[天皇]108 後水尾天皇。和子の入内

天皇シリーズ、江戸時代になります

後水尾天皇

後陽成天皇には、母を同じくする一宮(良仁親王)、二宮(幸勝親王)、三宮(政仁親王)の三人の皇子がいた
譲位するとすれば一宮になるが、一宮を嫌っていた

公家の密通事件や、家康の五女市姫が死去することで譲位は度々延期されたが
後陽成天皇の粘り勝ちで、
慶長16(1611)年3月27日、三宮が後水尾天皇天皇として践祚(せんそ)する

和子(まさこ)
後水尾には、2代徳川秀忠に五女・和子が生まれた翌年から縁組みの話が出ている。
慶長19(1614)年3月には、正式に入内(じゅだい)の宣旨が出された
この時代、天皇の外戚になることにさほど意味はなかったが、
家康は家柄が良いわけではないので望んでいたのだろう

元和6(1620)年6月、和子は入内し、女御(にょうご)とされた。
3年後には女一宮が誕生し、久しく絶えていた立后の儀が行われ、和子は中宮(ちゅうぐう)となった。
中宮は皇后のことで、これまでは皇族のほか藤原氏しかなれなかったから、
徳川家の娘が中宮になるのは極めて異例であった。
徳川家が摂関家と並ぶ家格となったということである。
家康・秀忠は太政大臣にまでのぼり、歴代将軍は将軍宣下とともに内大臣に任官し、
のち右大臣にのぼっている。
後水尾と和子の間には、皇子二人、皇女五人の七人の子が生まれた。
しかし、男子はどちらも夭逝した

禁中幷公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)
後水尾の在位期間は江戸幕府成立期であり、幕府の厳しい朝廷統制が行われた時代である。
これは、必ずしも朝廷や天皇に力があったから圧力をかけたということではない
正直、弱体化させる必要がないほどだった
新しい時代にふさわしい朝廷と天皇にしようということだったと思われる。

幕府は、元和元年(1615)7月、「禁中幷公家諸法度」(きんちゅうならびにくげしょはっと)を定めて
朝廷統制の方針を制度化した。
これは、第一条の「天子諸芸能の事、第一御学問也」という条項で有名である。
天皇を学問に専念させることで政治から遠ざけようとした、と説明されることが多いが、
ここで学ぶことを推奨されているのは、『貞観政要』(じょうがんせいよう)や
『寛平御遺誡』(かんぴょうのごゆいかい)である。

前者は、古来から帝王学の教科書とされてきた唐の太宗の政治に関する言行を記録した書、
後者は、宇多天皇が醍醐天皇への譲位に際して与えた書置であり、ともに政治学の書物である。
幕府は、天皇にあるべき君主の姿を学ばせ、そうした君主にしようとしたのである。
さらに『禁秘抄』(きんぴしょう)を学ぶべしとある
禁秘抄は順徳天皇が書いた有職故実書で
宮中行事・儀式・政務全般にわたる天皇として心得ておくべき故実を記したものである
今まで、おろそかにされてきた、天皇としての神事をちゃんとやってね、と言う事

武家諸法度(ぶけしょはっと)は260年の江戸時代を通じて度々変更されているが
禁中幷公家諸法度の方は、幕末まで効力を持ち続けた不磨の大典だった

続きはシリーズの次回

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[縄文]4 ムラができる

[縄文] 縄文人は生きている
[縄文]2 ムラづくり
[縄文]3 森をひらきイエをつくる
の続きです

火と炉

11.石がこい炉用の石を集める
イエのなかには、中央からやや奥よりの床に、火を燃やす炉をつくる。

炉には、床をただほりくぼめてつくった地床炉(じしょうろ)、ほりくぼめた周囲を石でかこった石がこい炉、土器の底を打ち欠いて床に埋めた埋甕炉(うめがめろ)などいろいろな種類がある。

「これぐらいの石でいいかな」
石がこい炉用につかう石は、近くの河原から集められた。

このようなイエのなかにつくられた炉は、
種火の保存、食料の調理、冬の暖房、照明などさまざまな役割をもっていた。

また、縄文人にとって火は神聖なものであり、
炉のまわりで火にたいする祭りごとがおこなわれたこともあったであろう。

ムラができる
12 完成のよろこび

縄文人は、それぞれの役割をもちながらも、
つねにムラの仕事はみんなが協力しておこなった。

とくにムラをつくるというような大きな仕事には、
ムラびと全員が共同してその作業にあたったのはまちがいない。
それだけにムラの完成のよろこびは大きい。

「やった! 新しいイエができた」
こうして、人びとは力を合せて、一軒一軒とイエをつくり、
やがてムラ人みんなが安心して住めるムラができあがった。

ムラは中央の広場をとりかこむように数軒のイエがたちならび、
さらに共同の作業をする場所や墓、祭りごとをおこなう神聖な場所などがきちっと定められていた。

とくにムラびとのまとまりを保つうえで大きな役割をはたしていたのが
中央の広場である。
広場はムラびとにとって、共同の作業や集会、
神聖な行事をおこなう大切な場所であり、
広場を中心としてムラの生活が営まれていた。

