[4/8の事です]
新富町にちょっとした用事があってお出かけ
せっかく都心に来たのだから、GoogleMapで「行ってみたい」にマークしてあった場所を潰していきましょう
新富稲荷
明治維新後、外国人居留地の外国人向けに、このあたりに新島原という遊郭が作られた
でも、あまり利用されず、2年9ヶ月で閉鎖になった
このすぐ西に歌舞伎の守田座が作られた

この建物素晴らしいなあ

こっちの足袋屋さんも

江戸湊
江戸時代のはじめ慶長年間に湊が開かれ、水運の中心として賑わった。
その後も伊豆七島などへの航路の出発点として、昭和11年まで使われた。

霊岸島検潮所・量水標跡
日本各地に標高○○という表記があるけれど、どこからの高さなんだろう
はーい知ってます。国会議事堂の近くに水準点があります、行ってきましたよ
と、思っておりましたが
さらにその前があった
海面から、なんだけど、その海面って潮の満ち引きで上がったり下がったり
平均をとってはいこれが海面の高さね、って事になる、その正確な測量が霊岸島で行われた
今は、その役割が三浦海岸油壺の観測所に移ったらしいんだけど
跡地に作られたモニュメント


さらにその近くに水準点「交無号」と言われる印
国会議事堂の近くの水準点は、ここから測量した
交無号とは交差する「交」と0という意味の「無号」による

民営洋式造船所発祥の地
1853年に水戸藩が石川島造船所を創設した、日本における近代的造船業の発祥地です。
1876年に平野富二が民間の造船所として再出発し、近代的な蒸気船などを建造しました
って事でかなり頑張って探したんだけど、碑が見つからなかった
水戸藩の徳川斉昭、15代将軍徳川慶喜のお父さんが黒船来航のあと軍艦作ったところだから、どうしても見たかったんだけど
このあたり

本当はこんな碑があったはず

かなり歩いたけど、ここまで来るとさらに欲が出てくる
月島を越えて勝どきまで行ってみよう
勝どき・豊海歴史資料展示館
中央区まちかど展示館のひとつ
月島第二児童公園というとても広い公園の中にある
まといや神輿や山車が飾ってある




十返舎一九の墓
東陽院というお寺に、弥次さん喜多さんの東海道中膝栗毛を書いた十返舎一九の墓がある


ただ、墓があるという碑はあるんだけど墓地がどこにあるか、その入り方がどうしても分からなかった






















