[天皇]11 垂仁天皇 三種の神器を伊勢神宮に

天皇シリーズ、11代です。

垂仁(すいにん)天皇は、伊勢神宮を作った人
その経緯を説明するため、まず三種の神器から

三種の神器
三種の神器は、
八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)
八咫鏡(やたのかがみ)
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)(=草薙剣(くさなぎのつるぎ))

代々受け継がれて、天皇継承の証
鏡と剣に関してはなぜ三種の神器になったかというと
中国から王の証としてもらったから。

魏の皇帝が倭王(わおう)卑弥呼(ひみこ)に
はいどうぞ

当時は冊封関係といって、中国の子分みたいな感じ
お前を倭(わ)すなわち日本の王と認めましょう。
頑張ってね。

これは、垂仁天皇よりもっと前の話。

剣を2つと、鏡を100個もらった。

まだまだ各豪族が並び立っている状態だったので、大喜び。

剣は自分と弟で持って権威の証。
鏡は豪族を従わせるために使った。

どう、うちの傘下に入らない?
もし入るんだったら、支部長として認めるよ。
その証に、この鏡もあげるけど。

えっ、かっこいいなあ、その鏡
欲しい欲しい。頂戴。

ということなので、
実は、剣も鏡もひとつずつではないんです。

卑弥呼って古事記や日本書紀には一切現れてこないので
卑弥呼が認めてもらった倭国ないしは邪馬台国が、天皇家の大和王朝と一緒なのかどうなのか
ご存知の通り、すごく議論が分かれています。

従って、この剣と鏡がそのまま三種の神器かと言われると
そうかも知れないしそうじゃないかも知れない。

もし違うとしても、この話が王位継承の証として便利っぽい、という事にはなったでしょう。

草薙剣は神話の中でも、2回大活躍しますので
その時、またお話ししますね。

鏡が複数枚という話ですが
八咫鏡って、天徳4年に平安宮内裏が焼亡したとき3枚確認されているし
何度も火災で割れて作り直したりしています
そもそも、今だって、一枚伊勢神宮に、もう一枚が宮中にと2枚あります。
良いみたいですよ。そういうもん。

残った八坂瓊曲玉ですが
玉=霊(たましい)なので、こちらは純粋に元々日本古来の、ずーっと昔からあるもの。
各豪族で代々受け継がれる勾玉があって、それにあたる
ただ昔からあるが故に、逆にありがたみに欠ける
他の二つに付随して、プラスアルファ的扱いになる。

垂仁天皇
話を戻しましょう。
垂仁天皇でした。
そのもうひとつ前の、崇神天皇のとき、疫病や天災地変が打ち続いた。
何かが悪いんだろうから、変えなきゃ。
そういうとき、元号を変えるってことを良くするけど
残念!この時まだ元号という制度が始まっていない

三種の神器(鏡と剣)の置いてあるところが悪いんじゃないかなあ。
うん、きっとそうだ。

笠縫邑(かさぬいむら)現在の奈良県桜井市に移した。
めでたしめでたし。

ところが、次の垂仁天皇の時も、悪いこと続き。
笠縫邑じゃダメなのかなあ。

娘の倭比売命(やまとひめ)に命じます。

良い場所を見つけるように。

はーい

一生懸命探して、丹後(現在の京都府北部)の吉佐宮(よさのみや)に
4年間置いたんだけど
やまとひめ、
なんかしっくりこないなあ
やっぱり、また変えよう

まあ、変える変える
木乃国(紀国)の奈久佐浜宮・吉備国の名方浜宮・倭国の弥和乃御室嶺上宮・大和国の宇多秋志宮
(中略10ヵ所)
阿佐賀藤方片樋口宮・飯野高宮・佐々牟江宮・伊蘇宮・滝原宮

ああ、疲れた。
巡歴したところは「元伊勢」と呼ばれ、やまとひめ伝説が多く残っています。

夫婦岩で知られる伊勢市の二見浦(ふたみがうら)は
一回見に来て、うん良さそう、一旦キープね
他を見ている間に
やっぱりさっきのあそこが良い気がしてきた
と、二回見に来たから、二見浦です。

やまとひめ偉いです
一生懸命仕事するタイプです。

転々として
伊勢神宮近くの五十鈴川辺りに来たときに
八咫鏡が
私はここに祀られたい

そこが、伊勢神宮内宮です。

八咫鏡としても、たいがいにしてくれ
と思ったのかも知れませんね。

索引はこちら
[天皇]シリーズはこちら(少し下げてね)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です