六義園の和歌の世界

4連休2日目
雨予測ではありますが
私からすると、それがなんぼのもんじゃい

都立9庭園年間パスポートを持っておりますが
コロナ以降、あまり活用できておりません。
ちょうど元は取ったので、良いっちゃ良いのですが
関西人たるもの、得するまで使わねば。

都立9庭園で行っていないところはないのですが
一番奥深いのが六義園(りくぎえん)
よし、今こそ参らん、六義園へ

六義園
六義園は和歌のテーマパーク
5代将軍綱吉に仕えた柳澤吉保が作った実に見事な庭園です。
庭園の美しさは群を抜いておりますが
和歌を味わいながら巡ると倍楽しめます。

そのためには、ガイドさんに解説してもらうのがベスト
前回、解説してもらって感謝感激
こんなのをもらえます


ただ、何せ六義園はあまりに素晴らしいので、ガイドさんの1時間では全ての和歌の解説には至りません。
2回3回来る必要があるぞと思っておりました。

そう
私には年間パスポートがあるのさっ

すみません。これで

はい。延長ですね。

どういう意味かと言いますと
緊急事態宣言中、都立9庭園はお休みでした。
年間パスポートを持っている人はその分の延長手続きをしてもらえるんです。
親切です。さすがは小池さん。

今日は、ガイドさんの解説はあるのでしょうか
恐る恐る聞いてみました。
密を避けるって言って、ガイドさんのツアーは休止ってことが相次ぎました。
事前にホームページをチェックしたんですが、休止って書いていない。
前は休止って書いてあったんだけど、再開したのかなあ。

すみません。ガイドはもうやっていないんです。

ガーーン

何のために来たのでございましょう。
再開の目処すらないと言います。

こうなると、方法はひとつです。

頑張る

確か、ガイドアプリがあったはず
聞いて、ダウンロードしました。
Tokyo Parks Navi
やはり、ガイドさんの解説ほどではありませんが
前回の和歌のしをりを持ってきて良かった

とっかえひっかえ組み合わせつつ必死のパッチで頑張りましょう。

さあ、それでは、でーこんの六義園徹底解説。はじまりはじまり

六義園
六義園(りくぎえん)変な名前ですね
柳澤吉保は、日本語読みで「むくさのその」と呼んでいました。
りくぎえんとは漢文読みです。

紀貫之が古今和歌集の仮名序で言っております。
そもそも、歌のさま、六つなり。唐の歌にもかくぞあるべき。
そへ歌。かぞへ歌。なずらへ歌。たとへ歌。ただごと歌。いはひ歌」
唐の詩の分類六義の「風・賦・比・興・雅・頌」に相当する。
要は和歌を6つに分類したのが、六義。
なので、和歌の世界。
園はテーマパークですから
六義園は和歌の世界のテーマパーク、という訳です。

和歌で歌枕という言い方をしますが、和歌に良く歌われる美しい名所
どこかひとつ選んで、庭園で再現し
ここから見える景色はこの歌、という風に対応させて
客人に楽しんでもらおう

柳澤吉保は、和歌の先生、北村季吟に尋ねます。

どこがよろしいでしょうか

和歌の世界ですね
和歌山です。和歌って入ってます。
ちょっと前に言ってきましたが、それはそれは素晴らしかった。

私は行ったことないんですが・・・
でも、和歌で和歌山はとても分かりやすい
それで行きましょう。
お任せしますので、どんどん提案願います。

それでは、順番に参りましょう。

1.和歌の浦(わかのうら)
若の浦に潮満ち来れば潟(かた)を無み葦辺(あしへ)をさして鶴(たづ)鳴き渡る
山部赤人 万葉集

和歌の浦に潮が満ちて来ると潟がなくなり、葦のほとりをめざして鶴が鳴き渡るよ

現在の和歌山県、和歌の浦です

2.出汐湊(でしほのみなと)
和歌の浦に 月の出汐の さすままに 夜鳴く鶴の 声ぞかなしき
前大僧上慈円 新古今集

和歌の浦で、月の出とともに潮がさすにつれて、夜鳴く鶴の声が本当に悲しく聞えるよ

出汐というのは、汐が満ちてきて船が出られるようになることを待っている事なんですが
同時に、月を愛でるために、月が出るのを待っている時間でもあります

3.玉笹(玉ざゝ)
いもせ山 中に生(おひ)たる 玉ざゝの 一夜(ひとよ)のへだて さもぞ露けき
信実朝臣 新六帖

妹山と背山の間にある玉笹によって男女の仲が隔てられ、逢えぬつらさに涙をたくさんながすよ


真ん中にある笹のような形をした岩が、玉笹です。
いもせ、というのは夫婦を表しますが、妹山と背山の間に玉笹が生えていてなかなか会えない

実際に今も海に張り出した島に妹背山があり、そこに橋で渡れるようになっています。

六義園でも橋がかかっています

4.玉藻磯
和歌の浦に 千々(ちぢ)の玉藻を かきつめて 万代(よろづよ)までも 君が見んため
皇太后宮大夫俊成 玉葉和歌集

私のもとにたくさんの和歌をかき集めて千載集を撰集いたしました。
いついつまでも貴方様がみることができるように。
(貴方様の御代に死んでいった方々のことを想い、御下命のとおり供養の集として編みました。)

皇太后宮大夫俊成(こうたいごうぐうのだいぶとしなり)が、
後白河院に千載和歌集奏覧の折に手箱に巻きつけた包み紙に葦手書きした和歌より採られています
玉藻というのは、藻の美称で、ここでは和歌の事を指しています。

ここで、池の中の事をお話ししましょう

島の手前に、横に長い岩が見えます
拡大するとこう

ワニが頭をもたげた感じに見えますが、ワニではありませんで、龍です。
臥龍石(がりょうせき)といって、龍の伝説に基づいています。

手前の岩は、蓬莱山です


蓬莱山とは不老不死の仙人が住む山、ないしは島で、庭園の池にはつきものです。
ただ、これは柳澤吉保が庭園を作ったときにはありませんでした。
和歌山に蓬莱山はありませんのでね

これを作ったのは岩崎弥太郎。三菱グループの創始者です。
六義園は、明治になって新政府に没収されるのですが、誰も手入れせず、荒れ果てていました。
それを買い取り、再整備したのが、岩崎弥太郎なんです。

岩が大好きな岩崎弥太郎ならではですね。
こんな見事な形の岩はなかなか手に入らないでしょう。

ずいぶん長くなりました。
まだまだ、続きますが、一旦切って続きは明日ね

[おでかけ]シリーズはこちら(少し下げてね)

六義園の和歌の世界」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 六義園、和歌の世界。その2 | でーこんのあちこちコラム

  2. ピンバック: 六義園、和歌の世界。その3 | でーこんのあちこちコラム

  3. ピンバック: 六義園、和歌の世界。その4 | でーこんのあちこちコラム

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