[歳時記]3/11 東日本大震災。当たり前の事が当たり前でなくなる

あれからもう11年なんですね
昨日の事のようです。

私の中で、3大衝撃出来事、は9.11、阪神淡路大震災、3.11(東日本大震災)

9.11はリアルタイムでテレビを見ていた。
ニュースって「起こった出来事を見る」のが大前提だったのに
アメリカのでっかいビルが火事で大変みたい、って
ずっとテレビ中継を見ていて
そこに飛行機が突っ込んで
えっ、どういうこと?
そのあとダーッとビルが崩れていって。

阪神淡路大震災は、親兄弟兵庫県に住んでいるので
全く他人事じゃなくて
何度連絡しても電話が通じなくて。
救出に向かおうと、空港で飛行機で岡山に行こうとして
最後に公衆電話でやっと繋がって、
大丈夫、無事だから。

そして、東日本大震災
渋谷で仕事をしていた
あんなに揺れたのはあとにも先にも初めて。
休めるところは全て満杯で
みんな渋谷の町で地べたに座っていた異様な光景
そのあと、道いっぱいに大量の人が歩き出して。

歩いた
落合まで歩いてようやく地下鉄が動いた。

帰って、テレビを見て
こんな事が起きていたのか
言葉を失う

当たり前の事
当たり前の日常って
昨日がそうなら今日もそう
そう思いながら生きてきた。

でも違う事だってあるんだ。
3つの出来事は、教えてくれた。

衝撃、というのとは質が違うけど
「災難」という意味では、コロナは、その長さと世界同時だという規模で
まちがいなく、人類史上最大のものだろう

どうする

色々考え方はあるだろうが
私は、だからといって畏縮するのは性に合わない
「当たり前の事が当たり前でなくなる」
それはあり得るんだと覚悟する

その上で毎日毎日を楽しむ
何が起きようと、今までずっと楽しかったと思える人生
それには自信がある

おそらくどんな状況に陥ろうとも、前は向ける

神戸震災博物館で色んな展示があったけど
一番印象に残ったもの

瓦礫の中に木があって
花が咲いていた。
貼り紙

「それでも花は咲く」

[歳時記]シリーズはこちら(少し下げてね)

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