江戸東京たてもの園。続き

江戸東京たてもの園に行ってきました。
の続きです。

高橋是清邸
たてもの園の一番の目玉でございます。
高橋是清(たかはしこれきよ)は経済に滅法強い総理大臣
あだ名はだるま宰相。言い得て妙。

総理大臣を退任したあとも、経済の能力を買われ
何度も大蔵大臣として再登場

最終的に軍事予算の縮小を図ったところ軍部の恨みを買い2.26事件となります。

2階で寝ていて、青年将校たちに6発打ち込まれて即死
まさしくその時の部屋が移築されています。

その場所に立っているかと思うと震える気持ちがします。

この掛け軸は、是清本人が書いたものの複製

不忘念、と書いてあります。
たてもの園のガイドさんは10年以上ガイドをやられているけど
最初は不忘無、だと説明していたそうです。
禅宗と書に詳しい人に、指摘していただいたらしいです。

曹洞宗の開祖道元が、正法眼蔵の中で使っている言葉で
物事のあるがままの姿を正しく捕える力を持ち続けること
「正念」または「不忘念」

かなり是清は信心深かったと思われます。
花頭窓がありました。

禅宗形式の建築であるんですが、この奥に仏像が安置されていたようです。

旧自証院霊屋(きゅうじしょういんおたまや)
出ました。出ました、出ました。

3代将軍、家光の側室、お振の方(おふりのかた)の霊廟(れいびょう)

えっ、お振の方ですか

大奥シリーズをやっておりますので、とても身近に感じられます。
男色家光を女性に目覚めさすべく、春日局が必死の努力。
最初の成功事例がお振の方
男装して近付き頑張りました。
無事、千代姫を出産。
詳しくはこっちを見てね
[大奥]3 家光→春日局

霊廟ないしは霊屋というのは、死者を弔うための建物
自証院は、お振の方の法名です。
この霊屋、千代姫が建てたものです。

規模的には、小ぶりではありますが
各造作は実に立派
日光東照宮をはじめとし、霊屋に多い極彩色のここの部分も見事です。

伊達(だて)家の門

伊達家と言っても仙台ではありません。
宇和島藩。
ということは、四賢候の一人、伊達宗城(だてむねなり)です。
ちょうちん屋に黒船を作らせた、蘭癖(らんぺき)大名です。
ちょうちん屋が黒船を作っちゃった

この門、シロガネーゼの白金にあった伊達家の屋敷の門ですが
大正時代に江戸時代を懐かしんで作られたもののようです。

横の番所という建物の中に住んでいたのは巡査さん
請願巡査といって、お金を出すから、ここに住んで守ってくれる?という面白い制度

色々説明を飛ばしましたが
ようやくここまでで、西ゾーンとセンターゾーンが終わり。

一番人気の東ゾーンが丸々残っております。

いかん、もうこんな時間。
そろそろ、くうちゃんの事が心配になってきたから、あとはささっと。

子宝湯
東ゾーンがなぜ一番人気かというと
千と千尋の神隠しのモデルになった町並みを再現しているから。

正面にどーんとあるのが、ゆばあばがいて、千尋の働いていたお風呂屋さん。

良いんだろうか。女湯に入っちゃったよ。

こういうかごあったなあ

やっぱり富士山だねえ

スーパー銭湯とかも、壁に富士山書けば良いのになあ。

ほんとは、この町並みに、色んな魅力的なお店が再現してあるんだけど
やっぱりもう少し時間のあるときにゆっくり来ることにいたしましょう。

おでかけマップ

江戸東京たてもの園に行ってきました。

(5/1の事です)
10連休は、思いきりあちこちウォーキングするぞ、と意気込んでおりましたが
くうちゃんの事が心配なので、短めのウォーキングをちょこちょこに変更。

