[大岡越前] 財政再建と景気刺激策

江戸時代が始まって100年近く
最初は、鉱物資源、特に銀が豊富に取れたこともあって、豊富だった幕府の財政

資源も底をついてきます。

5代綱吉の時に贅沢三昧
綱吉の事が大嫌いで、全て逆の事をしようとした6代家宣も
本人の京都趣味により、大奥は贅沢に走ります。

結果として、8代吉宗の時は財政破綻状態

良く言われる事なので、そうなんだろうと思っていましたが
「大岡越前の構造改革」の本を読んでびっくり

幕臣と言われる幕府に直接雇われている武士たち(旗本や御家人)
武士と言えど戦争するわけではないので、様々な行政を執り行ないます

当然給料は幕府が払うわけですが
その給料が払えなくなったというのです。

今であれば、公務員に給料の不払いが発生した。

大事件です。

私も自身、経験しているので分かりますが
会社なら倒産直前の最終段階です。

貨幣改鋳という卑怯な手で一旦回復。

大奥の女中たちを大リストラ。
吉宗が大奥の美人のリストを提出させた。
これは側室選びかと色めきたったが
リストに上がった美人たちは全員解雇
美人なら、再就職も出来ようとの吉宗の気遣いです。

この話は知っていましたが、ここまで追い詰められていたんですね。

行政費を切り詰める緊縮財政
享保の改革です。

諸大名に年貢を上乗せするよう命じます。(上げ米の制)

ただ、この命令の発表にあたり
恥ずかしながら、と前置きしてから言っています。
前任者が悪いと開き直るのではなく
自分の責任と認識しています。

そして、その代わり、大名たちに参勤交代の緩和を告げます。

それまでは1年交代で1年間は江戸にいなきゃいけませんでしたが
半年いれば帰って良いよ

さあ、吉宗から、大岡越前に話が移ります。

これは大問題。

今で言う東京都知事として江戸を預かる江戸町奉行の大岡越前
江戸の経済って、参勤交代で江戸に滞在してくれている武士たちの消費で支えられています。

1年が半年ということは
その分の消費が半分になるということを意味します。

ちょっとぉ
私に相談してからにしてよ。

予想通り、町人や職人は大打撃
仕事激減で、江戸を離れる人も出始めます。
せっかく安定した物価も、急激に米価が上がります。

享保7年から享保15年まで
大岡越前の大反対で上げ米の制は中止になります。

吉宗、ここに関しては大失敗です

大岡越前、何とか江戸経済を建て直すべく、大奮闘
経済って難しいですね
緊縮財政を取りつつ、江戸では消費刺激策を行う。

両国橋のたもとの大きな広小路
火除地(ひよけち)として、火事の時燃え広がらないようにと、大きく空き地が作られています。
当然、建物建てちゃいけないわけですが
ちょっとばかり規制緩和
常設の店舗じゃなきゃ良いよ

大にぎわいになります。

極めつけが隅田川の花火

庶民は家計が苦しいので財布の紐をキュッと閉めていましたが

皆さん、頑張って遊んでください。

隅田川沿いに桜を植えて、花見の奨励
飛鳥山にもね

規制緩和
両国橋の広小路で仮設店舗が大にぎわいになったので
色んなところで仮設店舗が出現する

例えばうどん屋だが、常設のうどん店はライバルが増えるので大変
取り締まってくれるように常設のうどん店から申請が出された。

江戸って、とても小さな政府にするため
既得権益を持った人たちの権利を守ってやる変わりに
組合的なグループに色んな役割を担わせる。

さあ困った
難しい、さじ加減
ここは、大岡越前、景気刺激策の方に軍配をあげて却下
今度は、仮設店舗の人たちも含めてグループ化するように方針転換
新しい既得権益

駕籠屋に関しても規制緩和をして新規参入しやすくしています。

[江戸の文化]シリーズはこちら(少し下げてね)

[大岡越前] 財政再建と景気刺激策」への1件のフィードバック

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