富田木歩。墨堤に消ゆ

富田木歩。だらりとぶら下がった足
の続きです。

新井声風
普通なら絶対交わる事のなかったであろう正反対の境遇
でも初対面とは思えないほど意気投合し
いつまでもいっぱい話をした。

その後も、声風は頻繁に訪れる事になります。
俳句に限らず、いっぱい雑誌を持ってきます。

木歩も大きく作風が変わっていきます
吟波という俳号から、木歩に変えたのもこの頃
本人も変わっていく自覚が有ったのかも知れません。

そして、使えないのに大事に取ってあった、あの松葉杖も捨てます。
焚きものにでもしておくれ

人に秘めて 木の足焚きね 暮るゝ秋

米造
夏の暑い日、米造は、木歩の啞の弟、利助を誘って隅田川で泳いでいた。
川の魔の淵と呼ばれる小松島で溺れて死んでしまう。
利助は、大急ぎで走って走って
木歩やまきに伝えようとするんだけど
いかんせん言葉が喋れない。
身振り手振りで懸命に伝える

米造の思われ人だったまきは生涯のショックを受ける。

いなくなる
妹の静が姉の養女として「新松葉」に行った
木歩の初恋の相手も「新松葉」に売られていった
そして、末の妹のまきさえも「新松葉」に半玉となった
向島のこの町全体がスラム化していた。

静かになる
ただただ

そんな中で、近くの女工で熱心な俳句の入門者が出た
伽羅女という俳号

行く年や われにもひとり 女弟子

木歩は密かに想いを寄せる

新井声風は、自分の雑誌「茜」で木歩を大きく特集し
おかげで、石川啄木にも当たる生活派の俳人と評価を受けるようになる

木歩21歳、弟の利助19歳の時
利助は肺の病でこの世を去った。

まき
翌年、妹まきが利助と同じ肺の病で家に戻ってきた。
狭い家で一緒に暮らしていたので、病菌を分かち合っていたのだろう。

母は平癒を祈ってひたすらにお経を唱える

寝たきりになった妹の看病で疲れ果てる木歩

お兄さん、顔洗ったの?食事はとったの?

かすれたような声で問いかける
不具の兄をずっと気づかって来たから

涙わく 眼を追い移す 朝顔に

ある朝「母ちゃん暑いよ」の一言を残し帰らぬ娘となった

喀血
その秋、木歩は「石楠」の同人に推薦された
でも生活は依然として苦しい

そしてとうとう、木歩も喀血する
同じ肺の病

わが肩に 蜘蛛の糸張る 秋の暮れ

23歳、喀血を繰り返すが、小康状態になった

声風は木歩がまだ生まれて写真を撮ったことがないと知り
押上の写真館に連れていくことにした

一歩も歩けず、電車にも乗れないので唯一の外出手段は人力車だった。
木歩は「小さな旅」と表現した。
いつも同じ車夫、田中良助さん
できるだけ多く景色を見せてあげたいと、幌はかけない気遣い

声風は歩いて付き添った
2階の撮影室まで良助さんがおぶってくれた
木歩は、本を2~3冊持ってきて、本を開くポーズをとった

生涯で写真を撮ったのはあと一回だけ
母と一緒に撮った写真。やっぱり本を開いている。

姉の富子が囲われている妾宅に母と共に移る事が出来た。
向島須崎町の弘福寺境内の家

隣の茶屋に娘がいた。
またまた好きになった。
結構惚れっぽい
でも、いつも片想いで一度も告白したことがない

あの女弟子、伽羅女も木歩の想いを知らぬ間に、2年後に亡くなっている。

姉の家も、玉の井に引っ越し、茶屋の娘とも会えなくなった。

玉の井では貸本屋「平和堂」を開いた。
声風がありったけの本を持ち込んで並べた。

玉の井にいるとき、お母さんが脳溢血で逝った

大正12年
そして、大正12年がやって来る

夏七月、妹静がやって来て、いとこの啞の松雄と声風とで川下りを楽しんだ
最初で最後の豪遊だった。

夏の終わり、また肺の病で、床に臥せる

9月1日午前11時58分
関東大震災が襲う

声風は出先から大急ぎで家に戻り、家族の無事を確かめると
木歩の事が心配になる

大混乱でまだ余震の残るなか、ひたすらに走り続ける

無事で居てくれ!

やっとの思いで貸本屋に着くが、見るも無惨な有り様

木歩ーっ 木歩ーっ

後ろから火の手が迫ってきた。

どこかに逃げたか。逃げたとするとどこだ

隅田川の堤を探す。
散々探して、ようやく牛島神社のそばの堤でしょんぼり座っている木歩を見つけた。

良かったぁ

妹の静と新松葉の妓たちが周りにいた
助けに来てくれたのだ。

ただ、女性たちではここまで来るのが限界

そうしているうちに、火の手がまた迫ってきた

僕が浅草の姉さんのところまでおぶっていく
みんなはてんでに逃げてくれ。
一緒にいても助からない。

木歩を背におぶり、ずり落ちないよう帯で十字に縛り付けてもらった

この溢れる才能の俳人を助けるんだ
生涯の、自分の生き甲斐である友達を助けるんだ

押し寄せる人波を掻き分け掻き分け
やっと枕橋の場所まで

無情にも橋は既に焼けて落ちていた。

浅草へ行く最後の綱は途絶えた。
火の勢いがさらに増し息をするのも辛くなってきた
目の前に鉄柵
おぶったままでは越えられない

頼みこんで紐を解いてもらった
抱きかかえながら鉄柵を越えた

後ろは全て火
前は隅田川

飛び込むしかない
木歩が泳げるはずもない
おぶって泳ぐのも無理

もう・・
どうにもなりません

手を差し出す。
木歩は一言も発しない。
ただ、友の手を握り返した。

火の渦が二人を襲う。
ひとりは川の中へ
もうひとりは火の渦の中へ

声風は奇跡的に向こう岸に泳ぎきり、八日後、市川の兄のところにたどり着いた。

木歩26歳。最勝寺に眠る。
女性の肌に触れることもなくこの世を去った。

三十五日法要の時、木犀が咲いていた
その日の声風の句

木犀匂ふ 闇に立ち つくすかな

声風は俳句を作るのをやめた
生涯、木歩の句を世に紹介することに費やす。

[人物]シリーズはこちら(少し下げてね)

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