目一杯出会う人生と、それほどでもない人生

[街角]幸せの伝道師と夢のような出会い
この時お話ししたイベント当日がいよいよやって来ました。

今まで、ウォーキングイベントを何度もやって来て
歴史だったり、自然だったりが大きなテーマ

管理人をやらせていただいている、ウォーキング同好会は
そういうイベントのために集まってくれている訳です。

送水口を眺めて歩くなどという、
やったことない企画、どうだろう。
恐る恐るあげてみたら
みるみる定員になった

そして、今日

やっぱり、同じだった。
まるまる幸せの伝道師だった
みんなも、言っている意味が分かってくれた筈

思えば不思議です。
送水口は消防設備だから絶対必要なもの

でも、「送水口かわいいって思う」ことは
あっそう、っていうくらいの
世の中ではどうでも良いこと

何でしょうね
何で、こんなに感動するんでしょう

正直言うと、それが送水口であってもマンホールであっても百人一首であっても何でも良くて
送水口を好きで好きでたまらない、っていう人の問題。

それは出会いというものを呼び、繋がりができる
あやさん、村上館長、そしてまたあやさんに戻ってきて、ジョージさんに繋がり
そして今日、村上館長の奥さんにまで出会えた

それは、私だけじゃなく
イベントに参加してくれたウォーキング同好会のメンバーが一気に。

出会いや繋がりがなければ人間って生きていけないように出来ている。
おそらくそういうこと。

でも、そういうことはそこそこでも、どうっちゅうことはない

生き方をどう選ぶかという事

目一杯出会う人生と、それほどでもない人生
どちらが良いですか

はい、前者でお願いします。

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不老不死の庭園

庭園シリーズです。

前回、浄土式庭園をお話ししましたね

庭園が何を表そうとしているか、で
極楽浄土でした。
死んだあと、極楽に行ける。

今度の庭園は、そもそも死にません。

神仙
時代的にはかなり古くなります。
そもそも庭園って、平安より前の奈良時代、
さらにその前の飛鳥時代から、
かなり作られていると思われます。
遺跡からも庭園が出土しています。

万葉集で中臣清麿邸で行われた宴席での一首
鴛鴦(おし)の住む君がこの山斎(しま)今日見れば馬酔木(あしび)の花も咲きにけるかも

当時、庭園のことは「しま」と呼ばれていたようです。
最初から庭園の主役は池です。
おそらくその中に島をもうけることは
それはそれはすごいことで

おおおーっ
しーまー

なぜかをお話ししていきましょう。

そんな古代には、人々の憧れの地は何といっても中国
夢のワンダーランドでございます。

そんな中国で流行った庭園があります。

中国の中で中国人が夢のワンダーランドと思った場所があるのです。

七福神とかを調べるとつくづく分かるのですが
中国の人にとって圧倒的にダントツで手に入れたいもの
それは不老不死です。
不老不死のためなら死んでも良い。

秦の始皇帝
何もかもを手に入れた
最後のひとつ

神仙思想
神仙思想というのがあって
東のずっと果ての海の中に、
蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)という三つの山があって
そこに不老不死の仙人が住むというもの

始皇帝って結構素直だったのかそのまま信じて、徐福というひとに
そこ行って仙人になる方法を聞いてこい
大金を使わします。

徐福は大金を持って行った先

お気づきでしょうか

古代の日本人は、中国を夢のワンダーランドと憧れていたけど
それよりずっと前は、中国から見て東の果て、そう、日本を
夢のワンダーランドと思っていたのね

徐福、日本に来たけど
その頃の日本って、まだ弥生時代
大金持ってたってどう使うよ

そのあとどうしたのか
結局、始皇帝の元には戻らなかった

待ちきれない始皇帝、
今度は別の人が
不老不死の良い薬ありまっせ

水銀飲んじゃった
残念!
死んじゃった

武帝
おかしな人がいたもんだ
で終わると思いきや

色々あったあと、また強大な国が出来て、
漢の武帝
またまた、不老不死に凝っちゃった。

この頃になると、蓬莱山は良いんだけど
他の山が増えたり減ったり入れ替わったり

一体何が正しいの?

