江戸の数学はすごいんです。

江戸の理系力シリーズ。

前回まで、天文学でしたね
今度は、全ての理系の学問の基礎となる、数学にまいりましょう。

数学
具体的な人の話に入る前に、江戸の数学ってこんな感じって話をしましょう。

読み書きそろばんってよく言うから
そろばんはみんなやってたんだろうなと。
計算はそこそこ早かったのかもね
程度に考えていたんですが
とんでもありませんでした。

和算って言うんですが
すごいレベルの高等数学。

だから、天文、測量、医学、機械等々
江戸の理系が華開いたんですね

それでは、日本の数学の始まりの話から。

始まり
日本に数学が入ってきたのは奈良時代以前ととても古い。

ご多分に漏れず、中国から。

計算のための道具としては、算木というものが使われた。

これ、この前ウォーキングの時、近代科学資料館で実物見ましたよ
近代科学資料館。あの乾電池。

13世紀になると、中国でそろばんが普及
日本にも伝わり、日本でもそろばんが普及

計算だけを考えると、算木よりそろばんの方が圧倒的に便利なので
中国では算木がすたれてしまい、過去の遺物となる
日本でもそろばんが普及していくにつれて算木はすたれるかと思いきや
新たな役割を担うことになる。

今度お話しする関孝和が高次の代数方程式を解けるように算木を改良しちゃうんです。
xとかyとかは、甲とか乙

恐るべし日本の数学

それを皮切りに、どんどん高度な世界へ

考え方
日本における数学って、いわゆる学問とはちょっと違った要素を持っていく。

遊びというかゲームというか

ある人が問題を作って相手に出す。
相手は問題を解いたら、自分も問題を考える。
こんなんでどう?
ずっと続く。

これは良いぞと自信の持てる問題を作ったら

何とかこれを発表して、みんなに解いてもらいたいなあ

ネットもブログもない時代なのでどうしたか

絵馬にして、神社に奉納するんです。

数学って「楽しいこと」だったんですね。

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