病気を予防してはいけないなら、どうすればいいのか

病気を予防してはいけないなら、どうすればいいのか
病気を予防したり、治そうとしてはいけない
・まず、病気になる前、予防の段階でどうすればいいのか
・私なりにまとめると、おそらく2つのこと

「健康のため」すら意識しない
・健康をまったく意に介さない日常を送る
・「健康? てやんでぇ」ってこと
・関西人であれば「健康? あほか しょうもない」
・細かいことは気にせずおおらかに暮らす。
・そう日本アバウト党です。

原因の方を強く意識して直す
・でも、それだけってのもどうですかねえ。
・なんかぶくぶく太りそうですね。
・ダイエット前の私は、確かに「健康? あほか しょうもない」でした。
・日常的には、てやんでぇ、でいいですが、ちょっとした変化が体にあった時、ちゃんと向き合うということです。
・ここは、以前私が書いたことと、ぴったり一致します。
・「腫れている」とか「疲れている」とかの症状自体を治そうとしてはいけません。
・「病気を予防したり、治そうとしてはいけない」の原則に反します。
・その原因たるところの生活習慣を真剣に直そうと努力するということです。
・運動不足、暴飲暴食、仕事での頑張りすぎ、ストレス 等々
・心やからだとの向き合い方はこちら

将来より今(笑って死にたい)

将来より今
過去は変えられるという話をした
・今度は未来。未来をどう考えるか

笑って死にたい
・よく言われる
・ただ、そうしたいのなら、今笑うこと

・例えば、今が病気でとてもじゃないけど笑えない
・死ぬときに笑えればいい
・それは無理

・今笑えないなら、死ぬ時だって笑えない

今にしか生きられない
・このことは、「健康」「病気」についてだけではないだろう。
・そうなると、とても大きなテーマになるのだが、とりあえず、「健康」「病気」に限定する
・今をワクワクさせる。
・そして回りもワクワクさせる。
・「病気が治ったら」じゃなく順番を逆転。
・治ったらやりたいことがあるなら今やる。今でしょ。
・そうしたら、病気が治る。
・何に「気」を向けるのか
病気を「気」にしないということ

病気を「気」にしない

病気を「気」にしない
・今病気の人は、病気にばかり、「気」がいく
・全てをストップして、「治す」「治す」
・治ったあかつきには、あれやこれや
・それがいけないと篠原先生は言う

お医者さんなのに
・これってすごくないですか
・病気を治すお医者さんが、難病と闘う患者さんに向かって、「そんなに治そうと思わないで」と言うわけです。
・口ぽかん、ですよね。
・そんなことより、今やりたいことをやってください。
・そっちに夢中になると病気なんて忘れてしまう。
・そうすれば病気は治る。

・おそらく、医療界では異端児中の異端児なのでしょう。
・でも、「病気を治したい」気持ちが人一倍強く、
・日々行っている医療行為で「治らない」ことを感じてしまい、
・霊だの超能力だのちょっと変な方向にも回り道し、
・自身の家族にも先天的な病気で言葉がしゃべれない子供をはじめとして、病気の人ばかりで、
・その間も「不思議に治ってしまう」人に数多く接し、
・そして得た結論。

人が人を治すなんて不可能
・「症状を和らげる」ことはできる
・西洋医学でもこれは可能。
・ただ、そこまで。
・治す力=快癒力は本人にしかない。
・そしてそれは、本人が必死で頑張ることでは実現しない。
・病気を「気」にしなくなった時に初めて実現する。

信じる
・私はこの結論を信じる

索引はこちら
[快癒力]シリーズはこちら(少し下げてね)

病気を予防したり、治そうとしてはいけない

病気を予防したり、治そうとしてはいけない
快癒力で、ここまで過激な表現をしているわけではないが、その趣旨を表現すると「病気を予防したり、治そうとしてはいけない」となる

イメージするな
・特定の病気のためにいっぱいのエネルギーを使って、あの手この手で「予防」を測ったら、その病気になってしまうということ
・とても面白い実験の話がかかれている
・「皆さん、今から目をつぶってレモンを”思い浮かべない”でください」
・これを言われて実際にできる人はいるでしょうか。
・絶対に無理。
・病気もそれと一緒。
・特定の病気を思えば思うほどその病気の「魔の手」に陥ってしまう。

お母さんだって
・「この子は風邪をひきやすくて」と言っている母親は、一生懸命子供を風邪に導いているのも同じだということ。
・そりゃあ引きやすいですわね

病気を予防してはいけないという視点
・「病気を予防してはいけない」という視点は、とても新しい視点。
・よく、テレビで○○は糖尿病の予防にいいだの、食事や体操やいろんなことをやっていて、影響力のある番組だと店頭から納豆がなくなったりする。
・そんなこんなが全て馬鹿げた行動だということ。
・何と過激な
・ただ、篠原先生は、回り道しながらの自分の患者さんとの豊富な経験から、実感のある法則として導き出された。
・私には「正しいこと」と思える