越生に行ってきました、の続き

越生に行ってきました
の続きです

田舎そば玄屋
大渋滞の最後尾につけ、ノロノロ
しばらく行ったところで、ひらめいた

地図を良く見ると細い道もあるんじゃない?

我々は梅林に行きたい訳じゃない
ぐるっと回る道の、もう少し外側にも道がありそう

ナビは一番主要な道ばかり選ぼうとするので
ナビと、タブレットのGoogleMapの両方を駆使して裏道をあれこれしつつ、ゴー

超方向音痴のはずのカミさんがこの時ばかりは大活躍
そのまままっすぐのはずよ

突き当たった時に右に曲がるか左に曲がるかは、カミさんには分からない
頭の中で地図をひっくり返してイメージできるくらいなら、方向音痴にはならない
そのたびにチラチラ横から地図を見て、右だね、左だね

結果として、若干の大回りだけで渋滞はほぼ回避
賢かったね

十割そば

十割そばは何度か食べたけど
今までで一番美味しかったかも知れない
大正解

ごま豆腐とそば豆腐

店の内装も、おばさんの明るさも、周りの景色も最高


食事後、山道をちょっとだけ歩いてみる
山育ちのカミさんは、ご満悦「東栄と一緒ね」

佐藤酒造
グッと戻って梅林からの道まで。
反対方向なので渋滞していません
佐藤酒造というのがあったので寄ってみましょう




ここでも、色々お買い物

こだわり豆腐「藤屋」
梅林の入口でお豆腐屋さんがチラシを配っていた
行ってみましょう


チラシ配りのかいあって、中は超混雑
ここでもいっぱい購入
今日は、あちこちで目一杯のお買い物デーでした

豆腐のレアチーズケーキ

私は湯豆腐が大好物なので、ここで買った豆腐での湯豆腐、美味しかった

カミさんはどこかカフェに寄ってコーヒーを飲みたいという事だったんですが
なかなか思うように見つからず

コンビニに寄って
さっきもらった越生見処マップで探していました

ややっ
このすぐ先に、すごいもの見つけたぞ
「山吹の里歴史公園」
ブログで何度も書いている、太田道灌の山吹の里伝説
我こそは山吹の里ゆかりの地っていうのがあちこちあって
この前、日暮里で見つけたのでほぼコンプリート
日暮里:谷中寺巡り、の続き
荒川区泊船軒:荒川区でお寺巡り、と作戦決行
早稲田:鎌倉古道と高田富士
新宿中央公園:お昼休みに新宿中央公園に行ってきました
新宿西向天神社:戸山荘の箱根山と、山吹伝説の続き

「ほぼ」と書いたのは、日暮里の時点では、越生にもあると思っていたものの
越生は遠いので見に行く機会もなかろうと、省いて考え、その後すっかり忘れていた
マップに小さく「山吹の里歴史公園」という文字を見て記憶がよみがえる
そうだ!越生だっ