近場と言えば、家からバスで行ける、小金井公園内の江戸東京たてもの園

小金井公園
梅の時期、桜の時期と何度か来ております。
シーズン以外で来るのは初めて。

こりゃまた、ガラッと雰囲気が変わりますね
シーズンは人がワンサカいて、ワサワサって感じなのに
静かに、新緑いっぱい

SLとか


藤の花

江戸東京たてもの園
10年以上前に、カミさんと来たっきり

入口入ってすぐのところにガイドさんがいて
一通りの回り方を説明してくれた。
13:30から、ガイドさんと一緒に回れるらしいけど、昼には帰りたいからなあ

常磐台写真場
昭和初期に常磐台にあった写真屋さんです。
ああ、やったなあ。背比べの跡
子供が7人もいたらしいので大変です。

とっても親孝行で、おじいちゃんおばあちゃんの部屋は
自分達の部屋より、天井が立派で、茶の湯も楽しめる造り

2階の写真場が素晴らしい



北側からすりガラスで強すぎない柔らかな光を入れ、白っぽい壁で自然に反射するようにしている。

三井八郎右衛門邸
ここ、すごかった。

三井の十一代三井高公(たかきみ)さんの邸宅
第二次大戦後の、財閥解体の時期にたてられたもの
各地に散らばる三井の良いものをなくしてしまうのはもったいないので
ここに集めて保存しようとした建築

良いとこ取りなのですごいのなんの

2階の仏間は写真NGなんだけど、
左側に、なんとあの越後屋の三井高利とその奥さん、かねさん
三井高利は本人切れ者だけど
お母さんと奥さんも切れ者なのよね
三越の前身「越後屋」の商売革命
伊藤宇多。松坂屋を作った女性

すごいのが、龍の天井絵
なんと絵の具じゃなくて、剪綵(せんさい)という手法で作ってある
ごく小さな色糸や絹布を裏側から、重ねながら貼っていくというもの
さぞや有名な人の作品だろうと思いきや
なんと幕末期の三井家当主、三井高福(たかよし)さんの手作り
趣味だと言うことだけど
趣味という範囲を大きく越えています。
以降、この手法、一般には伝承されず
三井家の当主の奥様の手から手へのみ伝えられて今に至るらしい。

すごいものを見てしまいました。
さらに正面に置いてある青磁器も別の当主の手作り
そのための窯まであるらしい

大金持ちなんだから、超有名な芸術家の作品ばかりを集めても良さそうなのに
とても好感が持てます。

ビックリしたのが高公さんの奥さん。
なんとあの松平春嶽(しゅんがく)のお孫さんなんですって。
幕末四賢侯の一人です。
三井と言えども、大殿様の孫をもらったとあっては大変。
奥さんの部屋は一段高くなっています。

蔵に行きましたら
お輿入れの時の道具。出ました。三つ葉葵

一階や庭は、京都から持ってきたもの。
場所が桂離宮のそばだったので、桂離宮の影響を強く受けている
月に関わるものが3つ
満月

三日月

月崩しの欄間(らんま)(月という漢字を崩してあるそうです)

綱島家の古民家
江戸時代中期からの古民家です。
ということは、この前の板橋の古民家と同様なので
関東では最古級になります。

吉野家
こちらの古民家は、江戸時代後期になります。

三鷹市野崎にあったもの
尾張藩のお鷹場の場所
ビックリですが
この板戸より向こうは、お殿様が来られた時のみに使われる部屋で
普段は使わない。

入口もお殿様用に別

八王子千人同心組頭の家

その名の通り、1000人の組織。
家康から、以前の武田の郷士たちに、甲州街道宿場町で、戦略上の要所
甲斐へ向けた警備をしてくれと。
ただ、その後すぐに平和の世の中
主に仰せつかった役割は、日光の火の用心
えっ、逆に遠いです。間違えたのかなあ
行き来するのがえらい大変
おそらく、敢えて無駄とも思える行き来をさせて、影の目的
即ち、甲斐の産物の流通を図ろうという経済政策だったように思います。

前川國男邸
前川國男は、建築界の超大物
その大物が、作った自宅。
気合いが入っとります。

迎えたお客様を、おおーっと唸らせなければ商売が広がりません。

ところが、時期は戦時中。
贅沢は敵だ!
延べ床面積100平米以上は法律で禁止
さあ、どうする國男

答はこの展示を見てもらえれば一目瞭然

私、建築の素人が、一目でおおーっと唸るこの空間
広いっ。

狭いものを広く見せるため、縦に突き抜けたひとつのどーんとした空間

最初の大きな扉が開くときの演出効果で
最初わざと、狭いなあと思わせるような場所しか見せないようにして、
どんと開くと大空間
そのギャップで、おおおっと声をあげさせる。

