[首相]38-2 池田勇人。月給を2倍にしましょう

首相シリーズ
[首相]38 池田勇人。貧乏人は麦を食え
の続きです

池田勇人

高姿勢と批判される一方、
演説では「貧乏人は麦を食えと言って、漫画に書かれた池田でございます。漫画よりも色男ではないでしょうか」と語るなど
茶目っ気もあって人気は上がっていく

大蔵官僚の下村治をはじめ、経済学者なと多くのブレーンが池田のもとに集まった。
1957年には、自らの政策集団、派閥の「宏池会」を結成する。

「お仕事中のみなさん、私の話をちょっと聞いてください。
みなさんの月給が2倍になるという話をします」

この選挙演説は強烈なインパクトをもって受け入れられ
名古屋のテレビ塔下の演説ではなんと1万人もの聴衆が集まった
池田さん頑張れ!といった声援も飛ぶ

自民党総裁選に当選。
1960年にいよいよ首相となる

何をする?
もちろん所得倍増論

専門家の間では、選挙目当ての大風呂敷、できっこない、と冷ややか
ただ、本人は自信満々
当初3年間の経済成長率の目標を9%に定める
これを続けられれば、10年後に所得は倍増する

眉につばをつけられるなか
初年度は10%を超える実績を上げ
なんと10年たたずして、所得倍増を成し遂げた

東洋の奇跡、世界の奇跡とまで言われるようになった
それまで、IMF(国際通貨基金)では経済に不安のある14条国であったものが
1964年には先進国と同等の8条国への移行が承認される

池田の自信の源は、なんといっても1964年に東京オリンピックを控えていたこと

新幹線も開通する

池田内閣の中心人物は、外務大臣の大平正芳と、大蔵大臣の田中角栄
逆に最も批判的だったのが福田赳夫

同じ高校で親友だったはずの佐藤栄作は距離を取り始める
急激な成長は歪みも出てくるようになったことによる

自民党総裁戦が行われる
佐藤栄作が出馬してしまうと、二人の溝がさらに深まってしまう
吉田学校での盟友として、常に二人三脚でやっきてきた仲
佐藤栄作の右腕だった田中角栄は奔走するが、佐藤の意思は変わらなかった

結果、池田が一位で佐藤が二位

以降も佐藤は池田批判を強めていく

東京オリンピックの開幕式での池田のスピーチ
「IMFのみなさん、この日本の爆発的エネルギーを見てください」

その2日後、かねてから喉に不調を感じていた池田は入院する
検査の結果、癌が発覚
閉会式の翌日には辞意を表明した

党内での混乱を避けるため
党役員たちは、公選によらず話し合いでの次期総裁決定を模索する

副総裁の川島正次郎と幹事長の三木武夫、そして官房長官の鈴木善幸

池田も納得
党内での意向を打診して、意見具申してほしい。それを受けて私が指名しよう

候補者として考えられるのは3名
佐藤栄作、河野一郎、藤山愛一郎

佐藤栄作が池田と距離が遠くなって行ったのに反し、急激に距離を縮め
特に最近うまが合うようになっていたのがかつての宿敵、河野一郎だった

党内の意見をまとめるため、田中角栄が懸命に動いた
吉田茂のもとにも通う

池田、佐藤をなんとか元通り握手させたい

川島、三木が池田の元を訪ねる
党内がまとまりました。後継者は佐藤君を妥当と思います

用意されていた書類「首班候補者として  君を推薦する」という空欄に
佐藤栄作 と書き入れ、署名した

良かった。佐藤君で本当に良かった

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