杉並区でウォーキング。いろりを囲んで。

今日は、杉並区に行ってみましょう。

大宮八幡神社
いやあ、びっくり
私もまだまだですね
こんな大物の神社の存在を今まで知らなかった。

武蔵野三大宮の一つ(あとは秩父とさいたま)
境内の敷地面積が、明治神宮、靖国神社に次いで都内三番目

うおおっ




拝殿

雄雌のペアの銀杏
写真は男銀杏ね

拝殿横の木々は全て巨木で森化している

徳川家光ゆかりの山照らしつつじ

和田堀公園

オブジェを製作してみました
題して
切り株とボールと落ち葉

郷土博物館
各23区の郷土資料館はずいぶん行きました。
杉並区はどうかな


門がいきなり文化財
旧井口家の長屋門
井口家は杉並区の名主さんです。

杉並区で昔、江戸氏や後北条氏が支配していたこと

江戸周辺地区で共通して出てくる鷹狩りの話

甲州街道の宿場町、下高井戸宿と上高井戸宿の宿場町のジオラマ


下高井戸宿と上高井戸宿って半月交替で役割分担していたんだって。

さあここでクイズです。
下高井戸宿と上高井戸宿では、トイレが街道沿いにいっぱい設置してありました。
それはどういう理由からでしょう。

答えはあとで書きますので考えてね。

時代はだいぶあとになり、戦後
杉並区では、全国に先駆け、水爆禁止運動が婦人たちの間から起こります。


婦人たちエライっ

企画展は、暮らしの今昔
いきなりびっくりしたのが、ひな祭りの時の女の子の姉妹の写真

うちの長女と次女の小さい頃の顔とあまりにも似ている
もちろん同一人物のはずないんだけど
右側が長女で左側が次女
何度も何度も見返して、そうとしか思えない。
いつの間に杉並区に行って、モデルのアルバイトしたんや!

色んな懐かしい道具が展示してあったんだけど
一番懐かしかったのが豆タンアンカ
丸々この製品でした。ずっと使ってました。

母さんが、豆タンをコンロで真っ赤にしてくれて
出来たでー。早う持っといで

ハーイ

パチンと締めて、専用のくるむやつでくるんで、布団の中へ
朝までほっかほか

あと洗濯機

使っていたのとメーカーは違っていたけど、このローラーがついていた。
シャツのはしっこを挟んで、ハンドルをグリグリグリって回すと
逆側からペチャンコのシャツが水が絞られて出てくる。
何度やっても、ペチャンコの衣類たちが面白くて
このお手伝いは率先してやっていたなあ。

【答】
クイズの答
肥えを畑の肥料にしたいから

高井戸宿は、甲州街道自体が利用客が少ないことと、
内藤新宿が出来てからは、素通りする客が多く
宿場としての商業収入ではやっていけません。
半農半宿状態。
人のうんこは、良質な肥料なので
何としても確保したい。

是非うちのトイレで用を足しとくれ
きれいよー、快適だよー

古民家
旧篠崎家住宅が、再現されています。

中におじさんがいて
どうぞ、よろしかったら、上がってください

いろりがたかれていました。

暖かいですねえ

ここは、寛政の時出来たのを再現したんです。

ほお、それは古い

この会話をかわきりに
話に花が咲いちゃって、40分ほど

いろりを前にするとついつい長居したくなっちゃいます。

私も色んな古民家行きましたので
どこの古民家はああでこうで

杉並区のこれから行こうとしている大円寺の墓の話
島津家の話

おじさんはNPO法人の人らしくて
途中から同じNPO法人のおばさんも加わって。

知らない人とおしゃべりするって何でこんなに楽しいのかなあ
改めて、人間ってそういう生き物なんだと思います。

江戸時代の人もこうやっていろりを囲んでおしゃべりしたんだろうなあ
何にも変わっちゃいない
変わりようがないんだ

このあとの続きは明日ね

[おでかけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

[宇宙] 火星まるごと変えちゃおう計画

宇宙シリーズの前回は、はやぶさ2でしたね
以降もワクワクするニュースが連日報道されています。
もう少し様子を見るとして、宇宙シリーズは「宇宙の歩き方」の方に戻りましょう。

火星

前々回、月での暮らし方を説明しました。
月は近いので、かなり開発され、身近な存在。
観光客もいっぱいです。

次は火星だっ

月の次に近い星は火星ですから。

大きさとしては地球の半分くらい
地球に似た部分もあります。
薄いながらも、二酸化炭素を中心とした空気が存在すること
地軸が25度傾いているので、四季があること
♪春を愛する人は~

