この前、添乗員の資格カードをもらうべく研修のバス旅行に参加しました
実務研修で添乗員の資格ゲット
その時、とても楽しく盛り上がって、数人でもう一度会いたいね、と再会の約束
楽しみにしていたその日がやって来ました
11:00から丸の内で約束
せっかく都心に出るということで、例によってかなり早めに行って周辺をウォーキングすることにしました
行幸通り
この広い道を見ると気持ちがスカッとします

地下は広いのに特に商店とかが並んでいない、不思議な空間
有事の時にはシェルターになると聞いた気がする
井上勝像
鉄道の父
日本のために一生懸命に取り組んでくれたお雇い外国人、エドモンドモレルの意思を受け継いだ
新橋横浜間の日本初の鉄道が開通したとき
残念ながらすでに病気で亡くなってしまったエドモンドモレルに心で伝えたに違いない
「あなたが望んでいた、日本人だけで作りあげた鉄道です。
でも、あなたには、いて欲しかった。一緒にこの1号車に乗りたかった」

井上勝についてはよろしかったらこちらも読んでね
鉄道の父。井上勝
リーフデ号
難破したオランダ船が大分に流れ着いた
時期は関が原の戦いのほんの少し前
乗組員たちの身柄は、徳川家康が引き受けた
船長がウィリアムアダムス(日本名、三浦按針)、乗組員にヤン・ヨーステン
家康は二人の事がとても気に入り、旗本として取り立てた
技術顧問で外交担当
ヤン・ヨーステンはこの東京駅周辺に領地をもらう
日本名は耶揚子(やようす)。現在の東京駅周辺の八重洲の地名の由来になった

ヤン・ヨーステンに関しては、よろしかったらこちらも読んでね
ウォーキングあちこち
皇居外苑
何度か来ているけど、改めてほんとに広いなあ
東京のど真ん中にこんなにだだっ広い空間があるなんて、なんて贅沢な
ああ、気持ち良い




最近買った、東京ガイドの英語の本は、皇居外苑から始まっているので、ちょっと引用
Summary of the Imperial Palace Outer Garden
The Imperial Palace Outer Garden once hosted the residences of provincial feudal lords. Today it offers a spacious plaza and cultivated lawn surrounded with numerous beautiful black pine trees. The Kokyo-Gaien used to be part of the Imperial Palace Grounds and was opened to the general public as a National Garden in 1949.
皇居外苑の概要
皇居外苑は江戸時代には大名屋敷が多数立ち並んでいた地域でしたが、今は広大な芝生と数知れない美しい黒松の木々が点在する広場になっています。皇居外苑はかつて皇居苑地の一部で、1949年(昭和24年)国民公園として一般公開されました。
二重橋

♪あれが、あれが二重橋、記念の写真を撮りましょうね
横の看板に書いてあるので大丈夫かと思いますが
勘違いされている方がおられるので念のため。
手前に見えているのは正門石橋です
写真ではよくわからない、正門石橋の後ろに隠れている鉄橋が二重橋です
楠木正成(くすのきまさしげ)像

なんで皇居に楠木正成?って最初見たとき、違和感を覚えました
宮内庁は南北朝時代については、南朝の方を正統としているんですね
理由は、南朝が三種の神器を持っていたから
南朝、すなわち後醍醐天皇側が正統ということになると
足利尊氏は逆らった朝敵、ということになります
最後まで、天皇側で頑張った、新田義貞や楠木正成が忠義の英雄ということになります
特に戦時中は、楠木正成は大ヒーローとしてもてはやされます
戦後、歴史が見直され、足利尊氏は復権しますが
皇居としては、依然として楠木正成なのです
このあとまだまだ続きます
続きは明日
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