[街角]幸せの伝道師と夢のような出会い

送水口博物館の話をしました。
夢の送水口博物館に行ってきた。

その時、社長さんに私のブログの話もした。
すると有難いことにその後の上記記事も読んでいただいて
有難いコメントをいただけた。

さらに、送水口博物館の協力者の方
例えば送水口倶楽部の管理人さんにも連絡していただいたようで
その方(あやさん)からも、コメントをいただけました。

そこで、私でーこんは、無神経でむちゃくちゃなメールを出します。

もしよろしければ、ですが
今度、送水口やマンホール等の、
路上観察を目的としたウォーキングイベントを
企画するとすれば
ご協力いただけないでしょうか。

とりあえず、下見をしましょうということになりました。

いやあ嬉しい
こういうのを一期一会と言うんでしょうか。

わざわざ時間を取っていただける。

ということで、今日はその下見。
本当は昨日の17(日)だったんですが
なんと台風直撃。
祝日の今日にシフトさせていただきました。

待ち合わせ
待ち合わせは13:00に大門
朝から出て、昨日お話しした浜離宮恩賜庭園に行ってきました。

送水口
よろしくお願いします。

ご主人(ジョージさん)と一緒にお二人で来ていただけました。

資料も用意してくれていて
有難い限りです。

ところで送水口ってどういうものかについては、こっちを見てね
[街角]送水口で商人の心を見た

さあ参りましょう。


これは素材は銅合金です。

来ました来ました。
この前、送水口博物館の村上社長に聞きました。

ちゅうことは磨けば金ぴかになるんでしょうか

うーん、10円玉ぐらいが限度でしょうか

なるほど


これは、あの村上製作所のものです。

えええっ
あの送水口博物館の?
すごい。なんで分かるんですか?
ここにポッチが付いていましてね。

これ、すごい!綺麗

これ何なの、どうしたの?

こ、これ可愛い

でしょう
そうなんですよ。

これ、一休さんですね
一休さんと名付けましょう。

消防の仕組みはね。消防士さんがここにこう繋げて、そのあとこっち行って
検査証が二つ貼ってあるけどどう違うかというとね
日本とアメリカは途中の管に水を入れておくかどうかが違っていてね

次から次から
ほおぅ そりゃまたすごい。

ちゅうことは、こういうことですか?

あたりー

送水口はいかに大切で
いかに可愛いか

とても楽しく話されます。

こっちもどんどん楽しくなっていく。

そして

何これー

あやさんもジョージさんも見たことない
奇っ怪なものに出会った。

あやさんは
ちょっとちょっと、今までここ何度か通っているのに、初めて気づいた。
これがもし送水口なら
ショックで今日寝れないんですけど。

ジョージさんも
ここの管の径がこの辺で細くなってるよね
怪しいなあ
そもそも検査証もなければ送水口とも書いていない
正式なものでないことは確かなんだけど
一体何をするもんなんだろう

ああでもないこうでもないと推理を働かせる。

ちょっと押してみた。

あれっ
動くぞ

ひょっとして、置いてあるだけだったりして

持ち上げてみる?

うわあっ
持ち上がったぁ
置いてあるだけぇ
いかんいかん砂利を綺麗にして元の通りに戻さなきゃ。

それにしても、これは何で
何のためにここに置いてあるんだろう
オブジェ?

ああ、面白かった
三人で持ち上げて大慌てで元に戻して

そのあと、マンホールについても色々教えてもらいました

すみません。
もっともっと送水口もマンホールも面白いのがあったんですけど
ガツッと省略しちゃいます。

幸せの伝道師
楽しそうに話す人としゃべってると
なんでこんなに楽しいんだろう。

あやさんの言った
だからといって、どうって言うことではないんですけどね
というのは、確かに本質をついている。

消防士さんたちに取ってみれば商売道具で
そんなところに、可愛いもへったくれもないんでしょう。
村上製作所のような、送水口メーカーにしたって
注文通りに作ったのかもしれないし
このデザインが一番使いよいと言うことなのかもしれない。

