[植物]自給自足の生き方。私は満足よ。

植物のかしこい生き方、第三章「完璧を求めない」から

もっともっと、と欲しがらなくても
十分生きていける

自給自足
植物の生き方は
「他をかまわない」「自分の責任で生きている」と表現されることがあります。

他をかまう必要がないからです。

自給自足で生きているからです。
生きていくのに必要なものは、光合成とかで自分で作り出せる。

そうかなあ
水も肥料もあげているけど。

そう思われるかも知れませんが
よりきれいな花を咲かせるため
より豊かで美味しい実をつかせるために、
人間たちがやっていること

カポック

普通はこの写真のような感じですが
植物のかしこい生き方の著者は
鉢植えにされている状態で12メートルを超える高さまで伸びたカポックを見たことがあるそうです。
置かれているビルは、5階までの吹き抜けがあって
その上が明るかった
ズンズン伸びて5階まで
途中で添え木とかもしてあげた。

おばけトマト、ハイポニカのときにもお話ししましたが
植物は本来、大化けできる能力は持っている

でも、たまたまそういう環境になければ
潜在能力のほんの何割かの力で生きている。

それぞれの環境の、自給自足の範囲内で生きている

もし、巨大カポックの話を他のカポックが聞いたとしても
良いなあ、羨ましいなあ
とも思わないし
僕だって頑張るぞ
とも思わない

思ったところで、頑張りようがないから

でも本当は、頑張る必要がないから

動き回れる
動き回れる動物
動き回れない植物

人間は動物だから
動物目線で考えて、そう対比する
植物は可哀想

でも自給自足できる植物から、植物目線でいうならば

動き回らなくても生きていける植物
動き回らないと生きていけない動物

動物は可哀想

なんでそんなに、もっともっと、と考えるの
なんで他人と比較して、自分はまだまだ、って考えるの

何が不満なの?
私は満足よ

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[植物]ヒイラギ。どうせ食べるんなら、私をどうぞ。

植物のかしこい生き方、第三章完璧を求めない、から

他人はどうなっても自分は、と考えると
苦しくなるときがありませんか

ヒイラギ

木に冬と書いて柊(ヒイラギ)
冬に花を咲かせます。

一番の特徴は、葉っぱのトゲ

いてててて

疼木とも書くのですが「疼」の字はひいらぐ、で
ヒリヒリ痛む、という意味です。

節分の日に、柊の枝にイワシの頭を刺して玄関に飾ると魔除けの効果があります。
確かにそうした年に、鬼がやって来たのを見ませんでした。

ところが、
柊だからといって、全ての葉がトゲトゲって訳ではありません。

普通に丸い葉も付けます

トゲトゲの葉の理由は、動物に食べられないようにするため

背が高くなると、上の方の葉っぱは食べられにくくなるので
丸い葉が多い。

もうひとつに
若い葉はトゲトゲだけど
老いた葉は丸くなっていくというのがあります。

ヒイラギ人生、みたいな言い方をし
歳を取ると角が取れて丸くなるという例えに使われる

正直、自分が歳をとって思うのは
決して角が取れたり、感情の起伏が小さくなる訳ではなく
コントロールが出来るようになるんだと思う。

ここは押さえた方が良いという時に感情をコントロール出来る

柊は不思議ですね
全部トゲトゲでも良さそうなもんですが
トゲトゲにするにはエネルギーが必要ってことかも知れません。

全部トゲトゲにするには、ああ疲れたって

だとすると、老いた葉は、
もう食べられても良いですよ
動物さん、どうせ食べるんなら、私をどうぞ
そのかわり、若いもんは食べないであげてね

仕事をしてるとそれはすごく感じます
私はIT業界なんですが
60歳ともなると、私の周りに同年代の人はいません。
当然上司は、自分より若い人
へえこらする必要があります。

歳とって、過去の栄光を捨てられない人がいるのがとても困る
そういう人がいるから、年寄りは使いづらい、と思われちゃう。

仕事はどんな雑用でも絶対断らない
若い人に可愛がってもらう
どの時点で、その割り切りの境地に行けるかでしょうね

どうせ食べるんなら、私をどうぞ。

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[植物]樹林。みんなが生きる

植物のかしこい生き方、第二章「あらがわない」から

エゴを捨てて、潔く
運命に逆らわず、仲間と生きることを選んだとき
孤独から解放される。

樹林

山や林、森には、色々な種類の植物が育っている。

植物たちはそれぞれに寿命もあり
病気で朽ちる事もあります

また、葉が落ち葉になる事もあります。

地面に落ち、横たわった植物たちは
誰かが片付ける事もなく、自然に土に還っていきます。

微生物たちがいるからです。
微生物たちは植物を分解し「腐葉土」を作り出します。
栄養たっぷりのこの土は、朽ちた植物の仲間だけではなく
その地域全ての植物を豊かに育てます。

