[なぞなぞ]二人の兄弟。おんなじ身長。

世界のなぞなぞシリーズ
今回は中国です。

なぞなぞ
二人の兄弟。
おんなじ身長。
毎日食べても太れない。

答えはすぐ後なので隠しながら考えてね。

◆◆◆答◆◆◆

世界的に見て、「箸」ってどれくらい使われているのか
なんと、箸が3割、スプーン・フォークも3割、手が4割なんですって

これ、意外。
スプーン・フォークが8割くらいかと思っていた。
東洋が箸、西洋がスプーン・フォークというのはイメージ通り。
ヒンズー教、イスラム教の地域は手、なんですって。

なぜ、人は箸やスプーン・フォークを使うようになったのか
やっぱり、火の使用が大きいようです。

あつっ

箸か、スプーンフォークか
では、箸か、スプーンフォークかが
どういう理由で別れていったのか
いくつかある理由の中で大きいのが、穀物の粘り具合

東アジア地域の米は、粘りけが結構あるので、箸でも固まりとしてつかむことができる。
でも、中近東やアフリカ等の米はパサパサしていて、
箸ではつかみづらい
すくう道具が必要だった。
元々は西洋じゃなかったんですね。

日本の文化
箸って日本の文化とばかり思っていたけど
3割も箸なんだったら、日本日本してないのかな
いえ、実は日本だけって特徴があるんです。

日本って、例えばお味噌汁でいうと
具は箸で食べて
お汁は、お椀を口に持っていって飲みますよね。
他の国は、そういうことをあまりせず
食器をテーブルに置いたままのことが多い。

ってことになると
例えば中国では、お箸とレンゲというふうに
組み合わせて使っている。

箸だけで完結させるという文化は日本だけなんですって

そういうと、ここ数年で変えちゃったんだけど
以前は、茶碗蒸しも箸だけで何とかしてた。
みんなはスプーン使ってるけど
茶碗蒸しにスプーンはないだろうって

でも、試しに使ってみると
あれっ?
むっちゃ楽
端っこまできれいに食べれるし

降参!

器用
日本人が、手先が器用なのも
箸の影響は大きいでしょうね
おかげで、その流れで精密機器の分野にも強くなって
何事にも原因とか背景とかがあるもんですね。

慶喜、クーデターで、さあどうする

徳川慶喜シリーズも大詰めです。
慶応3年の後半です。

諸侯会議
10/14の大政奉還で政権がガラッと変わった。
天皇を核とし、各藩が会議で物事を進めていきましょう。

10/21 各藩に、京都に来てください。
 でも出足が良くない。
10/25 重ねてお伝えします。出てきてください。
 期限は11月末ね

でも、結局、僅か16藩のみ

不思議です。
マンションの管理組合の総会とは訳が違います。
ああ、もったいない。

12/8に朝議をやろうと岩倉具視(いわくらともみ)が計画。
慶喜も、佐幕派の会津藩・松平容保(かたもり)、桑名藩・松平定敬(さだあき)も呼ばれていたが欠席。
野党の国会ボイコットみたいなもんですけど。
ああ、もったいない。
翌日にクーデターが予定されているとは思っていなかったんでしょう。

決定したのが、3つの復権。
長州、三条実美(さねとみ)、岩倉具視

そして、その翌日の12/9 薩摩藩兵が京都御所の全ての門を固める

王政復古の大号令
岩倉具視が王政復古令を明治天皇に奏上
明治天皇は前もって集めておいた親王、諸臣を集めて「王政復古の大号令」を発した。

あっけなく、クーデター成功。

今までの全ての役職は撤廃。
臨時に三職を置く。
総裁 有栖川宮熾仁親王
   和宮の元婚約者ですね
議定 松平春嶽、山内容堂、島津茂久…..
参与 岩倉具視…….

極端な倒幕派一色。

その後すぐ、三職で会議。
議題は、徳川家処分。

山内容堂は、
慶喜公も出席させるべきである
と怒鳴る
その後、失礼な言い方をしてしまい、
岩倉具視に一喝される。
松平春嶽はぐずぐず抵抗するが、力にならず。

いわゆる辞官納地
慶喜にすべての職を辞職させる。
徳川家でもなければ大名ですらない
どこの藩にも属さない、一介の浪人。
さらに、全ての領地を返上。
無一文になる。

大政奉還では、徳川家は残る筈だった。

決定。

これがクーデター。

伝えに行く役に春嶽が指名される

受けるか
もちろん、薩摩はその次を考えている。
慶喜が受けないとなると、戦しかない。
もともと、薩摩は実力行使での倒幕で決まっている。
大政奉還で土佐に先を越されたが、数ヵ月ずれただけのこと