でも、あやさんやジョージさんのように同じ送水口とか
マンホールとかいうジャンルをいっぱいいっぱい見ている人には
分かっている。

メーカーの人たちは
ただ売れれば良いとか、注文通りとかを超えて
「作品」を残そうとしている。

そこに、可愛いねとか、綺麗だねとか言ってあげることは必要なんだ。

だって、村上製作所の社長は
ほら綺麗でしょう、かっこいいでしょう、って目をキラキラさせていた。

私は、ここ2年ほどで、興味の幅がどーんと広がって楽しくて仕方ない。

まずは自分、自分が楽しく幸せに生きていくこと。

でも、今日、再認識した。
「楽しい」って伝播するんだ
どんどん楽しくなってきた。

はたから見ると、送水口見て何が面白いの?
なんでしょう。
でも、今日のお二人と話してみると分かる
送水口に興味が持てるかって、重要じゃないとすら思う。
楽しいよ、って話し方は、幸せを振り撒いている。

ミュージシャンや、アーチストと一緒なんだ
三百六十五歩のマーチを歌った水前寺清子と同じだ

今日私は、幸せの伝道師と出会えた。

それにしても、夫婦で同じ趣味って良いなあ

浜離宮恩賜庭園に行ってきた。

今日は、午後から、大門で待ち合わせ。
午前中空いてるぞ

大門でしょ
ということは浜離宮恩賜庭園だ。

浜離宮恩賜庭園
浜離宮恩賜庭園は、都立9庭園の中ではトップクラス。
とにかくどでかい。

浜松町から増上寺、東京タワーのイベントの下見の時
待ち合わせより早めについたので、ちょっと寄ってみた。

その時思ったのが
いかん、大物過ぎる。
ちょっと寄ってなんとかなる問題じゃない。
最低半日はかかる
いつかまた来よう。

それから、浜離宮恩賜庭園の事は
ずっと気になっていたんだけど
その間、江戸の事を色々調べると
あっちでもこっちでも、浜御殿でどうちゃらこうちゃら
浜御殿とは江戸時代の浜離宮恩賜庭園の呼び名です。
うーん、やっぱりちゃんと行ってみたい。

経緯
浜御殿は、4代将軍家綱が弟、綱重が甲府藩に養子に出たので
ここ使って良いよ と甲府藩の下屋敷として使わせた。
でも次の5代将軍、綱吉に跡継ぎが出来なかったため
この綱重の子供を徳川家は養子にもらい6代将軍家宣に

浜御殿は家宣が使っていたわけなので
そのまま、甲府藩のものから、徳川幕府のものへ

だから、他の都立9庭園に比べ群を抜いているんですね。
他は大名屋敷だけど、浜御殿は将軍屋敷
家宣は自分のもの意識が強いので、思いっきり金をかけて整備
さらに、11代将軍家斉は贅沢好きですから
ものすごい金かけて整備していきます。

明治維新後は多くの他の大名屋敷と同様、朝廷側に
特にここはあまりに良くできているので
天皇陛下が直接使う。
ということで浜離宮へ
その後、陛下のおぼしめしにより、東京都に譲渡
だから恩賜がつきます。

というぐらいだから
素晴らしいのなんのって。

そもそも、江戸時代は江戸城と同じ、城扱い。
ちょっと離れたところにある、海からの攻撃を護るためのお城
だから、大手門があり、枡形門

回りましょう
中の御門から入ったんですけど
聞くと、大手門の方で、ガイドブックを売っているとのこと
都立庭園ではそれぞれこのガイドブックを買うことにしています。
310円でかなり綺麗。

大手門行ってガイドブックを購入。
ふと見ると、11:00からボランティアガイドによる案内を一時間くらいでしてくれるとのこと
待ち合わせは13:00だから、大丈夫かな
色んなところであるこのボランティアガイド
時間が上手く合わなかったりして、利用したことがない。
ワクワクドキドキ。