何だか流れて言っちゃったらしいですよ

そんなにすぐに流れて行くんじゃ
大きな亀に島をくくりつけて
流れたとしても引き戻せるって設定にしよう
良いね良いねそうしよう

って事で
海の中に大きな亀がいることになります。

武帝は、庭園を作り
池を作って
その中に島を作る

蓬莱山と亀島
二つ作ったら三つ作りたくなるのが人情
亀の相方連れてこよう
相方?はい、鶴ですね

鶴島、亀島、蓬莱山
千年、万年、不老不死
ホップステップジャンプで、完璧です。

この神仙式庭園が大流行

とは言え、大昔の話なので、そのあと廃れた流行ではなく
ほとんど全ての庭園がこの影響を受けています。
浄土式庭園も枯山水だって

池の中に、蓬莱山と言う名前にするかは別にして島は作りたくなるし

鶴と亀はどこかにある
島でも良いし、石でも良い
平べったいのが亀で、背の高いのが鶴

庭園の島だけじゃなく
実際の島にも
亀島鶴島は全国いたるところにある


まさしく亀と鶴ですね

水のない枯山水だって、ほれこの通り
海原の中に、左から、亀島、蓬莱山、鶴島

庭園を見て、平べったい石とか、背の高い石とかを見たら
亀やーっ
鶴やーっ
と叫んでね

島を見たら、
蓬莱山やーっ

庭園鑑賞がグッと盛り上がることうけあいです。

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[巫女さん入門] 絵馬について

巫女さん入門シリーズです。

絵馬って良く見ますね。

神馬
昔は、神社に馬を奉納したんですね。
馬は神様の乗り物だからです。
神馬(しんめ)と言います。

どこだったか覚えていないんですが
ウォーキングしていて、実際に神社に神馬がいてビックリしたことがあります。

テレビで見ましたが
伊勢神宮にも神馬がいました。

なかなか、馬を奉納するのは難しく
馬の木彫りを奉納するようになります。
これは、何度か神社で見ました。

それもちょっと大変ね
ってことで絵馬になるわけです。

遺跡からも出土していて
奈良時代から既に絵馬はあったようです。

絵馬は省略された結果ではありますが
ここで終わりじゃないんですね。

クイズです。

絵馬に書かれたデザインは何でしょう

あまりにも簡単ですね。

馬に決まっているでしょう

うーん
半分正解

最初は馬の奉納だったから
お金持ちだけだったけど

絵で良いとなると、ぐぐぐーんとハードル下がります。

僕も願い事しようかな
私もね

馬の絵書いたら
うっそー、何それ、犬?

