ちらし寿司で、まっまさかっ

晩御飯、何にしようかなあ

スーパー行って、惣菜売場をちょろちょろ見て回った
ちらし寿司のパックが目に入った
美味しそう。

ちらし寿司
入っているものを確認
椎茸
錦糸卵
むしえび
海苔
かにかまぼこ
きぬさや
れんこん

カラフルで良いんじゃないでしょうか

むしえび、かにかま、きぬさや、れんこんの水煮を買ってと

冷蔵庫に、きのこ類が色々あったからもう一品は鮭のホイル焼きにするかな
鮭も買いました。

開始
さあ、作り方見ましょう
ネットで検索っ

えっ
えええっ
嘘!

ちらし寿司なんて
紫式部のいた平安時代から
やれ、ひな祭りだ、入学式だと言えば作られる、ど定番メニュー
検索すればズラズラ出てくるものとばかり思っていた。

確かに思いきりズラズラ出てくるんですが
「〇〇の」の付いた普通じゃないものばかり
普通のやつよ
スーパーでパックで売ってる奴

そもそも椎茸を使っていない
椎茸使うでしょ、平民は。

まあ、落ち着いて
ご飯を寿司用に炊いて
干し椎茸を戻してと

仕方ない
れんこんはこっちのを使って
それ以外、いまいち今日買ってきた材料のものは出てないんだけど
きぬさやは多少塩入れてさっとゆでれば良いのかな
問題は椎茸なんだけど
醤油と砂糖1対1くらいかな

あっ、これ可愛い
ニンジンが梅の花に切ってある
余裕あったらこれもやってみよう。

椎茸煮ている間に
錦糸卵つーくろっ

薄焼き卵、一枚目は失敗したけど
まあ、言わなきゃ分かりません。

そうこうしているうちに
ご飯が炊き上がった
昨日の残りご飯も混ぜちゃえ

以前、巻き寿司とか握り寿司とか作ったとき
寿司酢はレシピ見ながら自分で作ったんだけど
次女に不評だったので
そのあと、ミツカンすし酢を買ってきていた筈
えっ
ない
調味料ラックをいくら探しても
使っちゃったんだっけ

ここへ来て、またスーパーに走るの?

あったあ
冷蔵庫かいっ

混ぜてっと

宅配寿司やってたときは
酢混ぜるところまで機械でやっていたなあ

れんこんだけは、レシピがあったので
そのレシピにあった甘酢につけて

ニンジンの梅やってみようかな
とりあえず丸く切った。

梅の形の型抜きがあってぎゅって押せば出来るんだろうけど、もちろんそんなのはない
これ、一つずつ包丁で切っていくの?

あっ、ひょっとして
丸く切る前に
長い時点で、五つに花びらみたいに切れ込み入れて
花びらの先もちょっと切れ込み入れて
それから薄く切れば良いのか
金太郎飴方式

おおおっ、出来た
こりゃどこからどう見ても梅の花
軽く茹でとくか
いやあ、ママの愛情たっぷりキャラ弁みたいやなあ

先に切っちゃった、ニンジンどうしよう
よし、ここへきて方針転換
鮭はホイル焼きじゃなくて、ちゃんちゃん焼きにしよう。

ちゃんちゃん焼きも出来

椎茸も切ってシャリに混ぜ
大きなお皿でさあ盛り付けだ
良いぞ良いぞ
なかなかの美的センス

出来たよー

次女が
おおおっ

写真も撮りましょ

ちゃんちゃん焼きは見映え的にはいまいち

美味しいね
大成功じゃない?

さんざん食べて
あとはお母さんの分ね

休日はカミさんは仕事で、遅くなります。
だから休日は私が食事担当

ちなみに、長女は今日はお出掛けで外食です。

片付け
さあ、片付けしとかないね
流しの方に戻ってきて

う、うひょーーーーーっ
ま、まさか
今までの苦労がーーっ

ちっちゃなざるの中に、ニンジンの梅の花

ニンジン乗せるの忘れた

愛情がっ

写真も撮ったし
半分以上食べちゃったよ

今までの人生の中で、これほどの失敗があったろうか

仕方ない
あり得ないことだけど
カミさんにだけ、愛情を乗せましょ

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マネッチア

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[小暑] 7/7 山王祭のルートを辿ろう

二十四節気シリーズです

小暑
しょうしょ 暑さが本格的になっていく頃 07月07日

この表現は合ってますね
暑さが本格的です。

7/7は七夕でしょと思いますが
旧暦だと7/7じゃないんですね
七夕、旧暦の7月7日は立秋の時にお話ししますね

山王祭
江戸時代のこの時期には、日枝神社の山王祭が行われます。

江戸に祭は数々あれど、天下祭と呼ばれているのは
山王祭と神田祭だけです。

山車(だし)や神輿(みこし)が江戸城まで入ることが許され
将軍の上覧を受けることが出来る

一年おきで、山王祭の年と神田祭の年が入れ替わります。

ルート
それでは、江戸時代の山王祭のルートを辿ってみましょう

スタート地点の山王権現(日枝神社)は、明暦の大火の2年後、
万治2(1659)年に、4代将軍家綱が赤坂の溜池を望む松平忠房の島原藩邸地を
社地に定め、社殿を権現造で新しく造営しました。

