[昭和歌謡]41 翼をください

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズです。

翼をください
赤い鳥
作詞 山上路夫 作曲 村井邦彦
1971年

♪今、私の願いごとがかなうならば、翼が欲しい

続々と、好きな分野が出て参りますよ

何と言っても高校の時、フォーク同好会の会長やっていましたのでね

赤い鳥
5人のメンバーはこのあと、フォーク界をずっと盛り上げていってくれます。
解散して、2人と3人に別れるんですが
2人の方が、紙ふうせん。「冬が来る前に」がヒットしましたね
3人の方が、ハイファイセット。「卒業写真」「冷たい雨」「フィーリング」すごいすごい

路線上の違いで別れたと言いますが
同じ路線としか思えません。

ハイファイセットの卒業写真と、作詞作曲のユーミン自身が歌う卒業写真
目を閉じれば綺麗に違いが頭の中で流れます。

私の中で更にごっちゃになるのが、五つの赤い風船
赤と風船がありますのでね。
こっちは歌い方、ちょっと違います。
遠い世界に、です

♪遠い世界に旅に出ようか それとも赤い風船に乗って

フォーク界の巨匠、西岡たかしです。

翼をください
この曲、最初は「竹田の子守歌」のB面でした。

B面って懐かしい表現ですね
今の人は訳分からないでしょうね
ダウンロードすればいいので、レコードに取って変わったはずのCDすらあまり見かけない時代。

なんで竹田の子守歌かというと
その曲で、ヤマハのコンテストで優勝したから

同じコンテストにチューリップの財津和夫と、オフコースの小田和正も出場していた。
財津和夫はオフコースを聴いて「負けた」と思い、
オフコースの小田和正は赤い鳥を聴いて「負けた」と思った。
分かるわあ、この話。

この時のコンテストを会場で聞けた人は一生の宝物ですね。

一方の「翼をください」
「合歓の郷」で開かれたプロ作曲家コンテスト「合歓(ねむ)ポピュラーフェスティバル’70」のための曲として作られ
赤い鳥メンバーがこの曲を提供されたのはレコーディングの2時間前、っちゅうんだからすごいですね

ハーモニーも完璧に仕上げる必要があるわけですよね
天才なんでしょうね

のちに、合唱コンクールとかで、定番曲になって大ヒット
曲の流れは覚えやすいけど、うまく聴かせるのは至難の技という、こういう曲は
合唱では、勝負の曲ですね

空を飛ぶ
この歌、私の中では
加藤登紀子(中島みゆき)の「この空を飛べたら」とセットで
空飛びもの

何度口ずさんだだろう。

切実に空を飛びたい。

一生の内に一度はやってみたいことの二つが
着ぐるみに入ってみたい

パラグライダーで空を飛びたい

ああ、飛びたい

毎日、横で二人でビュンビュン飛び回っているんですよね
セキセイインコのくうちゃんとシャケちゃん

ああ、うらやましい

昔は飛べた
あまり大きな声では言えないんですけど
子供の頃は、飛べたんです。

それほど高くは無理で
フワッと浮いて、塀を飛び越えたり
人の高さの倍ぐらいの高さかなあ
1分とかは無理で息を止めていられる間くらい。

浮き出す時のコツがかなり重要で
自分の意識の中で重心を上に上げていくというか
体重を無くしていくというか
けん玉の玉をフワッ投げ出して、フワッと受けとる感じ

は?
でーこんヤバいよ。クスリやってんじゃないの
ですね

現実に無理なことは分かっています。

でも、夢だったと言い切ってしまうには
あまりにも何度もあり、
あの感覚が具体的に体の中に残っている

現実と非現実との狭間が不明確になる時期が
子供の頃の一時期に存在するのかも知れません。

絶対内緒ね
世間に知れたら
病院送りになります。

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