小平市史跡巡り2

(1/8の事です)

3連休の3日目
前日、小平市史跡巡りの本を図書館で借りて自転車で巡った
小平市史跡巡り
まだそのうちの一つのコースを巡っただけなので、このまま返すのももったいない
さらに、小平ふるさと村で小平ガイドブックをもらった
気になるところが2つほど

行ってみよう
泉蔵院
何とも美しい多宝塔


すごい。小平大不動明王尊



照恩寺
小平ガイドブックで行ってみたいと思ったひとつめは、照恩寺
何だか不思議

行って見なきゃ良く分からない

見た目は、およそ寺院ではなく、普通の家に近い
残念ながら時間が早すぎたようだ。開いていなかった


十数ページの「てらすジャーナル」なる冊子がおいてあった

中にアートが入れ替わり置かれているらしい

ぶらっと訪れて良いようだ
そういう言い方をするお寺はあるのだけど
かなりの数の寺を回ったけど、ほとんどは誰もいないし
いたとしても、とても話しかけやすいとは言いがたい

ここは、かなりの数の法話会を開いているらしい
いろんなお寺の住職さんを呼んで話をしてもらう
新宿の長光寺の座禅会ら参加したとき、そのあとの法話がとても良かった
「人人具足」という考え方は何度も思い返している
今度は法話を聞きに行くことにしよう

宝寿院




鈴木稲荷
宝寿院の向かいになります

あっ、田無用水
暗渠でなく水が流れている場所はとても珍しい

玉川上水
やってまいりました、玉川上水。小平と言えば玉川上水

江戸の人々の飲み水をまかなうために羽村の玉川から42kmを掘りあげた
全区間ウォーキングで歩きました

平櫛田中美術館

ガイドブック小平で行きたくなったもうひとつがこの平櫛田中美術館
玉川上水沿いにあります
平櫛田中(ひらくしでんちゅう)と読む彫刻家です
有名らしいですけど、行くまでそもそも読み方が分かりませんでした

びっくりしました
自分ではこんなに感動するとは思わなかった
私は美術作品はミロのような抽象的なものしかあまり感動しなかった
ここまでリアルな具象的作品で感動するなんて

じっくり書きたいので一旦区切りますね
このあとは次回

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小平市史跡巡り

(1/7[日]の事です)

3連休の真ん中。カミさんは大阪。
もうちょっと神社仏閣巡りをしなければ
昨日は新宿区で、交通費使っちゃったので、自転車で行けるところにしよう

図書館で小平市史跡巡りという本を借りて、そのまま自転車で小平市に向かいます
小平市は、わが東久留米市の南隣

子守地蔵尊
おかしいなあ、なかなかないなあ
かなり古い本なので、住所表記が今と違う
最初に曲がるところが違っていたみたい
ようやく見つけた

今はこういうのが一番ありがたい
地蔵菩薩は、子供の苦悩を肩代わりしてくれる仏様です

武蔵野神社

猿田彦大神でかいっ

あれ?何だか人がぞろぞろ
すみません、何かのイベントなんですか?

はい、小平市が主催する歩け歩けイベントなんです

えっそりゃ良いですね
今からでも参加できたりします?

すみません、今からはごめんなさい

あとで調べると「新春歩け歩けの集い」というもの
西コース東コースがあって
出会った東コースは、こういうコース
小平市役所→青梅街道→狭山・境緑道→こ線橋→青梅街道→ふるさと村→狭山・境緑道→あかしあ通り→青梅街道→小平市役所【約8キロメートル】

高橋定左衛門の墓
これが本に出ているあるべきところに無い無い
歩け歩けのスタッフさんに
すみません、こういう墓、ご存知無いですか

ごめんなさい、分かりません

コース内では一番行きたいところ
西東京市の郷土資料室で知った「御門訴事件」のリーダーのうちのひとり
捕らえられて、獄中で亡くなった
これは諦められません

GoogleMapで見ると、むしろさっきの武蔵野神社に近い
ずいぶん違うなあ、引き返えそう

小平ふるさと村
史跡巡りの本にはありませんでしたが、小平ふるさと村の近くまで来たので寄ってみましょう
小平と言えばふるさと村
2~3回来ているけど、あまり時間がなくて、じっくり見れていない
古い郵便局
史跡巡りの本では別の場所で書いてあるんだけど、ふるさと村に移築した




民家がいくつかあります





水車はちゃんと動いていて、中では穀物を突いています



ふるさと村は活発にいろんなイベントをやっています
民家の神山家の中でやっていたのは、お正月の風習
繭玉飾り
かいこを飼っている家では、繭に見立てて、おだんごを枝に飾るそうです
やらせていただきました