アメリカ航空宇宙局は、2030年代には、火星に人を送り込もうという計画を立てています。

ただ、住むとなると話は別
最大の障害は寒さです。
マイナス50度
寒~

空気も地球の150分の1と薄すぎますし、二酸化炭素中心で、酸素はほとんどありません。
息苦し~

残念!諦めるか

火星には過去何度か探査が行われていて
昔は水が大量にあったことが分かっています。
今でこそ表面はこんな感じなんですが

北極南極地域ではドライアイスの氷があります。
そして、地下には水が含まれています。

うーん、惜しいぞ。

とても賢い人がいたもんで、
何とかなるんじゃない
変えちゃえば良いんだよ。

テラフォーミング計画
でっかい鏡を持った宇宙基地を、火星の北極と南極の近くに配備
光を集中させて、ドライアイスを溶かしちゃいましょう

ドライアイスが溶ければ二酸化炭素が大量に放出されます。
薄ーい空気が二酸化炭素で濃いくなります。
そうすると温室効果でさらに火星の温度が上昇します。
よくニュースで言っていますね。
Co2削減で温室効果がどうのこうの
あれです。

そうすると、地下で凍っていた水が溶け出します。

じょわーっ

ここまで来たらこっちのもん。
太陽光、二酸化炭素、水があれば植物は生きられます。
最初は持ち運びが便利な藻類から持っていくことにしましょう。

藻っちゃん頑張れ!

そろそろ酸素出してくれたかな

バクテリアみたいなちっちゃいのからはじめて
少しずつ大きな生物が住めるようにし
植物と動物がお互いに循環サイクル

ほらこの通り

いよいよ、人間が行きますぞ

その100年後
火星の自転速度は地球に近いので一日の長さも近い
体も慣れやすいですね

重力は地球の3分の1程度なので超高層ビルだってお茶の子さいさい

観光名所はオリンポス山
高さ26km。太陽系で一番高い山
お土産にオリンポス饅頭はいかが?

[科学]シリーズはこちら(少し下げてね)

富田木歩。墨堤に消ゆ

富田木歩。だらりとぶら下がった足
の続きです。

新井声風
普通なら絶対交わる事のなかったであろう正反対の境遇
でも初対面とは思えないほど意気投合し
いつまでもいっぱい話をした。

その後も、声風は頻繁に訪れる事になります。
俳句に限らず、いっぱい雑誌を持ってきます。

木歩も大きく作風が変わっていきます
吟波という俳号から、木歩に変えたのもこの頃
本人も変わっていく自覚が有ったのかも知れません。

そして、使えないのに大事に取ってあった、あの松葉杖も捨てます。
焚きものにでもしておくれ

人に秘めて 木の足焚きね 暮るゝ秋

米造
夏の暑い日、米造は、木歩の啞の弟、利助を誘って隅田川で泳いでいた。
川の魔の淵と呼ばれる小松島で溺れて死んでしまう。
利助は、大急ぎで走って走って
木歩やまきに伝えようとするんだけど
いかんせん言葉が喋れない。
身振り手振りで懸命に伝える

米造の思われ人だったまきは生涯のショックを受ける。

いなくなる
妹の静が姉の養女として「新松葉」に行った
木歩の初恋の相手も「新松葉」に売られていった
そして、末の妹のまきさえも「新松葉」に半玉となった
向島のこの町全体がスラム化していた。

静かになる
ただただ

そんな中で、近くの女工で熱心な俳句の入門者が出た
伽羅女という俳号

行く年や われにもひとり 女弟子

木歩は密かに想いを寄せる

新井声風は、自分の雑誌「茜」で木歩を大きく特集し
おかげで、石川啄木にも当たる生活派の俳人と評価を受けるようになる

木歩21歳、弟の利助19歳の時
利助は肺の病でこの世を去った。

まき
翌年、妹まきが利助と同じ肺の病で家に戻ってきた。
狭い家で一緒に暮らしていたので、病菌を分かち合っていたのだろう。

母は平癒を祈ってひたすらにお経を唱える

寝たきりになった妹の看病で疲れ果てる木歩

お兄さん、顔洗ったの?食事はとったの?

