[伊勢] おかげ参りでええじゃないか

[伊勢] お伊勢参り。わしも世話になろうかいのう
の続きです。

伊勢神宮としては最終回になります。

伊勢参り
御師のおかげで、大人気になったお伊勢参り
皇祖神を祀る神社から、内宮は商業の神様、外宮は農業の神様と
現世利益の神様となっていく。

でも近場の人でなければかなりの長旅
出費もかなりのもの。

そこで考え出したのが「講(こう)」
互助会みたいなもので、みんなでお金を出し合い
抽選で当たった人が、代表してお伊勢参り。

伊勢講と言うんですが
講は、それに限らず、富士講とか、大山講とかもある

代表者は帰ってきて、ご利益をみんなに分け与える
ありがたやありがたや

面白いのは、あんまりお金がない講で
代表者として犬を伊勢参りにやった
この犬をお伊勢参りさせてやってくださいと手紙をくくりつけて、それ行けっ
無事にお参りして帰ってきたというから大笑い。

でも、抽選で当たらなかった人は何度も続くとフラストレーションがたまってくる

ああ、お伊勢さんに行きたい

そして、とうとうプッツン

さっきまで仕事していたのに
その仕事着のまま職場を離れ、お伊勢さんへ向かう。
抜け参り、と言います。

そんなバカな。
衝動的な、着のみ着のままで長旅が出来る訳がありません

いえ、出来るんですね

お伊勢さんってみんなが認める、信仰としての最重要事項だから
雇い主としても、お伊勢さんに行ったのなら仕方ないね、と認めるし

お伊勢さんへの街道沿いの人たちは
抜け参りの人に施しを与え、無事にお伊勢参りを完結させてやることこそが功徳

抜け参りが社会現象化していくと
60年に一度、大イベントへと発展する

おかげ参り
きっかけは空から、伊勢神宮のお札が降ってきたこと。

空から降って来るってどういうことか
神様が呼んでいるという事
呼ばれちゃあしゃあない
何をさておいても、お伊勢参りに行かねば

そんな噂が広まったら、別の村でも、お札が降りますね
負けてられるかって、誰かが物陰から空へ向けて、ばさあっ

熱病のように我も我もと伊勢に向かう
のぼりや万灯を押し立て、「おかげでさ、するりとな、ぬけたとさ」と歌い踊り歩く
手にはひしゃく。施しを受けるため。
もう恍惚状態
男女入り乱れてあんなことやこんなことまで

おかげ参り、と言います。

不思議な事にほぼ60年に一度そういうことが起きる。
慶安3年(1650)・宝永2年(1705)・明和8年(1771)・文政13年(1830)

おそらく、ほぼ60年と言うのが民衆の頭の中に出来上がると
60年になってくると、今年なのか今年なのか、と気が気じゃなくなるんでしょう

最後の文政13年の場合は、約500万人もの人が伊勢へと押し掛けます。
もうぎゅうぎゅう状態。

幕末、もう幕府はなくなるだろうという、慶応3(1867)年8月ころからおきたのが「ええじゃないか」
もう60年を待っている場合ではありません。

伊勢神宮に行くという本来の目的もどうでも良くなり
「ええじゃないか、ええじゃないか」と言いながら踊り狂います。

明治維新
明治維新
ここで、伊勢神宮は急に役割を変えます。

皇祖神を祀る最高峰の侵すべからざる場所
大人気の場所であったが故に、象徴の中心、という役割を担い得たのでしょう。

終戦
敗戦し、GHQがやって来て、伊勢神宮の役割もまた大きく変わる
一大観光スポット

今は講でお金を貯めずとも
新幹線と電車でススイのスイ

[神社]シリーズはこちら(少し下げてね)

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