1/6 小寒 正月準備。あれれ?

二十四節気シリーズです

小寒   しょうかん 寒さがますます厳しくなる頃01月06日
(旧暦 12月1日)
小寒
ここが一番違和感ですね
旧暦と新暦のずれです。

正月気分もちょっと抜けかけた頃に、正月準備の話題とは

旧暦では、さあ、ここから師走に入ります。
江戸時代の前提で話しちゃっているのでごめんなさい。

煤払い
江戸における師走の大掃除は、節目の年中行事の中で、一番重要なもの
12月13日に決まっていたんです


大晦日じゃないんですね

江戸城を初めとして、大名屋敷、旗本屋敷、神社仏閣、商家、長屋に至るまで
江戸中の人がその日に大掃除

煤払い(すすはらい)と呼びます。

重要なツールは葉の付いた長い青竹
煤を払う道具なので、煤竹と言います。

それで、日頃手の届かない高いところの煤を払います。

煤払いが終わると、しめ縄や門松も飾っちゃいます。

江戸城でも、「江戸惣鹿子」の「御城之年中行事」に「十二月十三日、御事納、御すすはらい」とあります。

商家の煤払い
商家の場合は、みんなで煤払いをしたあと、あることをします。

江戸検定でも何度か問題に出ています。
さあ、何でしょう

先に神社仏閣の煤払いを書きますので
考えておいてね

神社仏閣
神社仏閣では、今も名残が残っていますね
例えば、浅草寺では、12月12日に観音堂の両側に煤竹が立てられます。

成田山新勝寺も12月13日

京都西本願寺は12/19くらいでしょうか

【答】
胴上げ

祝儀と呼んでいますが
主人から、番頭、手代と順々に。

肩書が低いものは、悪ふざけが入ってくる
下女は裾をまくられたり
下っぱの若いのはわざと落とされたり

でも、そういうのも含めて楽しい年中行事ということになります。

そのあと、皆で風呂に入って、町に繰り出す。

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トウネズミモチ

花カレンダー始めました

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

ブログを始めて4年半
良くやってこれたものです。

新しい年が始まったんですね
5年の節目を向かえる年

日本の国としても節目の年ですね

毎年毎年今年は人生の中で最高の年だったなあ、というのを
更新し続けております。

これも皆様のお陰です。
本当に心底そう思っています。

今年もさらにちょっとだけ、良い年になりますように


ゴールドクレスト

花カレンダー始めました

12/22 冬至 芝居正月と七五三

冬至   とうじ   一年で昼が最も短い日   12月22日
(旧暦: 11月1日)
確かにすぐに暗くなっちゃいますね

クイズ
いきなりクイズです

江戸時代にも七五三は行われていました
三歳、五歳、七歳の年齢の行事には名前がついているのですが
それぞれ何歳の時のお祝いでしょう。

A.帯解(おびとき)
B.髪置(かみおき)
C.袴着(はかまぎ)

七五三の話題は後回しにして、後で答を書きますから考えておいてね

芝居正月
旧暦で10月半ばになると江戸市中に、番付売りの姿があらわれます。
11月1日が初日となる江戸歌舞伎顔見世興行(えどかぶきかおみせこうぎょう)の役割番付

中村座、市村座、森田座という江戸三座が
それぞれ、その後一年に舞台に立つ役者の顔ぶれを披露する芝居のこと

野球で言えば
開幕戦でオールスター戦をやっちゃうようなもの

キャー、大谷くーん

何でそういうことになるかというと
役者の契約期間が、11月1日からの1年間だから

初日前日の10月晦日(みそか)には仕事も手につきません
徹夜で並ぶ人までいます

午前六時が開幕ですが、その2時間前に一番太鼓というのがなります

ドドーン
ワアアアアーっ

隣近所は良い迷惑ですね

てやんでぇ、こちとら江戸っ子でいっ

次第に自然に決まっていったこの日の興行のルール
一幕と二幕に分かれ
一幕目は、江戸時代以前の設定である時代物
二幕目は、江戸時代の町人が主人公で身近な設定の、世話物と呼ばれているもの

時代物の演目としては「暫(しばらく)」が一番人気
初代市川団十郎で大ヒットしてから定着する
悪者が政権抗争のため、反対派の善良な市民を打ち首にしようとする
まさにその時
「しばらく~、しばらく~」と声をかけて団十郎登場