うるさいわ
確かに絵心はございません。
さらに字も書けないし。

目の病気治して欲しいから
目の絵、書いちゃえ
これだと神様もすぐに分かるよね

おー、グッドアイデア

目だの足だの、好きな女の子だの

一方でお金持ち
差別化をはかりませんとね。

名のある画家に綺麗な絵を書いてもらったり
どんどん大型化していったり

そうなると、神社だって
これは、ほら、あの巨匠が書いてくれた絵
集客にも繋がるわけで
絵馬を飾るための、特別な絵馬堂とか絵馬殿とかも作っちゃったり。

また、神社も差別化を図ろうと、馬以外の動物を書いたりします。
その神社の祀っている神様の使いの動物っていうのが多いかな
ねずみとか、鳩とか
ねっ可愛いでしょ。

前、お話しした毘沙門天だと、使いはムカデ。
可愛くはないか

江戸時代になってくると、和算の時にお話しした
数学の問題を書いた絵馬なんてのも人気をはくします。

神社は庶民のコミュニケーションの場であり
能楽堂は歌や踊りの
絵馬は、絵や書や和歌や数学などの作品の、発表の手段にもなったんですね。

不思議です。
今、絵馬って、願い事を書いて奉納する元々の形ばっかり

出版や映像や、今ならインターネットやユーチューブが発達してくると
絵馬って、機能がしゅるしゅるしゅるって元のまで縮小しちゃったのかな

願い事
神社にいくとついつい他の人の願い事をチラ見しちゃいます。
特に、たどたどしい字で書いた小さな子供の願い事。

それで思い出したんだけど
善福寺公園に行ったとき
野外アートフェスティバルみたいなのを公園でやっていたのね

絵馬って家みたいな形しているから
みんなに協力してもらって家に関わる何かを書いてもらい
いっぱい吊るす、というアートもありました。

そこで、思わず吹き出したのがこれ

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[昭和歌謡]41 翼をください

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

翼をください
赤い鳥
作詞 山上路夫 作曲 村井邦彦
1971年

♪今、私の願いごとがかなうならば、翼が欲しい

続々と、好きな分野が出て参りますよ

何と言っても高校の時、フォーク同好会の会長やっていましたのでね

赤い鳥
5人のメンバーはこのあと、フォーク界をずっと盛り上げていってくれます。
解散して、2人と3人に別れるんですが
2人の方が、紙ふうせん。「冬が来る前に」がヒットしましたね
3人の方が、ハイファイセット。「卒業写真」「冷たい雨」「フィーリング」すごいすごい

路線上の違いで別れたと言いますが
同じ路線としか思えません。

ハイファイセットの卒業写真と、作詞作曲のユーミン自身が歌う卒業写真
目を閉じれば綺麗に違いが頭の中で流れます。

私の中で更にごっちゃになるのが、五つの赤い風船
赤と風船がありますのでね。
こっちは歌い方、ちょっと違います。
遠い世界に、です

♪遠い世界に旅に出ようか それとも赤い風船に乗って

フォーク界の巨匠、西岡たかしです。

翼をください
この曲、最初は「竹田の子守歌」のB面でした。

B面って懐かしい表現ですね
今の人は訳分からないでしょうね
ダウンロードすればいいので、レコードに取って変わったはずのCDすらあまり見かけない時代。

なんで竹田の子守歌かというと
その曲で、ヤマハのコンテストで優勝したから

同じコンテストにチューリップの財津和夫と、オフコースの小田和正も出場していた。
財津和夫はオフコースを聴いて「負けた」と思い、
オフコースの小田和正は赤い鳥を聴いて「負けた」と思った。
分かるわあ、この話。

この時のコンテストを会場で聞けた人は一生の宝物ですね。

一方の「翼をください」
「合歓の郷」で開かれたプロ作曲家コンテスト「合歓(ねむ)ポピュラーフェスティバル’70」のための曲として作られ
赤い鳥メンバーがこの曲を提供されたのはレコーディングの2時間前、っちゅうんだからすごいですね

ハーモニーも完璧に仕上げる必要があるわけですよね
天才なんでしょうね

のちに、合唱コンクールとかで、定番曲になって大ヒット
曲の流れは覚えやすいけど、うまく聴かせるのは至難の技という、こういう曲は
合唱では、勝負の曲ですね

空を飛ぶ
この歌、私の中では
加藤登紀子(中島みゆき)の「この空を飛べたら」とセットで
空飛びもの

何度口ずさんだだろう。

切実に空を飛びたい。

一生の内に一度はやってみたいことの二つが
着ぐるみに入ってみたい

パラグライダーで空を飛びたい

ああ、飛びたい

毎日、横で二人でビュンビュン飛び回っているんですよね
セキセイインコのくうちゃんとシャケちゃん

ああ、うらやましい

昔は飛べた
あまり大きな声では言えないんですけど
子供の頃は、飛べたんです。

それほど高くは無理で
フワッと浮いて、塀を飛び越えたり
人の高さの倍ぐらいの高さかなあ
1分とかは無理で息を止めていられる間くらい。

浮き出す時のコツがかなり重要で
自分の意識の中で重心を上に上げていくというか
体重を無くしていくというか
けん玉の玉をフワッ投げ出して、フワッと受けとる感じ

は?
でーこんヤバいよ。クスリやってんじゃないの
ですね

現実に無理なことは分かっています。

でも、夢だったと言い切ってしまうには
あまりにも何度もあり、
あの感覚が具体的に体の中に残っている

現実と非現実との狭間が不明確になる時期が
子供の頃の一時期に存在するのかも知れません。

絶対内緒ね
世間に知れたら
病院送りになります。

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