苦労してムラをつくりあげた人びとは、
全員が広場に集まってムラの完成をよろこびあった。

[神社] 道祖神。夫婦で仲良し

道祖神(どうそじん)

かつて、悪霊や疫病は、村と村の境、峠、辻などから、
村に入ってくると考えられていました。
それらをはね返すために、道祖神という神様が祀られるようになりました。

「村を守って繁栄させる」という観点から、
道祖神には、五穀豊穣、縁結び、夫婦和合、子孫繁栄などのご利益も期待されるようになりました。
また、交通の要衝になる峠や道の分かれ目にあるため、
旅人が道中の安全を祈って供え物を手向けることも多く、
手向けの神との別名があります。

同様な形態の石造物は地域により、サイノカミ、ドーロクジン、ドーソジンなどとも呼ばれ、
これらを総称して道祖神とされています。

道祖神は、素朴な民間信仰から始まっており、
何をご神体とするかはさまざまです。

最も多く見られる素材は石で、
自然石を道端に置いているだけのことも珍しくありません。
夫婦和合、子孫繁栄のご利益への期待から、
陰陽石(男女の性器に似た形の石)を安置することもあります。

石造道祖神の分布は、主に本州中央部に多く見られ、
この地域では小正月にセートバレーやサギチョウ、ドンドヤキなどと呼ばれる火祭りと
道祖神の祭りとを結びつけようとする傾向が見られます。

サルタビコ
サルタビコと同一視される

男女2体が刻まれた道祖神は、
特に双体道祖神(そうたいどうそじん)と呼ばれ、
多くは『古事記』『日本書紀』にも出てくるサルタビコノカミと、
その妻のアメノウズメノミコトをかたどっています。
サルタビコは、ニニギノミコトが高天原から地上に降りた際に道先案内をしたとされ、道中の安全の神様として信仰を集めているため、
道祖神と同一視されるようになったのです。

道祖神というと、
野ざらしにされているようなイメージがあるかもしれませんが、
全国各地に、道祖神を祀る道祖神社もあります。
そこでもサルタビコとアメノウズメが祭神として祀られています。

道祖神はまた、仏教の地蔵菩薩と習合しました。
お地蔵さんが集落の入り口などに立っているのも、道祖神と同一視されたためです。

[首相]53 橋本龍太郎。ポマード宰相

橋本龍太郎

昭和十二年(一九三七年)、東京生まれ。父の龍伍は大蔵官僚、のちに衆議院議員、厚相、文相を務める。
昭和三十七年、父の急死で急遽、翌年の衆院選に立候補し当選したのが二十六歳のとき。
初登院のとき継母が付き添い「マザコン代議士」と揶揄されたりしたが、
以降、若くして要職を歴任し、「政策通」「若きリーダー」と目されるようになる。

容姿や服装のセンスから、一般の人気は高い一方、切れ者過ぎて皮肉な対応が多く、
仲間が少ない、とも言われた。
不勉強な質問には嫌味で返す、記者泣かせの政治家でもあった。

首相に
自由民主党・社会党 (のち社会民主党に改称)・新党さきがけの3党連立を継続しつつ、
2年5か月ぶりに自民党が総理の座を取り戻したのが、橋本龍太郎内閣である。

最初の課題は住宅金融専門会社問題だった。
経営がゆきづまった住専に対して、公的資金6850億円の投入を1996年度予算に計上する。
1996年(平成8) 9月に衆議院を解散し、
細川内閣時に導入が決まった小選挙区比例代表並立制による総選挙が初めて実施されることになった。
公示直前には民主党が誕生している。

10月の投票の結果では、自民党が239議席と第1党の地位を確保。
野党の新進党や民主党は大きな伸びがなく、
社民党と新党さきがけは後退し、閣外協力に転じたため、
自民党単独による第2次橋本内閣が発足する。

橋本総理は行政、財政構造、社会保障構造、
経済構造、金融システムの5大改革(のちに教育を加え、6大改革)に取り組む。
行政改革では中央省庁をほぼ半減する再編案をまとめ、
2001年(平成13)1月に実施された。

いっぽう外交分野では、1996年2月のクリントン米大統領との会談をへて、
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の全面返還の合意を取りつける。
1998年(平成10)、ロシアのエリツィン大統領との会談では、
北方領土問題における国境線画定の新提案をするなど交渉は進展したものの、
頼みのエリツィンの退陣で実らなかった。

1997年(平成9)4月、消費税が5%に引き上げられる。
11月には北海道拓殖銀行の経営破綻、
山一證券の自主廃業など経済危機が発生。
1998年7月の参議院選挙では、橋本総理による「恒久減税」発言のぶれも影響して
自民党は44議席にとどまり、橋本総理は敗戦の責任を取って辞任する。

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