隣の公園で詰めてきたお弁当を食べました

延命寺

そうなのよね。古文書では寺という字はくりくりって書くのよね
大きくて美しいお寺でした





嘉永3年の庚申塔もありました。嘉永6年がペリー来航なのでそのちょっと前

小平は何が良いってマンホールの充実していること


多摩野神社
十月桜かな

熊野宮
でっかい鳥居

参道に、近くの小学生が作ったであろう行燈がいっぱい並んでいました

地元では人気のお宮さんらしく、賑わっていました

小平市をホームタウンとするFC東京の選手全員の絵馬もありました

境内にはすごい巨木

さらにその奥に、武蔵野乃一本榎跡というのがありました
この辺りで断トツででっかい榎の木でどこからでも見えると目印になっていた
その木は枯れてしまって今は三代目らしいけどそれでも堂々の巨木だった

平安院



先ほどの庚申塔より古い享保2年の庚申塔がありました
享保は8代将軍吉宗の頃です
享保でここまでくっきりと青面金剛と見ざる言わざる聞かざるが残っているのは奇跡的

ぐぐぐっと戻りましょう
円成院





その向かいにはお地蔵様がありました

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新宿区の名所巡り3

昨日は色々コメントいただいてありがとうございます
今後、いつも通りのブログを書いていこうと思います
孫も精一杯頑張ったから

新宿区の名所巡り
新宿区の名所巡り2
の続きです

若葉公園

両側が崖でぐんと窪地になっている
昔ここは大きな沼だった

奥州追討の軍勢を引き連れて通り掛かった八幡太郎義家
おお、なんて美しい沼なんじゃ
ここで休憩としよう

馬から降りた義家はうっかり鐙(あぶみ)を沼の中に落としてしまった
鐙というのは馬の鞍の下で足を乗せるもの

残念じゃがどうにもならん。発つとするか
それ以降、ここは鐙が淵(あぶみがふち)と呼ばれるようになった

地形的に昔沼だったのはうなづける

大雨の時は今でもここが池になるっぽい

あったあった、沼のあと

ごめんなさい、義家さん
こっちの溝の方も探したんだけど、鐙見つかりませんでした

鮫ヶ橋せきとめ稲荷
迎賓館のすぐ隣の小さなお稲荷さん
鮫川の流れる下流に紀州藩邸を造るにあたって、川をここで堰き止め、その堰(せき)を守る目的でつくられた。
堰止めは咳止めに通じるので、氏名年齢を書いた紙をせきとめ神の近くの木に結びつけると咳が止んだ

鮫ヶ橋
せきとめ稲荷の横がみなもと町公園で、公園沿いに鮫ヶ橋の案内板
江戸名所図会の絵がのっています

鳥の跡 寂しさや 友なし千鳥 声せずは 何に心を なぐさめがはし
平仮名部分と「声」までは何とか読めたんだけど
千鳥と心がどうしても分からなかった

二葉亭四迷旧宅跡

四谷見附橋
四谷駅のところです

四谷見附は甲州街道の交通の要
道はクイクイクイっと3回曲がってコの字型になっていた
防御上の理由からだが、明治になってからは、交通の妨害になるので、真っ直ぐにするため
四谷見附橋をつけた
明治44年に着工で、大正2年に完成
近くの迎賓館との調和を考え、フランス風クラシック調にしてある

江戸城外堀史跡展示広場
JR四谷駅の麹町口改札の横の一角

広いスペースではないものの何と展示内容の充実していることよ
外堀に関する名所案内



外堀を作ったときに寺社が移転


四谷門の横には玉川上水の水道橋(中を水が流れている)があった
この写真は始めてみた


ちなみに駅名になっている「水道橋」は神田上水が流れている橋です

甲武鉄道
中央線の前身で、最初は民間が運営していた
甲州と武蔵国を結んでいたから、甲武鉄道
甲武鉄道ができる前はこうだったのが

こういう風に変わっていった


都心の鉄道は充実していく


四谷駅周辺は環境に配慮して、トンネルが掘られる
四谷隧道(ずいどう=トンネル)の上にシンボルとしてつけられたのが、兜



4つのトンネルのうち、今も残っているのは御所隧道です

外堀が埋められていった歴史

四谷駅の近くで埋め立てられた真田濠は、ほぼそのままの形で上智大学のグラウンドになっています

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新宿区の名所巡り2

新宿区の名所巡り
の続きです

市谷の杜 本と活字館
2階に来ました
スタッフのお兄さんに色々質問

下にあった活字、うまく拾えなかったんですが
どういう順番で並んでいるんですか

大きく頻度順でいくつかに分かれ
その中は部首の画数順です
熟練の職人さんは全ての場所が頭に入っているのでサッサと拾っていけます

もう、全部デジタルのフォントに変わっちゃったんでしょうか

書籍で活字を使っているのはなくなりましたが、ほんの一部、名刺とかで活字の需要があり
そこでは活字を拾っています
押し付けるので若干へこむし、刷った時微妙に違うようになるので
そのあたりの味わいです

