[ことば日本史]雅楽から。二の句が継げない。二の舞

「ことば日本史」から
平安時代です

雅楽から
呪術や陰陽道の話はしました。
また、貴族の中では、雅楽も大流行

もともとは大陸から伝わった音楽である雅楽も、
平安時代半ばになってオリジナル曲が生まれるようになった。

今、平安時代の優雅な雰囲気を映画に再現しようと思ったら、きっと雅楽は欠かせない。

雅楽は、もとは大陸から伝わった音楽の総称で、
その伝来は、おそらく630年、遣唐使が派遣されてあたりから

持統天皇の時代には役職としての楽人のいたことが確認され、
701年の大宝律令や、718年の養老令には「雅楽寮(うたりょう)」という、
雅楽の教習施設についての規定も見られる。

当時の雅楽は、「式楽」という政治的な意味の強いものだったが、
九世紀には娯楽的性格を強め、十世紀ともなると、
「御遊」として、もっぱら鑑賞のための管楽が行われるようになった。

そんな風に貴族の中で一般的になってくると
そこから、日常語となった言葉も出てくる。

二の句がつげない
雅楽の朗詠は、詩句を三段にわけて、それぞれ一の句、二の句、三の句という。

一の句は低音域、
二の句は高音域、
三の句は中音域となっており、
一の句から二の句へつぐところが難所とされ、
声が出なくなることもあった。

それが 「二の句がつげない」という事。

二の舞
奈良時代に伝来した伎楽(ぎがく)の演目「安摩(あま)」は、
まず蔵面(ぞうめん)というちょっと変わった仮面をつけて
笏(しゃく)を持った舞人二人で舞う。

その舞が終わる頃、笑う老翁(咲面(さきめん))と病顔の老婆 (腫面(はれめん))が登場し、
先ほどの「安摩」を真似る「二の舞」が始まる。

でも酔っぱらっちゃっている二人。
真似ているつもりでも、
全然出来てませんけどぉ
と、滑稽な仕草で笑いを誘う

そこから、先行するものを真似てしくじることを「二の舞」というようになり、
さらにもうちょっと意味が変わって
先に人がしくじったことを繰り返すことを意味するように変わっていった。

[日本語]シリーズはこちら(少し下げてね)

[首相]31-2 幣原喜重郎。象徴天皇制と戦争放棄のセット

[首相]31 幣原喜重郎 まあ、そう言わずに
の続きです。

首相になった幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)
マッカーサーに会いに行きました。
ポツダム宣言受諾から、まだ2ヶ月

ハロー、マッカーサー

オー、シデハラ、ナイストゥミーチュー

ワンツースリーフォーファイブ
わかる?ゴダイカイカクね

幣原に言い渡された指令が、戦後復興に向けた、社会的基盤と諸制度を根本的に変える政策でした。

婦人の解放、労働組合結成の奨励、学校教育の自由主義化、警察・ 司法制度の改革、経済制度の民主化の5項目です。

今思えば、よくもこんなにも根本的なものばかり、一気にと思います。

マッカーサーにとってこの5つの改革は 憲法改正が前提だったので、幣原にはあえ 憲法の自由主義化をも命じました。
婦人の解放
いよいよ、婦人に参政権を与えられることになりました。
加藤高明首相の時に「普通選挙」が実現しましたが
それでも、女性には参政権が与えられていなかったんです。
男女平等
新選挙法下で行なわれた最初の総選挙で39名の女性国会議員が誕生しました。

労働組合育成
新憲法にも 「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と規定され、これにより1947年(昭和2) 4月7日に労働基準法が公布されました。

教育の自由化
教育の自由化は、1947年3月3日に教育基本法が公布され、
男女共学で義務教育が9年となり、同日、六・三・三・四の新学制の学校教育法が公布されました。

警察・司法制度の改革
警察・司法制度の改革によって、政治犯の釈放をはじめ、
秘密審問司法制度の禁止、特別高等警察廃止、治安維持法廃止など、
戦前からの悪弊を絶ったのです。

経済制度の民主化
経済制度の民主化は、財閥解体と農地改革

GHQには財閥が「日本軍国主義を制度的に支援した」という認識があり、
地主制度もまた軍国主義の一端であるとして、
軍国主義の基盤であった社会構造とそれを支えた経済体制を
根本的に改造するのが目的だったのです。

そして、これらの改革のベースになるのが憲法です

シデハラ、悪いけど、憲法考えてくれる?