それまで1時間は好きなように回ろう。

行きたいのは二つ。
江戸の歴史やっていて、浜御殿が関係して衝撃的な出来事が二つ。
一つ目は、15代将軍慶喜が鳥羽伏見の戦いから、何を思ったかみんなを置いて
船で逃げ帰ってきた。それで着いたのが浜御殿
徳川将軍シリーズ最終回。慶喜、まさかの
二つ目は、8代将軍吉宗が象を購入。長崎から江戸まで象を引き連れて、日本全国にセンセーションを巻き起こすんだけど江戸でその象を飼っていたのがこの浜御殿。
吉宗が輸入した象はどうなったか

慶喜
慶喜の逃げ帰ってきた場所はすぐ分かったので向かいました。

その場に立つと特別の感慨ですね。
歴史って、面白い
その場所に立ったからって、新たな発見があることなんて
我々素人にはない訳ですけど
何かが違いますね。

何を思って石段を上がったんだろう。
まあ、ばつは悪いですよね。
一つは単純に
良かった、生きて帰れたっていうのはあったでしょうけど。

しばし、打ち寄せる波を見ながらボーッとしました。

象については手がかりなし。
ガイドブックには象の事は書いてありませんでした。

仕方ない。
まあ、とにかく残りの時間、見て回って楽しもう。

庭園
見事としか言いようがありません。
庭園で唯一実際に残っている汐入りの池。
海水を引き入れて汐の満ち引きで変わる庭園の感じを楽しむ。
海に面しているから、開放的な海の様子も楽しめます。

小高い山の上から海を眺めて深呼吸。
向こうにレインボーブリッジも見えます。

鴨を捕まえて遊ぶ鴨場
なるほどね

ピンポンパンポーン
まもなくボランティアガイドによる案内が始まります。

いかん
もうそんな時間か
結構遠くまで来ちゃった。
急いで、大手門まで帰ります。

ボランティアガイド
結論
ボランティアガイドさんの案内は可能な限り聞いた方が良いです。

あの電通ビルの最上階からお正月にはやぶさが飛び降りてくるイベントがあります。
こっちの石垣とこっちの石垣、違うでしょう。補修したときの東京都の考え方が違っていたからです。
この葉っぱは何故切れているかと言いますとね
皆さんラッキーです。
ここの戸は閉まっていることはないんです。昨日台風だったので閉めました。
等々

へえ、そうなんですか
を何度も何度も言っちゃいました。

そして、極めつけ。

ここのこの場所に何がいたと思われますか?

あっ!

象なんです。

良かった。
あきらめてたのに。
震えるほど嬉しい。

象の話に何度も何度も大きくうなづいちゃいました。

大満足です。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ

巫女さん入門(初級編)