風通しの工夫とか、北側の庭の秘密とか
全部、知恵なんですね
金をかけるんじゃなく知恵。

今でも、建築を学ぶ学生たちの教科書であり
メジャーを持った学生が訪れては、色んなところの寸法を計っていくそうです。

まだ、西ゾーンだけで、こんなに紙面を使っちゃいました。
残りは、明日ね

どこ行こう、そうだ!target=”_blank”>おでかけマップtarget=”_blank”>おでかけマップ

くうちゃんの命と向き合って。

くうちゃん、かなり良いです。

一時は強制給餌以外には全く食べれなくなって
もう、今日か明日かという状況になった。

でも、今は、1日の必要量にかなり近く、自分で餌を食べられます。
痙攣は完全には治っていませんが、生きれそうな気がしてきました。

以前は手を入れると噛みついて痛いのなんの、だったのが
噛むこともせず、噛んでも全く痛く無かったのに
今日はあの噛む力が戻っていました。

完全回復は無理でしょうけど。
本人が、痙攣の状態に慣れるというか
その状況で食べるということを身に付け
その状況で寝るということが出来るようになれば
いけそうじゃないでしょうか。

障がいを抱えつつ、生きている人だっていっぱいいる

この数日
とてもいっぱい色んな事を考えました。

海ちゃんとシャケちゃんは亡くしたけど
原因不明の急死だったので
何かを考えている余裕が無かった。

今回、3/28に発病
一回回復
4/26、発病。痙攣が始まる
その後、治療法のある方の原因の可能性が消え
おそらく、脳の中の腫瘍
神経に間違った指令を出し、ピクッピクッを繰り返してしまう。
悪化の一途を辿る
という経緯

その間、色んな事を考えたというか
色んな感情に陥った。

思えば、介護というものをしたことがない
弱っていって亡くなった人を身近に見たこともない
命に数日間向き合うという経験をしたのは初めてかも。

もう、あと何時間というレベルだろうと自分で判断した時
涙が止まらなくなった。
可哀想で見ていられなくて
安らかに、としか考えられなかった。

その後、お医者さんに行って
諦めないんだ、と驚いて
そのあとのくうちゃんの、生きようとしている姿を見て
気持ちが動いていく。

お医者さんの痛くはないと思います、という言葉に救われたが
それでも、見ていられない、という気持ちは変わらなかった。

安らかに、という考えは減っていったが
見ていると辛すぎた。
その場を離れたかった。

数時間ではなさそうだと思えてきたので
自分の気持ちを守ろうと思った。
数日後にやって来るだろう、その日は付きっきりになるだろうから
今は、この場から離れたいと思い
ウォーキングに出た。
現実逃避です。

次の日は介護に明け暮れた。
強制的な給餌と薬も飲ませた
少しでも楽なようにゲージ内のレイアウトを色々変えた。

さらに次の日も見てられなくて
短い時間で帰ってこれるウォーキングに行った。

でも、そんな情けない私とは裏腹に
くうちゃんの、生きたいという思いと生命力は
ずっと踏ん張り続けていた。

良くなった気がする
最初に思ったのはその日の夕方

予定では、10連休後半は兵庫県の実家に帰るつもりが
一日延期していた
帰っても良いかも

病院に預けて、実家に帰る事にした。
入院です。
すると、病院から長女に連絡があり
強制給餌をしなくても良いくらいに回復しています、との連絡

翌日、長女が病院から引き取ってくれて
かなり良いので、強制給餌をしていませんとのライン

そして、私が戻ってきた今日
お土産に買ってきた、551のぶたまんの皮まで食べました。

動画を見てやってください。
良い感じと思いませんか
顔が一部黒くて変なのは
強制給餌のどろどろの餌がこびりついた跡です。

飛ぶなんてとんでも無かったですから。

命の期限
ある意味親思いと言いますか
10連休の最初に倒れて
なんかかんか予定はありつつ、家族の誰かが入れ替わり誰か居る状態。

でも、期限が迫ってくる。
7日になったらみんな仕事。どうしよう。

嫌らしい話だし、人間としてどうなのよと思いつつ
費用的な面が頭をもたげる。
治療法があるならまだしも
治療法がないとお医者さんが断言しちゃっている以上
入院したとしても、病院で出来ることは強制給餌のみ
いわゆる延命治療かも知れない。
入院費用、5000円
10日なら、5万円
その先は?

