日本庭園は、死なない苔で決まり

日本庭園シリーズ、植物系にいっておりますが
大物を忘れてやしませんか、と


日本庭園にも思ったより前から芝が使われていたという話はしましたが
日本庭園らしさといえば、やっぱり苔

君が代に歌われている植物ですからね
日本を象徴しております。

苔ってものすごく種類が多い
世界にざっと2万種類、日本に2千種類
じめじめ日本の面目躍如ですね

苔寺と言われている京都の西芳寺だけでも100種類以上

何と言っても歴史が長い
4億6千万年前に海から地上に上がった初めての生物は苔

そして、一番の特徴は、
「死なない」

水が全くないと、枯れちゃうんですが
枯れたところで、死んでいる訳ではない。

ちょっとお休み

どれだけ経った後でも、水を与えるとたちどころに甦る

ああ、良く寝た

まさか、死なない生き物がこの世の中にあったなんて
予想だにしておりませんでした。

死なないで、増えて行って、4億6千万年
これはもう、地球上の全ての陸地は苔でおおわれそうですが
そうもなっていないところを見ると
誰かに食べられちゃうとか
天敵がいて、プラスマイナス均衡しているんでしょうね

おそらく、一番の天敵は人間でしょう
あっ苔だ、たわしでゴシゴシ

次なる特徴は
土が要らない
石だろうがコンクリートだろうが、ぴちゃっ

苔を育てようとすると、意外に大変らしくて
その場所にあった苔でないと、無理に何とかしようとしても駄目なものは駄目

でも、その場にあった苔ならば、そのあと、全く何も手をかける必要がない
4億6千万年後もそのまま

日本庭園を見るときに
古きに想いをはせて、ってな事になるわけですが
苔があった分には
4億6千万年前まで想いをはせる必要があります。
首が痛くなりますね。

日陰でしか育たないイメージありますが、
緑である以上、光合成をしている訳で
ある程度は光が必要
ちょっとだけで良いタイプと、いっぱい欲しいタイプと両方あるらしい。

(以上「日本庭園鑑賞のポイント55」より引用)




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モミジガサ

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日本庭園の、生け垣と刈り込み

生け垣
出ました、生け垣

庭園からのアプローチではなく
「木」からのアプローチでも、生け垣って大きなテーマ

歩いていて、木を楽しもうとすると
まず一番手っとり早いのが、生け垣と街路樹

それぞれ、使われる木が違う
生け垣に落葉樹とか使っちゃったらスカスカになっちゃいますから

住宅街は生け垣だらけです。

刈込
庭園は自然を模しているわけです
これは、二つの事を意味しています

ひとつは、出来るだけ自然を再現しようと言うこと
ただ、全く自然のままならば、自然を見れば良いわけです。
自然を持ってきて、より美しく見せる
すなわち、自然に手を入れて初めて庭園
自然のままなら、ぼうぼうです。

この相矛盾する二つは永遠の課題です。

刈り込みは
一見それと分からぬほどの、自然なものから
きっちり刈り込まれたものまで色んなレベルがあり得ます。

自然なものが大刈り込み
きっちり刈り込まれているのが小刈り込みです。

室町時代は大刈り込みです。
刈り込む事で、下まで日が当たるよう、葉や枝を適度に落とす。
木の健康増進です。
ここで、重要なことは
刈り込みしたことを悟られないということ。
あくまでもコンセプトは自然。

不思議です。

日本の庭園なら
大刈り込みだけな筈です。

日本の庭園は、自然に無いものは違和感を覚えるから
左右対称とか、直線とか無いし、水は上から下、石は出来るだけ加工しない
西洋の庭園は、自然に無いものこそを作り出した喜びを感じるから
左右対称、直線、水は下から上、石は彫刻してから置く

この大原則からすると、小刈込は
異端児であり、裏切りもん

でも、江戸時代に大流行しています。



特に、ツツジやサツキは小刈込は必須ですね

調べて見ると面白い事が分かりました。

小堀遠州
小刈込を始めたのは、幕府の作事奉行、小堀遠州
江戸時代が始まってすぐの頃に
後陽成天皇が宣教師に対して
「宮廷付工人」であった遠州へ

西洋の庭園の技術を教えてあげて

イエッサー

1611年、遠州の造営したの寛永度内裏に花壇や刈込が突如出現した

当時、まだキリスト教は禁じられていなかったし
鎖国でもなかった。

ギリギリセーフです。

それ以降、低木は小刈込というのが当然のように定着します。
おそらくみんな西洋に教えてもらったと知らずに
人工的な美しさも、それはそれでアリだと思っちゃったし
これぞ日本庭園、とまで思うようになった。

日本庭園を見て、いつも
いやあ、日本人に生まれて良かったなあ
この本当の良さは外国人には分かるまい
と思うわけですが

今後は、ちょっと思い方を変えないといけません

いやあ、この良さは外国人には分かるまい(小刈込を除く)

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ツリフネソウ

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日本庭園の、垣(人工の垣)

