激闘の鎌倉
激闘の鎌倉 その2
激闘の鎌倉 その3
の続きです。
浄名寺
[南北朝時代]
鎌倉五山の第五位になります
足利尊氏のお父さん、貞氏の墓があります

おっと、足利直義(ただよし)の墓もあるぞ
足利直義は超切れ者で、足利尊氏が幕府を開いたが、政治の事は弟の直義に任せきりだった
そのまま仲良くいって欲しかったけど観応の擾乱(かんのうのじょうらん)という内部抗争
直義は敗れ原因不明の
こちらもよろしければ
[足利将軍]1-4 足利尊氏。第三幕は決定的
あれ、どこにあるのか分からない
墓地の一番上まで行っても分からず、入口のところまで戻って
すみません、直義の墓地はどこでしょう
再度探すが、どうにも分からず、また引き返す
普通は諦めるところだけど、直義は今回色々訪れた中で一番感情移入しているひと
やっぱりもう一回聞こう
結局、墓地の中ではなかった
あったあ
やぐら


うーん
幕府を支えた実質トップだった人なのに
負けちゃうとこうなのかあ
墓自体作ってもらえず、後の人が供養塔としてやぐらに納めたのかも知れない
じわっと、こみあげるものがあった
鎌倉公方跡
[室町時代]
鎌倉公方が置かれた場所
ここだけということではなく、頼朝の墓があった法華堂の辺りまでのかなり広範囲の敷地だった
室町時代にはここで関東一円を治める政治が行われたんですね

いかんっ、電動アシスト自転車の時間4時間が迫ってきた
頼朝の建てたでっかい寺、永福寺(ようふくじ)跡まで行きたかったけど諦めましょう
鎌倉駅まで戻りつつ、あと2つくらい行きたい
大巧寺
[鎌倉時代]

頼朝が平家を討つ時、みんなで会議した場所
平家どうする
そら、こうしてこうしてこうやって
おお、そらええ
そうしましょ
もと、梶原景時の屋敷内にあった大行寺
会議の結果が巧く(うまく)いったと
大巧寺に改名
その後、日蓮宗に改宗
ある日、第五世日棟のところにやって来た女性
私、難産の末、命を落として成仏出来ずにいる妊婦のお化けなんですの
なんとかしてもらえません?
はい、分かりました
宝塔を建立
今後、妊婦さんがここで拝めば、必ず安産になる事を約束しましょう
あら嬉しい、これで私も成仏出来るわ
お産女が転じて「おんめさま」と親しまれているお寺です
私もお願いしてきました


元八幡
[平安時代]
由比若宮(ゆいわかみや)八幡宮、又の名を元八幡

そもそも、源氏がなぜ鎌倉に幕府をおいたかという大元のゆえんの場所
源頼義がこの場所に京都石清水(いわしみず)八幡宮を勧請したから
頼義は八幡太郎義家のお父さん
頼義、義家、義親、為義、義朝、頼朝の順
頼朝が幕府を開くとき、元々の八幡宮を大きくする事も考えたけど
あまりに狭かったのと、風水で考えて、都は京都のような感じに作りたかったので
海からどーんとまっすぐ上のど真ん中に鶴岡八幡宮を作ったんです
うーん、確かに狭い
予想以上に小さかったです
ちなみに由井若宮とか若宮大路とかの若宮ってどういう意味かというと
八幡宮は応神天皇を祀っているんだけど
若宮八幡宮はその子供の仁徳天皇を祀っているから若宮
なんとか、4時間期限に間に合いました