山王権現が立地する場所は江戸城から見て裏鬼門に位置します。

将軍徳川家の産土神として定められたんですね。

山王権現に集結した山車や神輿は、武家屋敷地が一帯を占めるエリアを通り、
高低差のある道を左へ、右へと曲がって行き、
井伊家上屋敷の裏手に出ます。
今の国会議事堂に立派な庭園がありますが、ここが井伊家上屋敷です。

ここから永田町梨木坂を下り、桜田濠のダイナミックな風景を目の当たりにします。

桜田濠の先に見える半蔵御門から、山王祭の行列が江戸城にねり込んでいきます。
そのねり込みの様子を描いた広重の浮世絵です

江戸城内に入ります。
吹上の広い庭園内の脇を濠に沿うように進み、将軍が待つ御上覧所に向かいます。

おお
今年は一段と見事じゃのう
誉めてつかわす。

御上覧所から常磐橋御門までの祭ルートは神田祭と共通になります。

ここまでで、前半終了。
常磐橋御門で山車はお役御免となり
以降の後半戦は、神輿だけになります。

さあここからは町人ルート
いっそう盛り上がります。

不思議なことに、江戸名所図会の山王祭の日本橋の絵には
山車も書かれています。
おそらく理由は、
せっかくだし

象まで行列しちゃってます。
まあ、せっかくだし

越後屋を皮切りに
賑わいの街中を通り
熱狂の渦

行列は、西堀留川沿いの小舟町を通り、小網町の親父橋を渡り、
さらに小網町を東に進みます。

右に曲がり、湊橋を渡って霊岸島に入ります。
霊岸寺は埋め立てによってできた島に寛永元(1624)年に創建された広大な境内がありました
明暦の大火後には深川へ移転しました。

その境内跡には、豪商で建築·土木に長けた河村瑞賢の手によって
万治3(1660)年に開削されたといわれる新川が掘られます。

御旅所に着きます。
御旅所とは、日枝神社日本橋摂社
支店みたいなもんですね。
今もこの場所にあります。

この辺りでもう暗くなってきますが
その中をさらに進みます。
まだまだ、これからだいっ

さあ来ましたよ、日本橋
左に折れて、いよいよ銀座へ

銀座には、恵比寿屋という呉服の大店(おおだな)がございます。
祭の日は売上がガンガン上がるんでしょうけど
店員だって江戸っ子
てやんでいっ、商売なんてやってられっかい

再び、武家屋敷エリアに入って来たときはかなり暗くなっています。
広島藩浅野家だったり
福岡藩黒田家だったり

到着
長くエキサイティングな一日が終わります。

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コエビソウ(ペロペロネ)

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庭園の滝をどう造る?

庭園シリーズ
構成要素で、水関連から始めています。
遣水
庭園の水調達の苦労

庭園の池
ときたので
次は、滝に参りましょう


庭園は元々自然の見所をコンパクトにしてイメージするものなので
滝も自然に存在する大規模なものは無理
小型の滝にはなりますが、滝があると庭園に大きなインパクトが出ます。

遣水についてはその周辺の地域が水を引いているのと同じように引いたのでは
高低差は出ない。
高めのところに水を引いてくるという、新たな試みが必要になる
庭園について調べると必ず出てくる、
平安末期に橘俊綱が書いた「作庭記」によると
一尺に三分即ち、100分の3の勾配をつける必要がある
水源の自然的条件と、人の努力が伴って初めて滝は可能になる

庭園に滝があると、よくがんばりました、の花丸をあげましょう。

東京近郊をずっとウォーキングして回っていますが
滝を売り物にしている庭園は
ホテルニューオータニの庭園と、椿山荘の庭園

商業庭園と申しますか
元あった庭園を踏まえつつも
お客さんを呼ぶためにあとから整備した庭園。

そこでの水源は、水道であり
高低差はポンプで汲み上げる事によって実現しています。

昔ながらの庭園たちからすると
卑怯者!な訳ですが
結果として、群を抜いた推量と高低差は可能になり
それはそれは見事

庭園に何を求めるかという根本的な問題になっちゃいます。

実際に歩いて回って感じるのは
どっちもアリ、であり
それは庭園の「個性」だなあ、と

だから、色んな庭園を見たくなるんですね。

滝の種類
それでは、滝の個性、それぞれを見ていきましょう。

先程言った「作庭記」によると

①筋落ち:1本の筋のように落とす。
②布落ち:幅広く落とす。
③段落ち:段上に落とす。(二段落ち、三段落ち)
④伝い落ち:壁面を伝うように落とす。
⑤離れ落ち:壁面から離れて落とす。
⑥糸落ち:細い筋で落とす。
⑦すだれ落ち:白糸の滝のように、筋状にたくさん落とす。

