[家重]4 お庭をともに歩きとうございます

[家重]1 まいまいつぶろと呼ばれた将軍
[家重]2 家重様の目と耳になってはならぬ
[家重]3 どんな駒でも、前に進むことができる
の続きです

京都から、家重の特別な事情を知らずに、公家のお嬢様、比宮(なみのみや)が嫁いできたところでした
比宮(なみのみや)
嫁いできてから10日間は、大奥や幕閣たちの訪問が続き肝心の家重との対面は果たせずにいた
その間も、家重からのそうび(薔薇)の花は毎朝、比宮のもとに送られている

そして、11日目
比宮の家重との対面

比宮は戻ってきて青ざめていた

比宮のお付きのお幸が何を尋ねても、何かを答えられる状況になかった
部屋にこもって、ただすすり泣くばかり

数時間後
再度お幸が尋ねる

何があったのでございますか

家重様は尿を漏らしておられた

ゆばり? あの尿でございますか。比宮さんはまた、何をお言い出されますやら

お身体にまともなところはなかった。
右足は曲げることもできず、横へ放り出されたまま。
右手はだらりと横に垂らしておいでで、口からは涎が零れていた。
お顔も、醜く歪んでおいでじゃ

この時代の公家は食べていくのがやっと
このまま京都にいても何も良いことはない
比宮は意を決して江戸にやってきた

運命
家重があのような体で生まれたのも運命
私がそこに嫁いできたのも運命

そうは思うのだが
それでも

比宮が涙を見せたのはその日だけだった
だが、毎朝の花が届いても、見ようともしなかった

そのうちに、花も届かなくなった
懐かしい京都からお道具が届いても、かえって比宮の気持ちは沈んでいった

お幸。武家では男子が生まれねば御家断絶であろう

はあ、武家に限ったことでもございませぬが

家重様はどうなさるのであろう。
誰ぞ、世継ぎを挙げて差し上げれば、私も肩の荷が下りるが

・・・
私のせいであろうか

婚儀のとき
2度目の対面となった
忠光を通じての何らかの会話が持たれる事はなかったが、
初めての時よりは、冷静に家重の事を見ることが出来た

比宮がそっと家重の顔を窺うと、こめかみから汗が流れ落ちていた。
動くほうの左の拳は堅く握り込まれ、
口許はわななきながら一文字に食いしばられていた。

少しは家重の身になって考えることも出来た

一度、忠光殿を召されてはいかがですか?

お幸の言葉には、そのうちに、と答えただけだった。

忠光だけが家重の言葉を解する
その事がよく分からなかった

比宮が江戸に来て、初めての正月が過ぎ
家重から久しぶりに届けられたのは白梅だった
老中の酒井忠音が自ら持参した

家重様が、甘藷を庭に植えておられるのですがな
ご自身が上様のためになるのはそれくらいだと申されまして。

家重様が?
それではそなたは、家重様の言葉が聞き取れるのか

いえいえ、忠光にございます

そのものの申すこと確かか

お疑いなのも無理もございません
私も最初は疑っておりましたゆえ

二人がいるところで、聞こえてしまったのですが
薔薇の棘をとってくれぬかと、
家重様が、忠光に、頼んでおりました
あやつ、癖になっているんでしょうな
二人だけの場で自分に対する言葉ですら、
そのまま一言一句違わず口に出します

確かに薔薇の棘は取ってありました

比宮様のお好きな花は、何でございますか

薔薇です

忠音は満足そうに微笑んだ

それがしから、家重様にお伝えしておきましょう
比宮様がもう薔薇はお好みではない事は、家重様に伝わっておりましたゆえ

私はそのような事は申しておりませぬ

仰せにならなくとも、伝わることは多ございます
人というのは口が聞けずとも、思いを伝えられるということになりますな
ならば、私からだけではなく、比宮様からも文をお書きになってはいかがでしょう

比宮は文を書いた

お庭をともに歩きとうございます

あくる日

このあとは、シリーズの次回ね

[歴史]シリーズはこちら(少し下げてね)

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