かすれたような声で問いかける
不具の兄をずっと気づかって来たから

涙わく 眼を追い移す 朝顔に

ある朝「母ちゃん暑いよ」の一言を残し帰らぬ娘となった

喀血
その秋、木歩は「石楠」の同人に推薦された
でも生活は依然として苦しい

そしてとうとう、木歩も喀血する
同じ肺の病

わが肩に 蜘蛛の糸張る 秋の暮れ

23歳、喀血を繰り返すが、小康状態になった

声風は木歩がまだ生まれて写真を撮ったことがないと知り
押上の写真館に連れていくことにした

一歩も歩けず、電車にも乗れないので唯一の外出手段は人力車だった。
木歩は「小さな旅」と表現した。
いつも同じ車夫、田中良助さん
できるだけ多く景色を見せてあげたいと、幌はかけない気遣い

声風は歩いて付き添った
2階の撮影室まで良助さんがおぶってくれた
木歩は、本を2~3冊持ってきて、本を開くポーズをとった

生涯で写真を撮ったのはあと一回だけ
母と一緒に撮った写真。やっぱり本を開いている。

姉の富子が囲われている妾宅に母と共に移る事が出来た。
向島須崎町の弘福寺境内の家

隣の茶屋に娘がいた。
またまた好きになった。
結構惚れっぽい
でも、いつも片想いで一度も告白したことがない

あの女弟子、伽羅女も木歩の想いを知らぬ間に、2年後に亡くなっている。

姉の家も、玉の井に引っ越し、茶屋の娘とも会えなくなった。

玉の井では貸本屋「平和堂」を開いた。
声風がありったけの本を持ち込んで並べた。

玉の井にいるとき、お母さんが脳溢血で逝った

大正12年
そして、大正12年がやって来る

夏七月、妹静がやって来て、いとこの啞の松雄と声風とで川下りを楽しんだ
最初で最後の豪遊だった。

夏の終わり、また肺の病で、床に臥せる

9月1日午前11時58分
関東大震災が襲う

声風は出先から大急ぎで家に戻り、家族の無事を確かめると
木歩の事が心配になる

大混乱でまだ余震の残るなか、ひたすらに走り続ける

無事で居てくれ!

やっとの思いで貸本屋に着くが、見るも無惨な有り様

木歩ーっ 木歩ーっ

後ろから火の手が迫ってきた。

どこかに逃げたか。逃げたとするとどこだ

隅田川の堤を探す。
散々探して、ようやく牛島神社のそばの堤でしょんぼり座っている木歩を見つけた。

良かったぁ

妹の静と新松葉の妓たちが周りにいた
助けに来てくれたのだ。

ただ、女性たちではここまで来るのが限界

そうしているうちに、火の手がまた迫ってきた

僕が浅草の姉さんのところまでおぶっていく
みんなはてんでに逃げてくれ。
一緒にいても助からない。

木歩を背におぶり、ずり落ちないよう帯で十字に縛り付けてもらった

この溢れる才能の俳人を助けるんだ
生涯の、自分の生き甲斐である友達を助けるんだ

押し寄せる人波を掻き分け掻き分け
やっと枕橋の場所まで

無情にも橋は既に焼けて落ちていた。

浅草へ行く最後の綱は途絶えた。
火の勢いがさらに増し息をするのも辛くなってきた
目の前に鉄柵
おぶったままでは越えられない

頼みこんで紐を解いてもらった
抱きかかえながら鉄柵を越えた

後ろは全て火
前は隅田川

飛び込むしかない
木歩が泳げるはずもない
おぶって泳ぐのも無理

もう・・
どうにもなりません

手を差し出す。
木歩は一言も発しない。
ただ、友の手を握り返した。

火の渦が二人を襲う。
ひとりは川の中へ
もうひとりは火の渦の中へ

声風は奇跡的に向こう岸に泳ぎきり、八日後、市川の兄のところにたどり着いた。

木歩26歳。最勝寺に眠る。
女性の肌に触れることもなくこの世を去った。

三十五日法要の時、木犀が咲いていた
その日の声風の句

木犀匂ふ 闇に立ち つくすかな

声風は俳句を作るのをやめた
生涯、木歩の句を世に紹介することに費やす。

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

富田木歩。だらりとぶら下がった足

土曜日のウォーキングで平井の最勝寺に行き、
そこに富田木歩(もっぽ)という俳人が眠っていることを知りました。
木歩の生涯を改めて書きます、と言いましたね

吉屋信子さんの書かれた「底の抜けた柄杓」という本
10人の俳人の生涯を紹介してくれています。
その中の一人が富田木歩です。

富田木歩
本所向島小梅町の鰻屋さんの家に次男として生まれます。
次男なのに名前は一(はじめ)
お母さんのお兄さんが子供が無かったため、最初から養子に出す約束だったからです。

