赤穂浪士は、なぜそれほどまでに人の心をとらえるのか

いよいよ、赤穂浪士の話題です。
ちょっと、人気がありすぎて、皆さん何でもご存じ。

まあいっか。

当時から人気
赤穂浪士の47人は極秘裏に計画を練り、て事になっていますが
実はみんな分かっちゃっていた

浄瑠璃坂という有名な仇討ちがあり
歌舞伎で大人気

松の廊下の刃傷事件があってから
庶民の間では、あるぞあるぞと

赤穂浪士自体も浄瑠璃坂をずいぶん参考にしている
討ち入りの時間帯や準備の仕方、統一した着物も一緒

一番困るのが、吉良邸のお隣さん。
いつ仇討ちに来るのか、物騒で仕方ない。
お上に、何とかしてと告げ口

そこで、吉良邸は引っ越しせよとのお達し
川向こうなら、お上も多少は何とか言い訳がつく
早い話が
どうぞどうぞ、いつでもどうそ

予定では
予定では、見事打ち果たせたなら
大石良雄はみんなにその場で自決を言い渡すはずだった
ところが、ちょっと欲が出た
浅野内匠頭の墓に報告してからでも遅くはないのではないか

隣の回向院で点呼を取ってと思ったが
民衆が集まり出した
いかんいかん、即出発

泉岳寺まで隊列を従えて
結構の距離なんですが
すごいスピードで歩いたようです

その道々にもギャラリーが噂を聞き付けて
人だかりになったらしい。
その中には、
芭蕉や紀伊国屋文左衛門もいたかも知れないんだと

下級武士
四十七士の中には、忠義という事では説明しがたい下級武士が3分の1含まれていた。
無理矢理だったにしてはちょっと不思議

どうも、かぶき者、という江戸時代初期の下級武士に流行りの考え方によるようだ
とにかく喧嘩っぱやく、命を全く惜しまない
そんな人たちを、かぶき者と呼び、かっこいいと考えていた。
仇討ちなんて、命を捨てる大義名分としては格好の材料

忠臣蔵のとらえかた
忠臣蔵は確かに話として面白い。

でもどうなんでしょう。
時代を越えて為政者の国威発揚として使われてしまうと、
違うんじゃないだろうかと

○○のために命を捨てる
究極の気持ちの高ぶりではあるので
物語にはなりやすい

でも、決してかっこいい事ではない
命を大切にすることの方がかっこいい。

死んで男になれと
そんな男になんてなりたくはない

この次、悪人っていないんじゃないかって話を書き始めたんだけど
ちょっと話の空気感が違いすぎるので
分ける事にします
悪人云々は次回ね

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