下に昔の変体かなの活字があって感動したんですが

はい。さすがに続け文字は無理ですが
横に長い文字や縦に長い文字もあったりします

(そのあとこんな展示も見つけました
なんか続いている感じする)

母型の説明もしてくれました
母型は見たままの文字の形で、そこに鉛を流し込むと左右が逆転した逆さ文字になる
それにインクをつけて押し付けるからまた左右逆になって読める字になる
母型から作るのは、活字がすり減ったりしたらまた作り治すため。
頻度の低い特別な文字は、母型を使わず、鉛の鏡文字を職人さんが彫刻刀で彫る
熟練してくると、普通の文字より逆さ文字の方がきれいに彫れるらしい


なるほど、言われるまで気づきませんでした。
そりゃそうですよね。逆じゃないとダメだ
とすると、江戸時代の黄表紙とかの本は続け文字の木版だけど
ひょっとすると職人さんがさっさか逆さ文字を直接彫っていったのかも
塙保己一の膨大な木版、群書類従なんかもそういうことですよね

日本で初めての活字は築地での築地活版製造所
やはり、ウォーキングで見た碑の場所でした
書体は築地体といって独占状態だったのですが
大日本印刷の前身の秀英舎でも書体を持ちたいと開発したのが秀英体
各印刷会社もそれぞれ書体を開発し、ある書体で本を作りたければその印刷会社に頼まざるを得ないということになります
その後、書体は印刷会社による抱え込みではなく売る形になるので
今は書体を買いさえすればどの書体でも使えるそうです

このあと、活字を拾ってから印刷までの一連の流れを全部体験できるワークショップが始まります
これを作るようです
有料だったので断念

浄林寺
江戸時代の数学者、関孝和(せきたかかず)の墓があります
和算という日本独自の数学の理論体系を作り上げ、鎖国状態であったにも関わらず世界のレベルに引けを取らなかったすごい人

円周率が分かってから314年を記念して、こんな碑も立っておりました

落馬地蔵
徳川3代将軍家光がこの辺りを馬で通り掛かったとき、
突然馬が前足をあげてヒヒーン
家光は落馬してしまった
今までこんなことはなかったのにどうしたことか。何かあるに違いない
周辺を見ると橋の下にお地蔵さまが捨てられていた
家光に報告すると
それはいかん。そのお地蔵様を、落馬地蔵と名付けよう
丁寧に祀れば、必ず往来の安全を守ってくれよう

GoogleMapで新宿区内の行ってみたいマークをつけてある場所を回っているんだけど
その中では北側に来すぎた
あとは南側でちょっとまとまっているんだけど大分離れちゃった
そうだ、こういうときこそあの手があるぞ
Luupの電動アシスト貸し自転車
あったあった。ここから借りて、四谷近くで返せばかなり距離が稼げる
11月から結構値下げしたしな

夏目漱石誕生の地

親譲りの無鉄砲で子
おっと、9文字しか拾えなかった

太平洋戦争爆撃第一号の地
太平洋戦争が始まった翌年の昭和17年4月18日
初めて、アメリカ軍機1機が早稲田鶴巻町に焼夷弾を投下した
町内の岡崎病院は全焼し
早稲田中学校では生徒が1名死亡した

すいすいすーい
元の道を快適に引き返す

合羽坂

昔この近くに蓮池という大きな池があった
河童が現れては坂を歩く人を脅かしたので合羽坂と呼ばれるようになった
近くで大きなカワウソが取れたというから
カワウソとまちがえたのかも知れない
あっ、違うよ
いたいた河童だ。ちゃんといた

小泉八雲旧居跡と自証院
すぐ近くの自証院が大好きだったんだけど
杉の木を切り倒す音を聞いていたたまれなくなって西大久保に引っ越した

自証院は尾張藩の藩主徳川光友の夫人千代姫のお母さん自証院を弔うための寺

全勝寺

山県大弐の墓所。以下は記念碑
江戸中期の人で柳子新論を表し、幕政を批判。処刑された
幕末の尊皇攘夷論に多大なる影響を与えたと言われている

このあと、電動アシスト自転車を返却。400円で済んだ
全コースでなく離れた場所へ行く、こういう使い方が良いかも

ウォーキングはもう少し残っています
続きはこの次

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