巫女(みこ)さん入門(初級編)という本を買いました。

このタイトル、抜群ですね。

「夫は犬だと思えば良い」、以来の秀逸なタイトル

手にとってパラパラめくると
何と発行元が神田明神
すごいっ
二つしかない天下祭りの一つの神田明神ですから
抜群の由緒正しさ

前書き
前書きにも驚かされました。

土地柄、神田明神を氏神(うじがみ)とする氏子(うじこ)は東京の中心地を広く網羅するんだけど
秋葉原もその一つ

ご存じ、萌え文化で、コスプレの巫女さんがちらほら
基本的にはその人たちには批判的ではなく、歓迎の視点で見るようなんだけど

一方で
ならば、巫女さんってこうなんですよ
というちゃんとしたところも伝えておかなければと思ったらしい。

お休みの時期に、
巫女さん体験講座を開催

すると、予想以上の大反響
何度かやってもいつも評判が良く
一部にお断りせざるを得ないくらいに

申し訳ないので
体験講座のテキストにも使えて
お断りせざるを得なかった人にも読んでいただけるよう
本にしよう。

そういう経緯だったんですね

となると
こっちも、立派な巫女さんになれるよう
襟を正して読みませんとね。

という訳で
巫女さん入門の始まり始まり~

神道と神社
巫女さんは、神社に所属し、神様を祀る「神事」に奉仕する女性です。
では、神道とか、神社って何でしょう。

巫女さんという職業を通じながら
神道というものを理解していきましょうということになります。

神道って、この本でもことあるごとに出てくるキーワード
「日本の文化」なんでしょう
宗教というにはちょっとニュアンスが違うんだと思います。
信仰ではあっても、宗教ではない

神道というのは日本古来からの「八百万(やおよろず)の神」を祀る民族信仰。
千と千尋の神隠しでも出てきました
色んな神様。

「宗教」にありがちな唯一絶対の神、みたいなのがいるわけじゃない。
でも、ギリシャ神話や、インドの神話でも
人間味のある神様が登場するので日本に特有とも言い切れない
少数の人が作り上げた宗教ではなく、自然発生的に民衆の中から生まれてきた信仰。

こんなのも信仰の対象、こっちも、となっているうちに
八百万になっちゃった。

一つには自然
山だったり、石だったり、木だったり、滝だったり、森だったり

人間が自然の何かと向き合って
自分の力にはない何かを感じたとき
すごい、となるのか、恐い、となるのか

そう感じた気持ちを大切にしたいから
手を合わせるというような
信仰的表現をしたんでしょう。

二つには祖先
次回以降で、神道の4つの特色をちゃんとお話ししていきますが
その一つ目に「敬神崇祖」というのがあります。
神様を敬い、祖先を崇(あが)める
今の自分があるのは誰のお陰かという
分かりやすい「ありがたい」存在を大切にしよう。

それらの大切にしたいという表現方法が
長い間の中で淘汰されながら
お辞儀をする、手を合わせるといった処作に始まって
儀式的なものになっていった。

そして、これまた自然発生的に「神様」という擬人的なキャラクターになって
形作られていく。

ある時それを文字に表し、まとめておきましょう
となったのが、「古事記」であり「日本書紀」なわけです。


古事記等に表現された、神々を「中心に」
信仰を文化として継承していきましょう
というのが、神道

あくまでも、日本神話の神々をそれだけを、信仰するわけではなく
元々、神話が出来る前に神様だった石や木や森なんかも、そのまま神様だし
祖先も神様です。

とってもファジーなので
ある意味何でもOK

確かに「古事記」「日本書紀」は天皇の系譜を神格化するという
意図的なものを持ちつつ「天皇が」編纂したものだから
天皇色は出てしまうけど
ほんの一側面ということで良いと思う。

例えば、本の発行元、神田明神で言うと
祀られている神様は、三柱

神様って、一柱、二柱、三柱って数えるんですって。
そもそも神様を数えるって事自体
一神教ではあり得ないので面白いですね。

大黒様と恵比寿様と平将門様

大黒様は、神田明神では大己貴命(おおなむちのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名
恵比寿様は、少彦名命(すくなひこなのみこと)
ととらえているから、神話として問題ないけど

平将門は歴史上の人物で神話とは何の関係もない。

この本でどう説明しているかというと
人間を神が創造したと考える宗教と違って
神道では、祖先から産まれ、また産まれというふうに考えます。
だから祖先である平将門も神様になりえるのです。