2歳の時病気になり、それが元に足が萎えて、歩行が出来なくなりました。
養子の約束は無かったことに。

学校に行くことが出来ないので文字が分かりません。
姉の富子や久子に教えてもらいながら
いろはがるたや軍人めんこで文字を覚えました。

明治40年、全国的大水害
鰻屋は使えなくなってしまいます。
今日の食べ物にも困るようになり
姉の富子や久子は上州高崎の花柳会に売られていきました。

3年後、またしても大洪水
いよいよ、鰻屋は再興することのできぬまま
お父さんは大正元年に亡くなります。

長男が、鰻屋を細々と再開
のちの木歩は奉公に出されます。
友禅型紙彫りの仕事はとても辛いものでした。
不具の身に辛くあたられ
唯一、米造という兄弟子が親切にしてくれます。
でも米造が郷里に戻ってしまうと
もうどうにも耐えられなくなり、家に戻ることになりました。
米造、あとでまた出てきますよ。

家に戻り、内職をしながら
楽しみと言えば、雑誌を読むこと
雑誌を買ってきてくれるのは、いとこの松雄でした。
松雄は、足は立てますが聾啞者です
木歩の弟、利助もまた、聾啞者です。

鰻屋は本所の仲ノ郷に移り
母と兄弟は店の近くの叔母さんの家に同居させてもらうことになります。
雑誌の中で特に好きだったのが俳句
ちょこちょこ吟波の俳号で投稿します。
俳人木歩の始まりです。

松葉杖
ある日、木材を手に入れました
木歩はそれをノコギリで切り木工細工

何を作るんだい?

えへっ、松葉杖さ
あれは高くてとても買えないから
僕は今日から、歩ける人だっ

母に支えられ
松葉杖にしがみつき
一歩!

無情にもばたりと倒れた
松葉杖を使って立てる人は多少なりとも足に力がある人
木歩の足はだらりとぶら下がっているだけだった。

歩く事は諦めるのだけれど
この挑戦は、大きく心に刻まれた
吟波の俳号、同じ俳号の人がいたために途中で「木歩」に変わるのだけれど
この松葉杖を意味します。

18歳の時、初めて虚子の主催する「ホトトギス」に初当選。

朝顔や 女俳人の 垣根より

駄菓子屋
19歳の時、叔母さんの家を出て、母と兄弟(弟と二人の妹)で移り住みます。
ガタガタのひどい家でしたが、駄菓子屋を開きます。
店先には日除けの簾がかけてありました。

菓子買わぬ 子のはぢらひや 簾影
簀(す)の外の 路照り白む 心太(ところてん)

「やまと新聞」や「石楠」で入選が続くようになりました。
この駄菓子屋の店先に「小梅吟社」という看板が掲げられます。
木歩が先生の俳句の学校です。

ここに弟子として入ったのが、米造です。
あの親切だった米造は、田舎から舞い戻ってきたんですが
昔の兄弟子は、今度は俳句の弟子となりました。

米造以外にも、近所の何人かが弟子となり
小梅吟社は6畳の部屋に入りきれないほどの混雑。
木歩は性格が良い。

陰気さや暗さが一切なく、人を引き付ける魅力がある
明朗でもの柔らかで、謙譲。

不幸は重なったけど、話を読んでいても救われる気がします。

人が集まって来たのは、木歩の人間的魅力だけではありませんでした。
末の妹まきの美貌
米造は、密かにまきの事が好きだった。
そしてまきも米造の事が。

まきは生活を助けるため、近くの櫛工場に通います。
そこでのまきの女友達が、木歩の初恋の相手です。

新井声風
慶応の学生、新井義武、俳号が声風
自分自身で「茜」という俳句の雑誌を出しておりました。

声風の目に止まったのが、木歩が投稿した俳句
どんどん木歩の句に惹かれるようになり、
木歩に会ってみたくなります。

お坊っちゃん育ちの声風には何もかも衝撃だった
汚ならしい駄菓子屋
すえた匂い
そして
この青年があの秀句の作者なのか

生涯の友となる、新井声風との出会いです。

続きは明日ね

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