大宮氷川神社に行ってきました
大宮公園に行って来ました
の続きです
埼玉県立歴史と民俗の博物館

ちょうど2:00から、刀剣のガイドが始まりますよ
ええっ。ぜひ
国宝の刀剣が特別公開され、そのガイドをしてくれる

おじさんのガイドを聞きながら、回ったんだけど
偉いなあと思ったのは、その中に小学校低学年の男の子を含むファミリーがいたこと
この男の子、歴史の事が結構分かっている
自分が子供の頃を思い返すと、こんなガイドのツアーがあっても見向きもしなかった。
日本の未来は明るいなあ
刀剣の説明に入る前に、埼玉県を含む武蔵の国の歴史
奈良時代
律令制度での国

各国に、国分寺を作る

各国分寺には七重の塔を作らないといけない決まりなんだけど、そんな費用はなかなか出ない
こんなのを作って、はい七重の塔を作ったてい、で

がとう!(瓦塔)
男の子が大きな声
ええっ、なんで?なんで知ってんの?
そこに書いてあるよ
あっそうか
平将門

前九年と後三年

鎌倉幕府

源頼朝が武士の世を作るに当たって、全面的に支援したのが、武蔵国の武士たち
その功績に報いる形で、武蔵国の武士たちは全国に守護、地頭となって全国に散らばり、領地をもらう
その傾向は室町時代になっても続く
なんと、元武蔵武士はこんなにもいる

これは全く知らなかった
この前置きに続いて国宝の刀剣の話になる
国宝の刀剣3つを作らせたのが、元武蔵武士で、地方に赴任した大河内氏
ガイドさんが言われるのは、刀剣って、単なる武器ではないらしい
機能性だけが必要なら、美しくなくても良い
武士にとっての刀剣は自分自身を象徴するもの
武器なら、常に携帯する必要があるが
この国宝の刀剣はそうではなかった
極限まで美を極め
神社、すなわち神に奉納した
その神社は、元の武蔵の国だった
武蔵武士の誇り。武蔵の神と自分を繋ぐもの
超有名な名人に作ってもらった刀
そんな貴重なものなら手元に置いておきたいだろうが
そうはしなかった

いわゆる鑑定書がついている
これを折り紙と言うらしい
折り紙つきというのはここから来ている


裏には梵字が彫ってあった

古墳
刀剣にまつわる解説は終わったが、解説していただいたのは、博物館のほんの一部
ありがとうございました
あっ、さっきの男の子のファミリーが、古墳の方のコーナーで
ガイドさんに説明してもらっている
便乗させてもらおう
あああっ。出ました
さきたま古墳群
そうだそうだ、埼玉が誇る歴史的に革命的な古墳

古墳の中に並べられている円筒埴輪

この段の数が、位を表すらしい

さあ、さきたま古墳群と言えば、鉄剣
複製とは言え、ここで出会えるとは思っていなかったので大興奮


さきたま古墳群の中の稲荷山古墳から出土した鉄剣に、文字(漢字)が彫られていたんだけど
これによって、雄略天皇が実在した人物であることが証明された
しかも471年という完全に特定された年まで分かった
(表)
「辛亥年」(=471年)七月中記乎獲居臣上祖名意富比垝其児多加利足尼其児名弖已加利獲居其児名多加披次獲居其児名多沙鬼獲居其児名半弖比
(裏)
其児名加差披余其児名乎獲居臣世々為杖刀人首奉事来至今「獲加多支鹵大王」(ワカタケル=雄略天皇)寺在斯鬼宮時吾左治天下令作此百練利刀記吾奉事根原也
その隣に、熊本の江田船山古墳から出土した鉄剣も複製ながら展示されていた
こちらにも「獲加多支鹵大王」の文字が書かれていて
九州から関東までの広い範囲で、すでにヤマト政権の勢力が及んでいた事が分かった
埴輪
これらは複製ではなく本物
でかいっ

家の扉にはドアノブまで付いている

板碑
1階に降りると、ひっくり返りそうになった
なんなんだーーこれは
板碑ファンとしては、色々な板碑を見てきたが
今まで見た最大の板碑の10倍位のでかさ

近くで見上げてうなり
離れて全体を見てまた唸った
複製とは言え、実物大
長瀞の神社に奉納されていた、日本最大のもの
一枚の岩から作ったなんて信じられない
長瀞以外ではこんな岩は無理だろう
見沼代用水の話とか
興味深いものが続々と
ああ、ダメだ。良すぎる
時間がない
今日は長女も来ているし、早く帰らないと、お出掛けしたことがカミさんにばれる
これだけの規模の博物館は、ここだけオンリーで来なきゃダメですね