先程の、椿山荘の例で言うと
三段落ちにし
かつ、上二段が布落ち、
三段目が伝い落ちのすだれ落ちの変則パターン
さすが、考えてはります。

滝は、視覚のみならず、聴覚で感じましょう。
最近は、滝を写真に収めるとき、動画で録るようにしています。

これは小石川後楽園の綺麗な白糸の滝

龍門瀑
人は欲張りですね
自然を映してああ美しいで良いと思うんだけど
そこに、意味を持たせたいなと

中国の故事を表しましょう

鯉は、滝を昇りきると龍になります。

カープがドラゴンズになるとも言えますね

庭園でも表しましょう。
龍門瀑(りゅうもんばく)ないしは龍門の滝

滝に、鯉の彫り物でも配置しますか?
そんな品のないことはしませんね

日本庭園は、加工せずに、似た感じの石を配置する、見立て、という考え方
鯉魚石(りぎょせき)と言います。
金閣寺だとこんな感じ

もうちょっとですね

応援しましょう
カープっカープっ

戸山荘
江戸の滝でいうと面白いのは尾張藩下屋敷の戸山荘の滝

それなりの大きさなのに、水がちょろちょろしか落ちていない
ひょっとしていまいち?
客人が近づいた瞬間、水がどばっと噴き出す。

びっくりして逃げ回るお客さん

実は上で堰板で水を貯めておいて、
お客さんが近づいたぞって瞬間に板を外す。

さっき思いきり驚いておられましたね。
ずるいずるい。言っておいて下さいよ。

って感じで笑いあって、一気に距離が近づくっていう算段

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ニゲラ

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[百人一首]19 難波潟 超美人、伊勢の人生は

難波潟 みじかき芦の ふしの間も
逢はでこの世を 過ぐしてよとや

難波潟の短いふしの間ほどの、短い間の時間すら、会えないとおっしゃるの?
このままこの世を過ごしていけと

伊勢
伊勢は宇多天皇の奥さん中宮(藤原)温子に仕えていた

その美しさは群を抜き
それゆえに波瀾万丈の人生を歩みます。

温子のお兄さん、藤原仲平と良い仲に

お父さん、
困ったなあ
身分が違いすぎるよ

飛ぶ鳥を落としちゃっている、藤原基経の次男

遠回しに
やめた方が良いよ

案の定
仲平は良いとこのお嬢さんと結婚しちゃった。

ほら、言わんこっちゃない

当時の歌が今回の歌です。

中宮温子にもおいとまいただき、京も離れて傷心の人生

ここまでで終われば、ただお坊っちゃまに捨てられた可哀想な女の子の物語

でも、大方の女性はそんな弱くありませんね

泣き暮らす娘を見ていられないお父さん
中宮温子も理解してくれ
また、来てくれないかしら
うん、それが良いよ

京に戻ると元々備わっていた歌の才能が大きく開花します。

数々の歌合わせで連戦連勝
性格も良かったので、(美人だし)
伊勢ここにあり、と轟き渡ります。

さあ、そうなると

失敗したぁ、
と藤原仲平

また、文を送って来るのですが

ああら
どの顔してそのような

断固拒否
当たり前ですね

そのさらにお兄さんの藤原時平や
評判の高い平中という人とも浮き名を流します。

そしてびっくりするような事が起きます。

超大物から想いを寄せられる

その人は
宇多天皇

奥さんに仕えているのに、そらあかんでしょう

いけませんわ。

中宮温子はカンカンかと思いきや

良いんじゃない?

うっそー

天皇との間に子供までもうけちゃいます。

おそらくこの頃が人生のピーク

天皇は譲位し落飾
子供もすぐに亡くなってしまい
慕っていた温子も亡くなってしまう

「舟ながしたるここち」だったそう

もう坂道を転がるが如く
と思うでしょう

どっこい

宇多院の第四皇子、敦慶(あつよし)親王のプロポーズを受けた。

親王は25~6歳、伊勢は30過ぎ

中務(なかつかさ)という娘を産んだ
この娘は長生きし、伊勢の血を受け継いで、歌の才能を開花
親子揃って、三十六歌仙に選ばれています。

鑑賞
このあたり、大阪(難波)の歌が続くことになります。

ただ、「難波潟 みじかき芦の」は
ふしの間に続け、短いということを表すための序詞
難波の風景を歌ったわけではない。

とはいえ、序詞って全く意味が無いかと言われるとそういうものではなく
誰もが分かる有名な場所を選んで
この場合でいうと、難波潟の芦の殺伐とした雰囲気を、
読むものに思わせるという、イメージ作りの大きな役目を負う

藤原仲平の歌への返歌と言われている

会いたいわ、というような歌を送られた仲平が
今日はちょっとお腹が痛いから、的な見え透いた言い訳をしてきたのかも知れません。

本当は芦のふしの間は、それ程短くは無いんだけど
これもまた、イメージですね

すぐしてよとや、で
すぐしてよ、とや(言うおつもり)?
と途中で切って余韻を残している。

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カシワバアジサイ

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