戦の準備は終わっている。

既に伝わっていた。

春嶽到着。

勅諚ですか。
ならば着替える。

二時間待たせて瞑想。

将軍職を辞することは慎んでお請けつかまつる。
辞官納地についても依存なし。
しかし、今は即答できない。
いずれはお受けしますが、人心が沸騰している。

騙された。
ただ、薩摩に負けたというだけのこと。
挑発に乗っても勝ち目はない。

ただ、京にいる徳川軍1万弱。直属軍5000、会津3000、桑名1500
特に会津と桑名がことごとく開戦を叫んでいる。

説得を重ねる。
でも、どうにもこうにも言うことを聞かない。

松平容保と松平定敬が
このままだと爆発するでしょう。
まずは京を放れ、大阪に移りましょう。

これには、素直に従った。
決戦の準備と考えたからだろう。

江戸のお風呂はどうやっても混浴

お風呂好き
江戸時代の江戸っ子は風呂が大好き。
最低でも、朝の仕事前、夕方の仕事後の2回は入ります。
4~5回入るのも珍しくない。

入浴しすぎて、肌はパッサパサだったらしい。
江戸っ子はこれが自慢。
垢抜けしたとは、このこと。

銭湯
住宅事情がとても狭いので、よほどの金持ちでない限り自宅に風呂はない。

営業時間は朝8時から夜8時
平均して120円くらいなんだけど
良くいく人は「羽書」というフリーパスがあって、とってもお得。

混浴
当時は全国的に混浴。江戸もまたしかり。
でも、なんとあの松平定信がいらんことします。
寛政の改革ですね
混浴禁止。

庶民にえらい不評。
その時に流行ったのが、男湯の2階から女湯の洗い場が覗ける格子窓のある銭湯。

松平定信が失脚すると、
待ってました!

一気に混浴が復活します。
面白いですね。
男性だけでなく女性もその方が良いってことなんでしょうか

50年ほど経って、今度は水野忠邦
天保の改革ですね。
混浴の禁止。

またまた何ちゅうことを。
はい、失脚
はい、復活。

庶民はどうしても混浴が良いんですね。

そして、最終的に
明治二年、新政府が厳重な取り締まり。
少なくとも東京からは、混浴は根絶されます。

明治維新と言えば、
えらく反発された法律がある
今で言う軽犯罪法
その中に、裸で外を歩いちゃいけないというのがある。
これが、みんなに大不評。

現実にはすっ裸というのではなく
たとえば、下半身は、
尻っ端折り(しりっぱしょり)で、ほぼフンドシだけ
みたいなのがダメ。

てやんでえ
粋でいなせなこちとら江戸っ子でいっ
ちゃんちゃらおかしいやいっ。

話を戻して、江戸時代の混浴。
実は、混浴といっても思ったほどは良く見えない。
構造に特徴があるからです。

構造
今の銭湯と違うところがいくつか
湯船のちょっと手前にある、ざくろ口というもの
天井から大きな板が下がってきていて、
そこをくぐって入る

そのおかげで中は湯気がもうもう
電気もない時代
暗いので、人影がようやく判別できるくらい

危ないので、声をかけながら入っていく
前お話しした
冷えもんでござい
あるいは
田舎もんでござい
あるいは
枝がさわります

由美かおるさんは撮影用ですね
あのシーンが湯気もうもうなら、クレーム電話殺到ですね

脱衣所と洗い場が壁で仕切られていないのも違うところ
ってことになると
洗い場では見えると思うんだけど
そこは書いてなかったので良く分かりません。

なんと、銭湯が見合いの場に使われたこともあるというので
今とは感覚が違うのかもしれません。

脱毛
その頃の銭湯に必ず置いてあって、今は置いていないもの。

男性用の毛抜きと毛切り

先ほどお話しした、尻っ端折りの時にヘアのはみ出しを防ぐため。
それなりに大変だったんですね。

二階
銭湯と言えば、何と言っても二階

江戸って、江戸東京博物館や、深川の博物館へ行くと
つくづく実感として分かるんだけど
まあ家が狭い。

外国人から、うさぎ小屋って言われたこともあったけど
江戸に比べりゃ広いもん。

家にいると気が滅入るので
あまり家にいない

台所仕事は、最低限のことだけを家でやって
あとは、共同の井戸のところに集まって
ワイワイ良いながらみんなでやる
だから、井戸端会議。

男衆は、何かというと銭湯の二階。
サロンになってます。

喫茶コーナーがあって、かりんとうだのせんべいだのが置いてある
本を読んだり、居眠りしたり、囲碁を打ったり。
風呂屋の二階が生活の中心だった。

ノンプログラミング、早く納品できる3つの理由

ピンク丸の部分を説明する前に
なんでそんなに早い時点での納品が可能かを説明しましょう

なぜ可能か
3つあります。
1.ノンプログラミングで効率良く開発できるから

これは分かりやすいですね。
この当時のノンプログラミングは今のノンプログラミングに比べて
まだまだちゃちかったんですが、
それでも納期の三分の一位で納品できちゃう。

