徳川家康は、征夷大将軍となって江戸幕府を開いた2年後の慶長10年(1605)4月16日、
将軍職を二代秀忠に譲った。
そして大御所と呼ばれるようになる。
鎌倉時代以来、将軍の父の住む建物や、隠居した親王、摂政、関白が住む御殿を大御所と呼んだことから、
いつしか将軍の父や前将軍自身をも大御所と呼ぶようになっていた。
家康も、駿府に隠居して、大御所と呼ばれるようになり、
しかも死を迎えるまで、将軍以上の権勢をふるいつづけた。
二代秀忠も、引退して西ノ丸に住んでからは大御所と呼ばれ、
これ以降、前将軍は西ノ丸に住むことが慣例となった。
家康、秀忠、8代吉宗、11代家斉が大御所と呼ばれたが、
とくに家斉は天保8年(1837)に引退してからも実権を握ったままで、
天保12年(1841)に死ぬまで「西丸御政事」がつづいたことから、
将軍在任中をふくめて50年にもわたる家斉の治世は、
「大御所時代」と呼ばれている。
こうした幕府での大御所の権勢をふまえて、引退後にも隠然たる力を持つ人のことや、
ある分野の最高権威者のことを、大御所と呼ぶようになった。
気をつけないといけないのは、
「引退後にも隠然たる力を持つ人」と「ある分野の最高権威者」の両方の使われ方をするということ
本人に対して誉め言葉として使うのは、前者ととらえられる可能性があり
私はまだ引退していないんですけど、と言われかねないので避けたほうがいい
本人がいないところでの話題として使うほうが無難だろう