詠んだ歌

還(かへ)るべく時は成りけり 京師(みやこ)にて 誰(た)がたもとをか わが枕(まくら)かむ

(いよいよ都に還ることになった。だが、都に帰って、私はいったい誰の腕を枕にして寝ようというのか)

京師(みやこ)なる 荒れたる家に ひとり宿(ね)ば 旅に益(まさ)りて 苦しかるべし

(荒れたわびしい都の家に独り寝たならば、旅寝にもましてどんなにかつらいことだろう)

吾妹子が 見し鞆(とも)の浦の むろの木は 常世(とこよ)にあれど 見し人ぞなき

(妻が往路に見た鞆の浦のむろの木は、今も変わらずにあるが、これを見た妻はもはやこの世にいないのだ)

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