今はもう、さらに一歩進めて
いきなり納品
という表現を使っています。

2.お客さんと喧嘩するつもりがないから

1.はスピードの問題でした。
2.は工程の問題です。
実は、考え方を変えれば
ごそっと要らなくなる仕事があります。

お客さんと喧嘩しないための仕事をごそっと要らなくできる。

打ち合わせと仕様書書きです。
業界内部の人以外は、
6ヵ月の開発期間があれば
ほとんどをプログラミングに費やすと思っておられます。

えっ、違うの?
はい違います。

半分以上がドキュメントと言われる書き物を書くことに費やします。

いくつか意味合いがあるんですが
ひとつは、お客さんとの意識のすり合わせ用です。

いきなり納品で、実際に使ってもらって残りの長い時間
ALL YES で要望に答える
その前提があれば打ち合わせはホントにばくっとで良い。
すりあわせのための仕様書だって要らない。
これがなくなれば、ボコッと仕事が必要なくなるのです。
早く納品できるわけです。

仕様書にはもうひとつ大きな意味合いがあります。
SEからプログラマーへの発注の手順書です。
ノンプログラミングでは、一千万やそこらのそこそこのシステムでも
1人か2人で組めちゃいます。
設計する人とプログラミングする人が一緒で良い。

でも、これIT業界の人に対しては強調しちゃダメなんですね。
猛反発を食らいます。
仕様書をどれだけきっちり作るかが良いシステムを作るために
一番必要なことだと思い込んでおられますので。

3.作らないから

今までのは、どういうふうに作るかという話ですね。
今度は全く逆です。
どう、作らないようにするかという話です。

3-1.全部は作らない
3-2.開発者が作らない

という2つのことを意味します。

今までの話は、世の中に、
効率の良いシステム作りをうたった商品があるにはある。
比較の問題になります。

でも、作らないための商品は
Dcon(でーこん)以外に見たことがない。
だから新しい言葉を作ったんです。
ノンプログラミング。
あくまでもハイスピードプログラミングとかではない。
ノンなんです。

いよいよピンク丸の話をしましょう。
もう一度おさらいね
黒丸がどうしても必要な機能、3割
黄色のアンダーライン、必要ない機能、3割
ピンク丸、ほとんど使ったことはないけど、無くすのもどうかなという機能4割

講義で
黄色は、お客さんから要らないと言われているので、はなから作るつもりはない。
ピンク丸についてどう言ったか

ピンクの丸をつけていただいた機能ですけど
作りません。
でも大丈夫です。
作れます。

私たちは作りませんが
あれっ、やっぱり要るか、となったその時点で
皆さんで、ささっと作れる仕組みを提供します。

ピンク丸の機能は全部帳票ですね。
勘定科目、部門、期間
その3つの要素を完全に自由に組み合わせて
どうとでも出力できる汎用帳票というのをお渡ししましょう。
そして、一緒に練習しましょう。

実際に
実際に2か月後汎用帳票の勉強会をし
みんな一つずつ好きな帳票を作ってもらった
そしてその後も、さらに、6ヶ月の納期を越えたそのあとも、
自分達でどんどん帳票を作っていったと聞きました。

これです。
これがしたかったんです。

ノンプログラミングは作らない技術。
作らないのにむしろ満足度が上がる仕組みなんです。

当時はまだまだで、汎用帳票という帳票のレベルで
なおかつ、会計に限定していましたが
今のDcon(でーこん)は
もっと劇的にお客さんがさっと出来ちゃえる範囲が広がっています。

まとめると
今までの3つの話をまとめると
1.早く作れる
 控えめに言って半分の5割だとしましょう
2.ごそっとやらなくていい工程がある
 打ち合わせ、仕様書作成、テストで実に7割を占めています
 掛け算なので、0.5×0.3で0.15
3.作らない
 黒丸だけしか作らないので、さらに0.3を掛けると0.045
5%にも満たないということになります。

ここまでくると全く違う世界が広がってきます。

大儲け?
大儲けでウハウハだとお思いでしょう。

確かに儲かるのは儲かるんですが
95%利益が出るってことにはならない。

なぜなら、そこで出たたっぷりの期間とたっぷりの予算を
システムをより良くするための改良につぎ込むからです。

前回お話しした、ALL YES です。
それをやるから、ピンク丸を全くやらなくても
気持ち良く了解してもらえる。

次回は、ノンプログラミングの本当の目的について
私の特異な人生を振り返りつつ
踏み込んでいきたいと思います。