カミさんに
山吹の里歴史公園というのを見つけたんで行きたいんだけど

あっ、そう。一人で行ってくれば?
私は「ひだまりカフェ」でおろしてくれたら待ってるよ

そうくると思いました

ひだまりカフェを探したんだけどうまく見つからなかった

しゃあないね
一緒に山吹の里行こうよ

山吹の里歴史公園


山吹伝説を一生懸命説明しようとするんだけど
カミさんはひとつひとつチャチャを入れてきます

そんな回りくどい。貧乏だから簑は貸せません、って言えば良いじゃない

まあ、そうなんだけどさ






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越生に行ってきました

カミさんが
越生に行こうか

行く行く

越生(おごせ)梅林
朝早めに出て、車で、10時には越生の梅林に着いた
いつ以来かなあ、越生に来たの。10年よりもっと前だったと思う

特に渋滞にも会わず、駐車場も5つめのが巨大だったので、問題なく留めれた

全部が満開というにはまだだったけど
木によってきれいに満開なものも
桜と違って、梅は一斉に全部が満開にはならないから、十分
その方が長く楽しめる


梅祭りの期間は、大人も乗れるミニSLが園内を走る
写真撮り忘れたからネットから拝借

舞台で歌手が歌を歌っていたり
猿回しがあったりと賑わっていた

園内のあちこちに梅関連のお店


田舎の漬け物的なものも色々あって、
その分野はカミさんのテンションが爆上がり
懐かしいなあ。良く作ってくれたのよね

こういうのもお父さん良く作ってたなあ。木拾ってきてね

ああ、この手作り感満載の栗水羊かん。
たまちゃんが良く作っていたのと同じか買ってみよう

誰よ、その、たまちゃんって

何言ってんのよ。きょうこちゃんのところの、たまちゃんじゃない


ろうばい

ふくじゅそう

屋台がいっぱい出ているコーナーもあった
カミさんの田舎の名物、五平餅

焼きなおしてもらっている間、おじさんと色々話した
こっちの金色のはどういう味なんですか

これは、見本
同じ色にしたかったんだけどね
良い色にならなくて、
いっそのこと、金色にしちゃった

私は、イカ焼きを食べた

11:00過ぎになって
食事に行こうか

以前ネットで調べた、陶芸家がやっている「仙人小屋」という懐石料理店
予約が必要なのは分かっていたのでダメだとは思いつつ
念のため電話をしてみるとやっぱりダメ

車に戻ってカミさんが「やさいダイニング」という店を検索
美味しそうだね。行ってみよう。予約しなくて良いかな
良いんじゃない

駐車場から道に出てびっくり
梅林に向かう方向は、大渋滞
うわあ、これどこまで渋滞の列、続くんだろう
行けども行けども車の列が超ノロノロしか動いていない

いやあ、良かったねえ。10時に着いていて。
ここまで渋滞になるなんてね

やさいダイニング
山の方に向かう
着いてみて分かったのは
オーパークおごせ、というホテルやスパ等が集結した、
巨大なリゾートエリアの中だった



レストランだけでも大丈夫なのかなとおそるおそるフロントへ

おやさいダイニングってお食事できるのでしょうか

あっ、大変申し訳ございません
本日、貸切りでございまして、ご利用いただけないんです

電話しとくべきだったかあ

ただ、せっかく面白そうなところに来たから、ちょっとだけ散策してみよう

おおっ、面白そう。クランピングってやつだっけ



車に戻って、次なるお昼ご飯候補を探す

「田舎そば玄屋」っての美味しそうよ
週末だけしかやっていないみたい

よし、電話しよう。

十割そばと二八そばがあと少しずつしか残っていないとのこと
十割そばを2つ頼んだ
どれくらいで来れるか聞かれたので、10~15分くらいと答える

走りつつ、カミさんがGoogleMapで場所を確認
直線距離では短いものの、真ん中が全部緑
山ってことね。
車が通れる道が無さそうなので、ぐるっと回り込まなきゃいけない

ここで、あることに気づく
この道って、さっき見たあの大渋滞の道じゃない
回り込む道で、梅林を越えなきゃいけない
10~15分なんてとんでもない
諦めるか

大渋滞の最後尾に着く
うわあ、ここからなの?
仕方ない、電話しよう

カミさんが電話
すみません。梅林の渋滞が激しくて、10~15分でとても行けそうにないんですけど

分かりました。大丈夫ですよ

大丈夫って言われちゃったよ

ええっ、断らなかったの?

大丈夫って言われたんだもん

じゃあ行かなきゃダメじゃん

さあ、このあとの展開は次回

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荻外荘に行ってきました、の続き

荻外荘に行ってきました
の続きです

客間
荻窪会談の行われた部屋

荻窪会談と呼ばれる会談は
第二次近衛内閣の組閣にあたり、陸軍海軍外務の主要大臣候補を集めて方針を話し合ったもの
陸軍=東条英機、海軍=吉田善吾、外務=松岡洋右
そのまま彼らは大臣になる
方針の一番重要な事は、ドイツやイタリアとの関係
この時点で、独伊、英米、ソ連のどこと外交場のバランスを持っていくか
ここでの方針が日独伊三国同盟に繋がる

椅子の位置がそのままに置かれていた

この部屋にはこの部屋の説明の女性スタッフがいて色々教えてくれる
面白いのが、VRタブレットが置かれていて、椅子の向きにかざすとあら不思議
4人が画面上に現れる

「荻外荘と近衛文麿」という本を買った

荻窪会談があまりに有名なので
荻外荘で行われた会談は、この会談くらいかと思ったらそうじゃなかった

通常、主要な会議は首相官邸や会議室等で行われるが
近衛文麿の時期は、御前会議と呼ばれる天皇の前での会議以外は
主要な会議は全て荻外荘で行われた
本を読むと、ほんとに、この時もこの時もまたこの時も?って感じ

食堂
また食堂に戻り、庭を眺める
ここでは若い女性スタッフが説明してくれる
ここからの庭の眺めがまた、タブレットで再現されていた

今は回りに建物が建ってしまっているけど
ああっほんとだ。富士山が見える

坂のところにある庭園は名園というのは定番だけど
大体は下から見上げて緑がいっぱい迫ってくるというもの
ここは逆で、上に建物があるから、高いところからの見晴らしのメリット

書斎
いよいよ、書斎です
近衛文麿が自決した部屋


机が置かれているその場所に、布団が敷かれ
青酸カリを飲んでの自決

文麿は、終戦後自分が戦犯にならない自信があった
事実、最初はGHQとそれなりに良い関係にあった
ところが、巣鴨拘置所に出頭を命じられる
山のような書類を準備して備える

出頭の日が2月16日
夜2時まで次男と話をした
次男が部屋を離れ、4時間後帰らぬ人となった文麿が発見される

本当だろうか

遺書があったから、ということになっている
買った本に、遺書が掲載されていた

何度か読み返したけど
これ、遺書かな
巣鴨出頭へ向けての決意表明のようにも読めるんだけど。

遺体は、GHQが持っていってしまい、解剖はしていない

近衛家は特別な家
皇族に次ぐ格式で、藤原道長からの系譜
万が一にも犯罪者は出してはいけない

この部屋は、自決後、とのさまの部屋と家族は呼び
一切改修をしなかった
だから丸々その当時のまま残っている

戦後、吉田茂が、この荻外荘を仮住まいとして、1年数ヵ月住んでいる
近衛家の人々も住んでいるから、同居ということになる
その間、要人が荻外荘に訪れ、重要な会議も行われる

同居して吉田茂はどこで寝泊まりしていたかというと
何と、とのさまの部屋
やっぱり吉田茂は大物だわ
普通、お化け出るよね

奥の寝室には、おひな様が飾られていた

近衛家が増築した場所では、抹茶とかもいただける、カフェになっていた

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