なんともすばらしいファジーぶりです。
自分とは関係無い祖先まで、全員神様の資格ありとなると
ホントに何でもOKです。

いくつか例をあげると
一番有名なのは、菅原道真、天神様です。
徳川家康、吉田松陰、明治天皇、松下幸之助等々。

平将門は関東の人にとってみればヒーローだけど
朝廷に滅ぼされた「負けた」方
判官びいき的にたまりませんね

この本の表現で面白いと思ったのは
神様って、同時期に複数の場所に同じ神様が存在しえる。

例えば、キリスト教とかの一神教だと、どっかあるところに神様がいて
例えば十字架とかを見ながら、それを通じて神様のことを思う、ってことなんだろうけど

神道の場合は、神社のその場所にいる
全国いろんな神社で同じ、例えば天神様を祀れば、あっちでもこっちでも同じ神様がいる。
分身の術ですね。

失礼
肝心の巫女さんの話の前の神道の話が長くなりすぎました。

次回も巫女さんを通じつつ、神道の話になっちゃうかもしれませんが。

[百人一首]70 さびしさに~

さびしさに 宿をたち出でて ながむれば
いづこも同じ 秋の夕暮

あまりの寂しさになんだかたまらなくなって、
立ち上がってこの粗末な家から外に出て、あたりを見渡すと
どこも、同じなんだなあ、秋の夕暮れは

良暹法師
良暹法師(りょうぜんほうし)は素性もはっきりしていない
ただ、色々な歌集で取り上げられ、結構人気者だったかも知れません。
「袋草紙」という本にこういう話がある
源俊頼が友人と大原へ遠乗りに行ったとき、急に馬を降りた。

どうしたどうした
ここは良暹法師が元に住んでいた場所じゃないか
馬に乗ったままなんて、そんな失礼なことできないよ
そうだそうだとみんなも馬を降りた。

古今集にこんな歌がある
ほととぎす なが鳴く里の あまたあれば
なほ疎まれぬ 思ふものから

ほととぎすよ、お前が鳴く里が多いものだから
お前のことは愛しているのだけど、いやになるときもあるんだよ。

良暹法師はあるとき、ほととぎすを詠んで
宿近く しばしながなけ ほととぎす
今日のあやめの 根にもくらべむ

その時にいた懐円というお坊さん
へーえ、ほととぎすは長鳴くのかねえ。ホトトーと引っ張ってギースと鳴くのか

そこで良暹法師が
ほととぎす なが鳴く里の の歌を持ち出した。

そりゃねえ、長鳴くじゃなくて「汝が鳴く」おまえが鳴くってことだよ。
一堂大笑い。

わちゃー、やってもうた。
顔から火が出ます。
まるっきり長鳴くとばかり思っていた。

うさぎ追いしかの山~
をうさぎが美味しいと思っていたようなもんですね。

鑑賞
前回の能因法師から3つ、秋の歌が続きます。

秋の夕暮れ、は定番中の定番
枕草子でも、春はあけぼの、で秋は夕暮れ

後の 「新古今集」には、三夕の歌として知られる秋の歌がある。

寂しさは その色としもなかりけり 真木立つ山の 秋の夕暮れ 【寂蓮】
(寂しいのはその色のせいではない。山には青々した木が茂る、この秋の夕暮れよ)

心なき身にもあはれは 知られけり 鴫(しぎ)たつ沢の 秋の夕暮れ 【西行】
(情を解さない私でもしみじみとした趣がわかる、鴫が飛び立つ水辺の、秋の夕暮れよ)

見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ 【藤原定家】
(見渡してみると、花も紅葉もないことだなぁ、海辺の苫ぶき小屋の、秋の夕暮れには)

いずれも寂しさを美しく詠んでいる。
だけれども、これらの歌と、良暹法師の歌はなんか違う。

よくよく考えると
良暹法師の歌には具体的なものがなにひとつ出てこない。

百人一首を始めとした和歌の世界は、恋だったり、情景だったり

この歌は何だろうか
哲学に近いものすら感じる。

寂しい。いたたまれない。
世捨て人となって久しいのに、この寂しさは何だろう。

ああもうだめ。

外に出てみたのに
そこにあったのは秋。

あっちから、こっちまで
秋の夕暮れ

寂しさは同じ
世の中に一様に

寂しくても
良いのかも知れない
この世の中の寂しさと
同じ寂しさの中にいたのか

浸って
味わって
寂しさの中の一人