[大奥]15 一条美賀子。安らかに。

[大奥]15 一条美賀子。日本一の卑怯者に何とするの続きです。

明治
6年が経過した。
美賀子の予想は当たり、慶喜の助命は叶った。

慶喜は駿河へ行っている。

天璋院篤姫や和宮たち、大奥の女性達はバラバラに色んなところに行ったけど
考えてみれば、夫のところに向かったのは、美賀子だけ

出迎えてくれた慶喜は、意気消沈なんて微塵もなく
やたらに楽しそう。

正妻が来るのを待って、ある計画を実行に移す。
ミニ大奥作り
一色須賀という女性が、
任せなさい、とばかり、慶喜の好みの女性を物色
特にその中でも気に入ったのは、信と幸
相変わらず、美賀子との間には夫婦間の交渉はなし

子孫を残したかった。
側室たちに子供を産ませる産ませる
何と21人。

それでも、美賀子に対する気遣いは特別で、とても優しかった。
こういうところが、とっくに愛想は尽きていても見捨てられないところなんだろう。

信や幸には、子供たちの母親としての扱いはしなかった。

子供たちに、美賀子を、おたあさまと呼ばせ
美賀子を母親として扱った。

次第に美賀子も母性に目覚めていく。
思えば、喜子を亡くしてから、心を殺して生きてきた。
再び、生きる張り合いを感じる日々

一方の慶喜は趣味三昧
和歌、謡に加え、写真、書道、乗馬、油絵、自転車。

中でも、写真は当時の最先端の技術とセンス
元将軍でなければ、写真家として大成していただろう。



何かと言うと美賀子を連れ出し、写真を撮る

こんなお婆ちゃんを撮っても何にも面白くないでしょうに
ところで、これは慶喜が撮ったのではないと思うけど
若き日の、一条美賀子


美賀子が乳癌になった。

慶喜に話すと
ならば、手術をすればいい。

妻への気遣いもあるが、最新の医療技術に関心があるので目をキラキラ

乳房には、女の魂が宿ります。
乳房を切り取ってしまうなんて、嫌でございます。

駄目だ。
わしより先に逝ってもらっては困る
絶対に困るんだ。

どうしてもというなら、ひとつ条件がございます。

慶喜のかつての部下、あの一万円札になる渋沢栄一が
何度かやって来て、名誉回復のため、色々動いてくれる。
その一環で、一橋慶喜伝を作るべく
色々な話を、慶喜から聞き出した。

でも、どうしても話さなかった事がひとつ
大阪から逃げ帰ってきた理由

それを話せば手術を受けると言うのか

はい

分かった。お前にだけは話そう

あの少し前に、フランスの大使ロッシュが、ナポレオンからの密書を携えてやって来たんだ
薩長との戦いになったときは、フランスは全面的に幕府に援軍を送る
ただし、見返りとして、薩摩をフランスの領土として渡せと言う。

どうしても、国を売るということは選択できなかった。
申し出を断ったら、薩長のバックにはイギリスがついているので、幕府は負けるだろう
どうせ負けるのなら、フランスが出てくる前、
戦いの前に負けるしかなかったんだ。

話してくれてありがとうございます。
手術を受けます。

衝撃の理由ですね
林真理子さんの小説「正妻」の中での事なんで
その辺は割引いて考えてね

ただ、どうなんでしょう
確かに言われてみれば、あのまま戦争に突入すれば
フランスとイギリスの代理戦争になってしまった可能性は強い。
ベトナムの悲劇が、日本で行われていたかも知れません。
卑怯者であることを否定するつもりはないですが
立派であることが、数多くの人命に優先するとは、やっぱり思えないのです。

手術は一旦成功。
でも当時の技術で、完治まではいきませんでした。

その後、渋沢栄一や勝海舟が頑張ってくれて
東京に戻ることを許されます。

真っ先に、美賀子を赤十字病院へ。

勿論、つきっきりで看病、みたいな事はいたしません。
相変わらず趣味に大忙し。

もう。こんなときにどこに行っておられるのか

ええやないの。
みんなが言うほど、悪い人やおへんえ

そういうと、静かに眼を閉じた。
安らかな眠り。
そして、そのまま、眼を開くことはなかった。

旅先の慶喜に報せが入った。

涙で、顔をぐちゃぐちゃにさせながら、自転車を漕ぐ

駄目だ
わしがいくまで、頑張るんや
わしより先に逝ってもらっては困る
困るって言ったろうが

美賀子ーーーっ

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