憲法
幣原には、実現したい二つの事があった

天皇制の維持と戦争の放棄
天皇制は、彼の頭の中ではもともと「象徴」天皇だった
人間宣言が前提であった

マッカーサーは天皇制の維持に理解を示すが、
国際的にはかなり厳しい状況にあった

そこで、戦争の放棄とのセットにした。
もともと平和主義者ではあったが
戦争放棄なんて、戦前にはとても実現できるとは
彼自身考えていなかった。

ただ、日本は戦争に負けた
戦争に負けた国だからこそ出来ることがあるのではないか

世界に類を見ない「戦争放棄」という考え方

日本国憲法はアメリカから押し付けられたもの、という見方は強いようだ

ただ、どうもそうではない
条文を作ったのはアメリカかもしれないけど

象徴天皇制、と、戦争放棄という考え方は
幣原からマッカーサーに提案されたものだった。

マッカーサーとしては「渡りに船」と
その考え方をベースにしつつ、憲法をくみ上げて行った

[首相]シリーズはこちら(少し下げてね)

[迷信]5 夜に口笛を吹くと蛇がくる

「科学で読み解く迷信・言い伝え」シリーズ

夜に口笛を吹くと蛇がくる
夜に口笛を吹いていると、大人から

「蛇がくるからやめなさい」

そうなのかなあ

蛇って耳あるんだろうか
口笛の音は聞こえるんだろうか

蛇に耳があるかと言われると
あるっちゃあるし、ないっちゃない

蛇は非常に聴覚が発達しているんだけど
いわゆる「外耳」はない

「内耳」が体の中にあり、耳の穴は開いていないんだけど
体全体から、その内耳に音が伝わる

体全体が耳みたいなもんです。
耳で音を聴くというよりは、体全体で音を感じているのである。

人間はかすかな音がすると、その音の方向に耳を向け、あくまでも耳を通して音を聞く。
一方の蛇は、草の動きやほかの動物が移動する小さな音を全身でキャッチする。

その力は、 ほかの動物よりもはるかに優れていると考えられている。

だから、レッドスネークカモン、と言いながら笛を吹くと
蛇が顔を出す訳です

一般的に、蛇が聞き取ることができる音域は50~1000ヘルツ。
これはかなり低い音域にあたる。

人間が吹く口笛の音域は平均で500~4000ヘルツである。
一部カバーしていますが、1000ヘルツから上は苦手

高い音で口笛を吹くと気付かれない訳です。

お母さんに言ってあげましょう。
今のは、2000ヘルツだから大丈夫さ

ちなみに、蛇には、昼行性のものと、夜行性のものがある
日本にいるのは36種類
ほとんどの蛇は昼行性だから、夜口笛を吹いても大丈夫

ただ、ここだけの話、ニホンマムシは夜行性

お母さん
ちなみに、日本にいるのは36種類
ほとんどの蛇は昼行性だから大丈夫さ

ほとんどなの?

おっと、鋭いところを突かれました。

ニホンマムシの話は内緒ね

[科学]シリーズはこちら(少し下げてね)

[歳時記]12/12 福沢諭吉生まれる

12/12
天保5(1834)年12月12日
福沢諭吉は、九州の下級武士の次男として生まれた。

この前、ウォーキングイベントで慶應大学の三田キャンパスを散策し、
福沢諭吉の終焉の地も見てきました。

福沢諭吉と言えば学問のススメ
それ以外にも、歴史検定の勉強の中で出てきた「西洋事情」「文明論之概略」

今日は、「福翁自伝」についてお話しましょう。

福翁自伝
その名の通り、自分の自伝を書いたもの
幼少の頃から現在までを、とくに青年時代を中心に記した本で、
福沢諭吉という人物を知るのには貴重な資料。

ところが、じつはこの本は、彼が書いたものではない。
矢野由次郎という速記者を呼んで、自分の話す内容を口述筆記してもらったもの

明治30年の冬から翌年の春にかけて、ほぼ1週間おきに一度、
4時間ぐらいかけて口述したという。

それを矢野が原稿にして届け、諭吉が手を入れて完成させた。
口述にあたって、諭吉は関係者から取材する など十分な準備をして臨んだという。
それだけに、自分で筆をとったものではないとはいえ、
その内容は彼のほかの著書にもけっして見劣りしない。

こうして完成した原稿は「時事新報」に6回にわたって連載され、
その語り口が大きな人気を呼んだ。

[歳時記]シリーズはこちら(少し下げてね)