結果から逆算すると
植物は、その地域全体の植物のために命を断つように見えます。

役割
林の植物を大きく区分すると3つに分けられます。
1.背の高い植物
2.背の低い植物
3.地面を覆うような草

植物にとって、光と水分は光合成で生きていくために欠かせないものです。
でもこの二つは相反するものでもあります。
光が強いと、水分は蒸発して無くなってしまいます。

この事が、植物にとって、得手不得手の分かれ目になり
助け合いの決め手にもなります。

背の高い植物は太陽が得意
強い光もへっちゃら
でも、地面が乾いてしまっていれば水分を根から吸収できません。
地面を覆う草の出番です。
地面から水分が蒸発しないように守ってくれます。

背の低い植物は、強い光があまり得意ではありません。
背の高い植物が強い日差しから守ってくれ
適度な光と適度な水分の快適空間で、そこそこに暮らします。

地面を覆う草は、光は残り物で十分
水さえあれば何とかなります。
強い日差しは高い植物と低い植物に遮ってもらっています。

もし、高い植物だけが、競争に打ち勝った勝ち組なんだとしたら
負け組たちは存在していない筈です。
高い植物だけの世界があれば、水分不足で、高い植物もやがて無くなるでしょう。

動物は、その中でも人間は競争や戦いで物事を考えがちです。
長い間で最適バランスとして形づくられた環境があったとしても
「自分」というひとつの個体にとってあまり有利でなければ
それを変えようとします。

動いて、戦い、ねじ伏せようとします。

植物は元々そんな事を考えていないように見えます。
「自分」に、そう重きを置いていないように見えます。

頭から足までの体、という単位に一つの心

でも、ひょっとすると植物は、一つ一つの植物でなく
ぼわっとした地域の広がりに、一つの心を持っているのかも知れない。

みんなで生きる、ではなく
みんなが生きる、なのかも知れない。

もちろん正解なんて分からない
植物の心を見たことある人は誰もいない

でももしそういうことがあるのなら
命は永遠

一つ一つの植物の死は、
人間でいうと一本の髪の毛が抜けるほどのことなのかも知れない。

命ってなんだろう
幸せってなんだろう

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[植物]ミズナス。「ない」から成長できる

植物のかしこい生き方、第二章「あらがわない」から

「ない」から強くなれる
「ない」ときこそ 力をためれば強くなれる

ミズナス

大阪府岸和田市の特産品でもあるミズナス

ある時期に、土がカラカラになるほど、水が断たれるとおいしくなる

ナスやトマトを栽培するときも、何日間か水を与えず、
そのあとたっぷりの水を与えるという栽培方法がとられる事があります。

水を断つと枯れる訳なので
その時期と期間を間違えば台無し。
その加減が難しい栽培方法ではあります。

潤沢に水分があると、根はそれほど頑張る必要がない

でも水がないと

いかんっ
喉カラカラ
どこだ、どこに水がある

と必死で根をはやす

ガンガンガッシリと根をはやしたあとに、豊富に水を与えると
水分の吸収能力が格段に上がっているので
どんどん吸い込んでどんどん成長

水だけじゃなく、必要な養分を吸収する能力も高まっているから
美味しいミズナスが出来上がります。

前にお話ししたハイポニカトマトとは全く逆の考え方です。
ハイポニカトマトは、土を使わず、水に一定の養分を含んで
全くストレスを与えず最大限の能力を引き出す方法でした。

プロ野球チームでは、一時期基礎を徹底的に叩き込む厳しい監督が続いて
そのあと、雰囲気を盛り上げる人心掌握術にたけた監督に変わると優勝する事があります
阪神の野村克也監督の後の星野仙一監督なんてそうなんじゃないかと思っています。

それと一緒ですね。

冬の寒さを地中でしのぐ植物たちの多くは、
寒さの中でじっと耐えつつ
春に備えて、根を伸ばす事に頑張ります。

今が勝負の分かれ目だっ

準備
うまく行かないなんていくらでもある

環境を変えようと思いがちです。
でも環境を変えられない植物の生き方も参考になります。

ラッキー 今が勝負の分かれ目なんだな

来るべき春に備えて
準備準備

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