新宿区の名所巡り
の続きです
市谷の杜 本と活字館
2階に来ました
スタッフのお兄さんに色々質問
下にあった活字、うまく拾えなかったんですが
どういう順番で並んでいるんですか
大きく頻度順でいくつかに分かれ
その中は部首の画数順です
熟練の職人さんは全ての場所が頭に入っているのでサッサと拾っていけます
もう、全部デジタルのフォントに変わっちゃったんでしょうか
書籍で活字を使っているのはなくなりましたが、ほんの一部、名刺とかで活字の需要があり
そこでは活字を拾っています
押し付けるので若干へこむし、刷った時微妙に違うようになるので
そのあたりの味わいです
下に昔の変体かなの活字があって感動したんですが
はい。さすがに続け文字は無理ですが
横に長い文字や縦に長い文字もあったりします
(そのあとこんな展示も見つけました
なんか続いている感じする)

母型の説明もしてくれました
母型は見たままの文字の形で、そこに鉛を流し込むと左右が逆転した逆さ文字になる
それにインクをつけて押し付けるからまた左右逆になって読める字になる
母型から作るのは、活字がすり減ったりしたらまた作り治すため。
頻度の低い特別な文字は、母型を使わず、鉛の鏡文字を職人さんが彫刻刀で彫る
熟練してくると、普通の文字より逆さ文字の方がきれいに彫れるらしい



なるほど、言われるまで気づきませんでした。
そりゃそうですよね。逆じゃないとダメだ
とすると、江戸時代の黄表紙とかの本は続け文字の木版だけど
ひょっとすると職人さんがさっさか逆さ文字を直接彫っていったのかも
塙保己一の膨大な木版、群書類従なんかもそういうことですよね
日本で初めての活字は築地での築地活版製造所
やはり、ウォーキングで見た碑の場所でした
書体は築地体といって独占状態だったのですが
大日本印刷の前身の秀英舎でも書体を持ちたいと開発したのが秀英体
各印刷会社もそれぞれ書体を開発し、ある書体で本を作りたければその印刷会社に頼まざるを得ないということになります
その後、書体は印刷会社による抱え込みではなく売る形になるので
今は書体を買いさえすればどの書体でも使えるそうです
このあと、活字を拾ってから印刷までの一連の流れを全部体験できるワークショップが始まります
これを作るようです
有料だったので断念

浄林寺
江戸時代の数学者、関孝和(せきたかかず)の墓があります
和算という日本独自の数学の理論体系を作り上げ、鎖国状態であったにも関わらず世界のレベルに引けを取らなかったすごい人

円周率が分かってから314年を記念して、こんな碑も立っておりました


落馬地蔵
徳川3代将軍家光がこの辺りを馬で通り掛かったとき、
突然馬が前足をあげてヒヒーン
家光は落馬してしまった
今までこんなことはなかったのにどうしたことか。何かあるに違いない
周辺を見ると橋の下にお地蔵さまが捨てられていた
家光に報告すると
それはいかん。そのお地蔵様を、落馬地蔵と名付けよう
丁寧に祀れば、必ず往来の安全を守ってくれよう


GoogleMapで新宿区内の行ってみたいマークをつけてある場所を回っているんだけど
その中では北側に来すぎた
あとは南側でちょっとまとまっているんだけど大分離れちゃった
そうだ、こういうときこそあの手があるぞ
Luupの電動アシスト貸し自転車
あったあった。ここから借りて、四谷近くで返せばかなり距離が稼げる
11月から結構値下げしたしな
夏目漱石誕生の地

親譲りの無鉄砲で子
おっと、9文字しか拾えなかった
太平洋戦争爆撃第一号の地
太平洋戦争が始まった翌年の昭和17年4月18日
初めて、アメリカ軍機1機が早稲田鶴巻町に焼夷弾を投下した
町内の岡崎病院は全焼し
早稲田中学校では生徒が1名死亡した

すいすいすーい
元の道を快適に引き返す
合羽坂

昔この近くに蓮池という大きな池があった
河童が現れては坂を歩く人を脅かしたので合羽坂と呼ばれるようになった
近くで大きなカワウソが取れたというから
カワウソとまちがえたのかも知れない
あっ、違うよ
いたいた河童だ。ちゃんといた

小泉八雲旧居跡と自証院
すぐ近くの自証院が大好きだったんだけど
杉の木を切り倒す音を聞いていたたまれなくなって西大久保に引っ越した

自証院は尾張藩の藩主徳川光友の夫人千代姫のお母さん自証院を弔うための寺

全勝寺

山県大弐の墓所。以下は記念碑
江戸中期の人で柳子新論を表し、幕政を批判。処刑された
幕末の尊皇攘夷論に多大なる影響を与えたと言われている

このあと、電動アシスト自転車を返却。400円で済んだ
全コースでなく離れた場所へ行く、こういう使い方が良いかも
ウォーキングはもう少し残っています
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