庭園シリーズ、垣(かき)にまいります


庭の境界を決めるための囲い
垣の語源は「かぎり」
人工の庭園と自然を区別し
庭を見たいと言う気持ちを焦らせて高める演出効果もあります。

生垣(いけがき)と人工の垣に大きく分けられます。

人工の垣
色んな素材はありますが、一番一般的なのは、竹垣

この竹垣に竹立てかけたのは竹立てかけたかったから竹立てかけた

生まれてこのかた、一度たりとも言えたことはありません。

竹垣に竹立てかける行為だけは、絶対にしては行けませんね
舌を噛みきって死んでしまいます。

この早口言葉、あるアンケートで、二番目に難しいとランクイン。

映えある一番は

かえるぴょこぴょこ3ぴょこぴょこ あわせてぴょこぴょこ6ぴょこぴょこ

竹垣はさらに、向こうが見える透かし垣と
見えない遮蔽垣に分かれます

透かし垣
■四つ目垣(よつめがき)
色々デザインがあって
一番簡単でメジャーなのは、四つ目垣
丸太を立て、その間に竹を縦横に渡し、すきまを四角にしたものです。
最も一般的です。
見た目は簡単な竹垣ですが、いろいろな崩し方があり、味わい深い垣根です。


昨日行った、庭園美術館の庭園もこの四つ目垣がありました。

■龍安寺垣(りょうあんじがき)
菱形です。
高さを押さえているのがとてもかっこいい

遮蔽垣
今度は、遮蔽垣の代表的なもの
■建仁寺垣(けんにんじがき)

竹を割ってびっしり重ねる
向こうは見させんぞ

■銀閣寺垣
縦に短めの建仁寺垣を石垣の上にセットすると、銀閣寺垣

これもまた、趣がありますね

■沼津垣

沼津恐るべし
なんてかっこいいんでしょう

袖垣
建物にくっついて、ちょこっと出ている垣
用途というよりは、デザインなんでしょうね
これぞ日本庭園!って感じがします。

■角袖垣(つのそでがき)

龍安寺垣のような菱形があったり
竹穂と呼ばれる細い竹の枝がいっぱいほうきのようになっていたりと
かっこよさ満載です。

■玉袖垣(たまそでがき)

さらにひとつの角を丸めて、装飾性アップ
あるある。見たことある!って思いますね

作ってみたい!
と思われたあなたに
角の曲げ方をご説明いたしましょう
曲がる側に切れ込みを入れて、ぐぐぐっ

面白そうっ
今度の週末、挑戦だっ

でも、油断大敵
ここから、さらにその上にカバーをします。

うおおっ、難しそうっ

今度の週末、ちょっと用事が・・・

以上、竹虎さんのホームページから
https://www.taketora.co.jp

■片袖垣枝屋根付(かたそでがきえだやねつき)
これでもかっ、て感じですね。高そうです。

■光悦寺垣(こうえつじがき)
これも曲線の美ですね

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シュウメイギク

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庭園の植木あれこれ

庭園の植木で、松の話はしましたね。
庭園の植木。特に重要な松

松以外の植物は?
あまりにも種類が多くてなかなか一言では難しい。
手入れが難しいのは敬遠されるので、巨木になってしまうものは避けられるが
それ以外では、「ありとあらゆる植物」としか言えない

時代による変化
そんな中で、時代による変化というのがある
日本の植物が時代によって変化するから。

感覚的には面白いなあ、と思うんだけど
我々は、日本庭園を見て感じるのはノルタルジーで
ビルばかりを見飽きた日常から解放されて
ああ、癒されるぅ

どうも、昔の庭園はそういう事ばかりじゃなく
日頃見慣れている植物じゃなく
目新しい植物を見て
何あれ
見たことないわ
エキサイティング!

すなわち、外国から入ってきた植物をいち早く取り入れ
話題を作り、流行になっていく牽引役

前回お話しした松はスーパーヒーローなので、
古代から現代まで継続して愛好されていますが

平安,鎌倉時代にはサクラ,ウメ,カエデ、シダレヤナギといった落葉広葉樹、
室町時代にはマキ、ビャクシン、カラマツなどの針葉樹
安土桃山時代にはカシ、カナメモチ、ヒサカキのような常緑広葉樹が好まれ、
江戸時代にはこれらすべてが使用されるという具合になっています。

梅と桜
個人的に一番興味あるのが、梅と桜

百人一首みたいな、和歌の世界を見ていくと
花、とだけいうと、昔は梅の事
それがいつの間にか、桜の事に変わっている。

同じ歌でも、読む資料によって
ここでいう「花」とは梅の事です、と書いてあるのもあるし
桜を前提に解説してあるのもある
正直に、「解釈が分かれます。分かりません」と書いてあるものも

いつ頃から、花が桜になったのか、気になって気になって。

「日本庭園と風景」の本によると
神泉苑という庭園で、平安前期
「日本後記」弘仁3(812)年2月12日に
桜の花を見ながらの酒宴が催された記述がある
その時は「花」とだけ表現されており
花と言えば桜に決まってます、となっていた可能性が強い。

結構、思っていたよりは早いかも知れません。

芝生
一番意外だったのは、芝生

芝生って、明治維新のあと、西洋庭園が入ってきて
それから広がったと確信していました。

それまでは、緑を敷き詰めるには、苔しかなかったと。

先ほどの「日本庭園と風景」の本に、こんなふうに書いてある

平安時代から使われていた芝生は、
江戸時代の回遊式庭園でも、岡山の後楽園に見られるように
別荘の御殿の前面などの広い場所に張られてきたが
明治時代の洋風庭園に導入されてから
公園の広場にも用いられるようになった。

えええっ、平安時代?
イメージが全く沸きません。
ショック!
立ち直れそうにありません。

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ホトトギス

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