キャー、団十郎ーっ

七五三
旧暦11月15日は、髪置(かみおき)、袴着(はかまぎ)、帯解(おびとき)の祝いが行われます。
今は、新暦の11月15

おっと、分かっちゃいましたか

さっそく答に参りましょう
【答】
三歳→髪置(かみおき)
五歳→袴着(はかまぎ)
七歳→帯解(おびとき)

江戸検定やっていると、必須知識で
毎回どれがどれだったっけと思っていたんですが
性別考えれば、それほど難しくないということが分かりました。

三歳→髪置。男女とも。髪の毛が伸びてきたことのお祝い
五歳→袴着。男の子。初めて男の子に袴を着せるお祝い
七歳→帯解。女の子。七歳になると紐付きタイプの着物をやめて、大人のように帯をする着物に変えるお祝い

昔は子供の死亡率も今より高いだろうとは思っていましたが
江戸を色々調べると、尋常じゃないですね
将軍誰それは、九男で、
その上は全員 、夭折(ようせつ=子供の頃に死んでしまうこと)です
なんて、当たり前
平均して半分以上は夭折のイメージです。

5代将軍綱吉が子供徳松の成長を祈って11月15日に祝ったのが
11月15日になった始まりと言われていますが
その徳松も夭折しています。

七歳までは神のうち、と言われて
それはいろんな意味を含んではいますが
余程七歳まで健康に育つことが大変だったんだろうなと思います。

今に比べ、この七五三はかなり重みのあるお祝いだったんでしょう。
ちなみに、七五三という言葉は江戸時代にはほとんど使われていません。

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ネリネ

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12/7 大雪 雪降れば椋鳥江戸へ食いに出る

二十四節気シリーズ

大雪   たいせつ  雪が激しく降り始める頃  12月07日

寒くなりましたね

旧暦でいうと10月16日頃から

椋鳥(むくどり)
雪降れば椋鳥江戸へ食いに出る

椋鳥とは、10月から11月にかけて江戸へ出稼ぎにやって来る季節労働者のこと

椋鳥は海を越えてやって来る渡り鳥とまではいかないんだけど
寒い地方の椋鳥は暖かい土地の町場に移って冬を越すから。

信濃、上野(こうずけ)、越前、越後、等からやって来る

農閑期にぶらぶらしていられるほどには裕福ではない。
江戸の町というのは、魅力的でもある。

毎年のことなので、奉公先が決まっている人も多い。

大体が、商家
飯炊き、薪割り、使い走りなど
一部は「流れ中間(ちゅうげん)」といって一定の期間だけ武家屋敷に奉公するものもいた。

決まっていない人達はどうしたか
口入れ屋と呼ばれる職業斡旋所に仕事を探してもらったり
自分で探す場合もあった

越後の場合は「越後の米つき」と言って
杵を背負って江戸の家々を回り、
注文に応じて玄米を精白するものもいた

出稼ぎ期間中で、平均一両二分ほどというから
一両10万円と換算すると15万円くらいでしょうか
しっかり貯めたお金を待つ家族の元へ届けられたことでしょう
ついつい、江戸の魅力にはまって
あんた何、今年はこんだけ?
とか言われる場合もあるかも知れませんね

江戸の冬の食事情
江戸時代、庶民も季節を感じながら食を楽しんでいました。
冬はサヨリ、キス、サワラ、ブリ、タラなどの魚や
ニラ、ネギ、クワイなど

特に鍋物は大人気。

おでんもかなり食べられていたんだけど
今とはイメージが違っていて
里芋の煮込みというのが一番近い。

冬の味覚として欠かせないのは、やっぱり大根
全国津々浦々、大根は万能
「大根一式料理秘密箱」では
物の名も所によりて変われども大根の生ぬさともあらじ
とある
地方で名前は違うかも知れないけど
大根が採れないところはないでしょう。

江戸の味覚は、三白
白米、豆腐、大根
鯛と白魚を合わせて、五白ということも
いずれも淡白な味が好まれます。

杉浦日向子先生の、一日江戸人から
大根料理を引用しましょう。

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ロベリアプリンセスブルー

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