おもしろ歳時記から
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昔なつかしい炭酸飲料水のラムネ。
若者の間でもレトロな感覚がウケるなど、今でも根強い人気を誇っている。
ラムネは1872(明治5)年5月4日に、東京の千葉勝五郎という人物が、
日本ではじめて製造した。
彼は、横浜に住んでいた中国人のレモン水製造技師、憑建を雇って、
その製法を勉強したといわれている。
一説では、それ以前にもラムネを製造した人物がおり、
たとえば築地で中国人がラムネ屋を開店したという話もあるが、詳しいことはわかっていない。
「ラムネ」というネーミングは、「レモネード」がなまったものだといわれている。
ただし、発売当初は「ジンジャービア」などと呼ばれていて、
思ったようには売れなかったらしい。
それが、ある出来事をきっかけに、驚異的なヒット商品に成長したのだ。
1886(明治1)年の夏、東京はたいへんな猛暑に襲われた。
おまけに、全国でコレラが大流行。
この年の患者数は、全国で約15万5000人、死者1万余りというから、
なんとも凄まじい勢いだ。
コレラは当時の人びとにとって不治の病だった。
それだけに、日本中が パニック状態になったのだ。
そんな中で、新聞にこんな記事が出た。
「炭酸ガスを含んでいる飲み物を飲めば、おそるべきコレラを予防できる」
というものだった。
炭酸ガスには、菌類の増殖を抑え、腐敗・変質の防止効果がある、というのがその理由らしい。
この記事を読んだ人びとは、急いでラムネを買いに走った。
ラムネにはもちろん炭酸がはいっている。
それを飲めば、死の危険もあるコレラを予防できるというのだから当然だろう。
おかげでラムネは大流行。製造元では夜も寝ないで製造を続けたが、
それでも間に合わなかったという。
注文量が多くなると、これまでのようにコルク栓を打ち込んだり、
針金で締めたりする人手のかかる作業では追いつかない。
そこで、製造元では新たに玉入りのビンを使って、
自動的に密封できるように工夫したのだ。
当時、使用されていたコルク栓にはいくつか欠点がありました。
コルクが高価であることと、 炭酸が抜けてしまうという点。
それらの欠点を解決したのがビー玉栓。
独特の形をした瓶とビー玉栓は、1872年にイギリスで発明されたもので
「コッドネックボトル
(Codd-neck bottle コッドは 瓶を発明したハイラム・コッドから来ています。)」
と呼ばれていました。
炭酸の力で自動的に閉まってくれるから人手要らず。
ラムネ独特のあの玉入リビンは、コレラの流行によって登場したというわけ。
こうして、ラムネは庶民の飲み物として親しまれるようになった。
ビー玉
子供の頃、何度もゆっくり傾けてみては、どうにも分からん、とギブアップした
「ビー玉はどこから入れんねん」問題
良い時代になりました。
ネットで検索すれば答えが分かる
ほれっ
長年の疑問がスッキリ
ところで、ラムネとサイダーってどう違うの?
これも調べました。
答えは、
一緒
最初はレモン味がラムネ、りんご味がサイダー
りんご味の方が高かったので、サイダーは高級、ラムネは庶民って感じだったそう
でもすぐにその違いがなくなって
実は中味は同じもの
ラムネは容器にインパクトがあるので
ビー玉容器に入っているものをラムネと呼ぶようにした
今は、ビー玉がないプラスチック容器のラムネも売っているので
結局「昔なつかしい」で売りたいときはラムネ
そうじゃなきゃサイダーって事でしょう
[歳時記]シリーズはこちら(少し下げてね)