[足利将軍]15-2 義昭。信長との決別

最後の足利将軍です
[足利将軍]15 義昭。信長と二人三脚
の続きです

関係悪化
今まで信長とともに歩んできました
ところがその関係が崩れる時が来る
 
きっかけは、武田信玄
当時最強の武将
徳川家康は憧れていさえします

その武田軍が大軍を率いて西進してきた
信長と同盟を組んでいる家康は、三方が原の戦いで大敗します
家康がうんこを漏らしちゃった時の戦いです

信長の美濃、尾張に迫ってくる
まずい!戻らねば

京都どころではなくなった

義昭さん悪いけど、京都は義昭さんが頑張って守っといて

義昭は考えた
ひょっとして、武田信玄が中心になった信長包囲網の方に分があるんじゃないの?
鞍換えしよう
1573年

そんなバカな
信長は状況が飲み込めない
分かった、言いたい事があるなら聞こうじゃないか

とはいえ、翻意を促す一方で、
決別を見据えた言い訳づくりも始めていた
「ほんとは義昭ってこんな悪い奴」言いふらし作戦

義昭は、信長からの和解の申し出を一蹴
あとから歴史を知っている我々は、何をバカなことと思うが
渦中にいる人間には、その時の勢いで判断するしかなかったのだとは思う
判断ミス
その直後に武田信玄が病に倒れ、亡くなってしまうのだから

助かったぁ
京都へ戻る
その間守ってくれた義昭のところに、悪かったねえ、と戻るはずだったのに
目的が違う
義昭討伐

義昭は
ごめん、さっきの嘘、和解しましょう

もちろんそんなのは時間稼ぎ
その後すぐに挙兵
武田以外の反信長派に応援を求めるが
朝倉らは、本国が忙しい
たちまち陣を構えた真木島城は信長軍に包囲されてしまい、逃げる

その後、信長から和解の申し出
これも決裂

義昭は転々と逃げのびていく

信長は、追いかけない
義昭を追いかけるより、もっと重要なこと
反信長派つぶし
朝倉を滅ぼし、浅井も滅ぼした

そして、長篠の戦い
武田勝頼を撃破
信玄なき武田軍はもう敵ではない

越前の本願寺、大阪の本願寺も殲滅させる
1575年
その勢いで、朝廷から
権大納言・右近衛大将という、これまで足利将軍やその嗣子しか入手することのできなかった
高ランクの官途をえた

勝負ありか

ただ、義昭もこれでは終われない
超強力大名、毛利の元にころがりこみ
助けてくれ

よっしゃ分かった

このあとは次回ね

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

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