[ことば日本史]玄関

ことば日本史、鎌倉時代から

鎌倉時代と言えば、鎌倉新仏教

そのうち、武士に広く受け入れられたのは禅宗
鎌倉時代の初め、栄西が来日して臨済宗を伝えると、
鎌倉幕府が帰依し、京都に建仁寺が開かれた。
臨済禅は、中国の文学や習慣に親しむ機会が多かったので、
五山文学と呼ばれる中国学が盛んになり、
また、その影響のもとに日本独自な文化も生まれた。

道元も入宋し、曹洞宗を伝えて永平寺を開いた。
禅宗は、院の建築、庭園の造型水、絵画、墨跡、工芸、
そしてそれらとかかわる特殊な儀礼など、
生活と芸術のあらゆる方面に新たな期を開いた。

そうして禅宗のなかの言葉が日常に転化されてゆくことも多くなった。
このあといくつかの例を紹介していこう思います。
まずは「玄関」から

玄関

玄関の「玄」は、玄妙なる道理(深い悟り)のことだという。
玄妙なる道理への入口が、玄関というものだった。

禅宗では、禅門に入ることを意味し、
ひいては禅寺の客殿の入口や寺門のことをもさすようになった。
日本で「玄関」の語が初めて見られるのは、
鎌倉時代末期の鎌倉の建長寺の古図に記されたものという。

室町時代禅宗の建築様式は書院造という様式となって
武家や公家の住居に取り入れられるが、
そのさいに公家の住居の車寄せや
武家屋敷の式台のあるところを玄関と呼ぶようになる。
江戸時代には名主の家の出入口にも使われるようになり、
明治時代になると庶民化して家の入口を一般にさすようになった。

玄と言えば四神の玄武が思い浮かびます
玄は黒、玄人と書いてくろうとです
玄武岩は黒い岩石
玄武は黒い亀です

北を守っている神様なんです

ということなので、やっぱり風水的にも玄関は北が基本らしいのですが
大丈夫
風水は、救いの方法を色々考えてくれているので
気になる場合は、調べてみれば、こんなものを置いてとか、こんな色にしてとか色々あるようです。

[言葉]シリーズはこちら(少し下げてね)

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