そういう事を考えている自分も悲しかった。

全て、今回は、くうちゃんに教えられ
くうちゃんに救われたと思う。

こんな風に思ってるんでしょうね

あんたねえ
何ぐちゃぐちゃ言ってんの
私ゃ生きたいのよ。生きるの。
7日だって?
分かったわよ、それまでに何とかすりゃ良いんでしょ。

[セキセイインコ]シリーズはこちら(少し下げてね)

平成最後の昭和の日に昭和記念公園

くうちゃんですが
みんな家を出払って、強制給餌が出来ないもんですから
病院に預かってもらいました。入院です。

ずっと悪化の一途で、自分では全く食事が出来なくなっていましたが
悪化はストップしたかも。
回復とはいきませんが、
預かってもらっている間、多少自力で食べたようです。
ひょっとすると、ひょっとするかも

4/29の
昭和記念公園の花満開で厄払い
の続きです。

日本庭園
日本庭園があるとの事でしたが
それほど期待はしておりませんでした。

失礼いたしました。
こんな日本庭園が拝めるだなんて

まずは入ってすぐのぼたん園
さっき花木園の方で見ましたが
こちらの方がより、整っておりました。

そして池
広い!
都立9庭園で言うと、浜離宮恩賜庭園に匹敵し
そもそも、池メインの、石神井公園や井の頭公園に匹敵する

この広さの意味が後でわかります。

回りには、とても良い石組や滝があり見処満載


滝の近くには、イロハモミジがいっぱいあったので
紅葉の時はすごいことになるんだろうなあ

ああっ、これは!
船着き場

なるほど、この広さの謎が解けました。
これは、池泉舟遊型庭園

色々庭園は行きましたが
池泉舟遊型庭園と明確に言えるものは初めてです。
今まで、東京の庭園は池泉回遊型庭園でした。
船着場的石組というのはいくつかありましたが
ちゃんと船があるのは初めて見ました。

池泉回遊型庭園というのは、池の回りを歩いて回って楽しむ庭園
池泉舟遊型庭園というのは、池の中を船で回って楽しむ庭園

嬉しい!
来て良かった

この松も素晴らしかった


あとで確認すると、奥に盆栽園もあったようです。
見落としました。

こもれびの丘
誰がネーミングしたのでしょうか
ズバリそのままです。


新緑って何でこんなに美しいんだろう
幸せです。

こもれびの里
チューリップ、ネモフィラ、菜の花を見て堪能し
日本庭園まで見れて予想外
ああ良かった帰ろうと思ったんだけど
もうちょっとだけと思ってこもれびの丘に足を伸ばした。
予想していたものの
何なんだこの広さは
一つ一つのコーナーが普通の公園に匹敵する

さすがにもう何もないだろうけど
こっちのこもれびの里という方を通って帰るかな

ちょっと寄ってというには、遠いのなんの
ようやく着いたら
出たっ
ポピー畑

このあと満開になるとまたすごいことになるんでしょうね

ええっ
茅葺き民家じゃありませんか
こもれびの里は、農業をテーマにしたテーマパークでございました。



残念ながら、時間的に終了しているのがほとんどでしたが
ここだけでも半日楽しめそうです。

荒川沿いの足立区都市農業公園に匹敵します。

公園って一言で言っても
ウォーキングをいっぱいすると
色んなタイプの公園があることがわかります。
子供の遊ぶ遊具とかが色々ある児童公園
市民が、ボール遊びとかで楽しむ市民型公園
スポーツのコートが色々あるスポーツ公園
植物を集めた植物公園
森林をテーマにした森林公園
西洋庭園と日本庭園
そして農業公園

まさか全ての公園の要素を持った公園があろうとは。
しかも、コンパクトにまとめた訳ではなく
それぞれそれだけで成立するほどの規模の公園を
ぼんぼんぼんと足していった公園

帰りに、入口で今日何故無料だったかを見て納得
なるほど、今日は、昭和の日だったのか
だから、昭和記念公園は無料なのね
偶然にも、平成最後の昭和の日の昭和記念公園でした

帰り、立川駅に着いたら
またさっきのミュージシャンが盛り上がってました。
えっ、ずっとやっていたのかなあ。

しかも、スピッツのチェリー

思いっきり熱唱してから帰りました。

どこ行こう、そうだ!おでかけマップ