庭園の水調達の苦労

庭園の種類を時代を追いながら見てきましたが
このあとは、庭園の中の各要素を見ていきましょう

遣水
色々な庭園を見てきましたが、
枯山水以外はやはり池が主役
そこへ、どう水を引くかというのが重要です。
池へ引く水の事を遣水(やりみず)と言います。

遣水がとれない場所では
池が作れないから庭園も作れない

京都
京都の場合は、地形的に北東が高いため
北東から遣水を取り
南の池泉まで寝殿と東対屋(ひがしたいのや)の間を通して引き入れるのが原則

流れは途中、寝殿と対屋の間の坪庭を通過しましたが、
ここに京都の嵯峨野や紫野などの趣きある野原の風景を再現するため
「野筋」と呼ばれるゆるやかな起伏を作り、
野草を植えて虫を放ちました。

浅いせせちぎが涼しげに流れるという感じ

できるだけ蛇行させ,石を置いて流れに変化をつけ、
水が白く波立つ面白さや
水音にも細かく気が配られました。

せせらぎを見て手で触り楽しむため、
必ず石橋(板状に石を加工して作った橋)を
低く架けるのがグッド

桂離宮
桂離宮の遣水はかなり大々的で
舟を漕ぎ出して、遣水を遡り
桂川まで出られます。

そのまま、当時の観光地
丹後や有馬等へも出掛けられました
便利便利

池泉なし
最初の頃は、池泉なしで遣水だけというのもありました。
最初は、遣水こそが必須要素だったのです。

曲水の宴が有ったからですね

上流側で盃を流すんですが
その時に短歌のお題を発表
自分のところに流れてくるまでに
歌が出来なければ罰ゲームとして盃を飲み干す

雅ですね

昔良くやった新人歓迎会での
イッキ イッキ
ってやつは、パワハラだってことで禁止らしいですが
これくらいだったら、みやびな感じでよろしいんじゃないでしょうか

江戸
江戸も結構起伏は激しいものの
武家屋敷の集まる山の手は
高台なので、基本的に水には苦労します。

何度か話に出ている神田上水や玉川上水など
生活用水の確保のため、大工事を繰り返して苦労します。

大名庭園でも、遣水の確保は重大問題
玉川上水の支流、千川上水沿いに
加賀藩下屋敷の大庭園や
六義園が出来ています。

加賀藩下屋敷の中には、石神井川が流れているので
石神井川から遣水を取ったんだと思ったら
この前、板橋観光センターのガイドさんが教えてくれました

石神井川は敷地内の一番低いところを流れているから
池泉に引き入れることが出来ない
もうひとつ高いところを流している
千川上水から遣水を取らざるを得なかったんです

なるほど、川がありゃ良いってもんじゃなかったんですね

生活用水のために苦労して作った上水を
庭園の池泉に使って、
こらこら何すんねん
と言わないところが
江戸の良いところですね

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ユキノシタ

花カレンダー始めました

成田屋留次郎は朝顔おやじ

江戸の理系力シリーズ

天文学、数学、医学、機械工学と来ましたね

さあ今日から、遺伝学と参りましょう
要は植物学ですね
ソメイヨシノの時期に、割り込みで伊藤伊兵衛やっちゃいましたけどね
ソメイヨシノを作った男は伊藤伊兵衛?

今回のテーマは朝顔
江戸の庶民に大ブームを2回もたらした。
第一次は、文化・文政年間(1804~1830)
第二次は、嘉永・安政年間(1848~1860)

まず、第一次ブームから

入谷
今でも入谷の朝顔市は有名ですね
第一次ブームは入谷から発祥するのですが
そのきっかけになったのが、丙寅の大火
下谷一帯は焼け野原になり、広い空き地ができた

江戸の警備とかを担当していた御徒組(おかちぐみ)という武士たちの屋敷が
下谷で焼けてしまう。
仕方ないので、この広い空き地で栽培をはじめたのが朝顔

その中でも一番熱心だったのが、大番組与力、谷七左衛門
大輪の花を咲かせたり、珍しい形の花や葉を作り出すことに成功。
変化朝顔と言います。
「朝顔屋敷」と呼ばれて、大勢見学に訪れる。

牡丹咲きというのは、この頃から出来てきたもの
牡丹を思わせる華やかな朝顔。


この第一次ブームで裾野が大きく広がることになります
植木屋はどっと増え
この時期は富裕層も増えていたので
珍しい朝顔のためなら、金に糸目はつけないという好事家も多くいました。

そんな中での第二次ブームです

成田屋留次郎
なりたやとめじろう 遺伝学者 1811~1891

変化朝顔って、人工交雑などの品種改良では出来ないんです。

普通の朝顔はその種を撒くと翌年も同じような花が咲きます。

変化朝顔の場合は、また咲くかも知れないし、咲かないかもしれない
根気よく何度も繰り返すしかない。

成田屋留次郎は全国から、変化朝顔が咲いたという情報を入手しては
そこへ出向いていって種を手に入れる
珍しいものであればあるほど種も高い値段になるが
好事家達のネットワークがあるので
今の値段に換算すると500万円もするような種でも買ってくる

例えば好事家の〇〇さんのお金で買った種
さあ、どうでしょう

ダメでした。普通の花

ほんまか、しゃあないな

ここで、文句を言ったら次に買ってもらえなくなります。

そんな博打のようなことを繰り返していても
根気よく、膨大な実験を繰り返していくなかで
留次郎は
こういうタイプの花や種であればこういう確率でこういう花が咲くという
法則性を見いだしていきます。

メンデルがエンドウ豆でメンデルの法則を発見する15年も前の事になります

三都一朝という本も書きます。


ちなみに成田屋というのは
市川団十郎の大ファンだったので
団十郎の屋号成田屋をそのまま、植木屋の屋号にしています。

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ツルハナナス

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[昭和歌謡]48 真夏の出来事

昭和ヒット曲全147曲の真実シリーズ

真夏の出来事
平山三紀(みき)
作詞 橋本淳 作曲 筒美京平
1971年

♪彼の車に乗って 真夏の海を走り続けた
彼の車に乗って さいはての町 私は着いた
悲しい出来事が 起こらないように

なになに?
悲しい出来事って

当時、ワクワクドキドキしておりましたが
良く良く歌詞を読むと単純に別れなんですね
ああ良かった
(良くない良くない)

おそらく別れを切り出されるだろうと思いつつ、ドライブする訳ですね
つらー

電車にしときゃ良かったですね
歌にならんか

まあ、独特な声
一度聞くと耳から離れません

この歌、準備万端
真夏の大ヒットを狙って5月に発売

ところが火がつくのが遅くて
急に大ヒットしたのが、秋になってから

さあ、歌っていただきましょう
平山三紀さんで、真夏の出来事
今は秋ーっ

ところで、さいはての町ってどこなんでしょうね
北海道?青森?
橋本淳さんが、イメージしていたのは神奈川県油壺
友達の別荘から見た、油壺の海の景色に触発されて書いたらしい

都心から車で、一時間半
行きやすっ

ちなみに、平山三紀の別れた元旦那は
バンバンのばんばひろふみ

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エニシダ

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