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[旅行] 全国陶磁器巡り。六古窯その1
六古窯(ろっこよう)の残りの産地に詣りましょう
越前焼
福井県です

常滑焼の影響を強く受ける
同じく鉄分を強く含んだ粘土が取れたので、赤っぽく丈夫で、大型の製品が多い
最初は、常滑焼同様に釉(うわぐすり)を使わなかったが、
途中から灰を使った灰釉陶器(かいゆうとうき)も作るようになっていきます
六古窯のうち、唯一日本海側
越前の港から日本海側の全国各地に広く流通したので、越前焼は有名になっていきます
信楽焼
滋賀県です。滋賀なのでしがらき焼と覚えましょう

こちらも常滑焼から技術を教授してもらったので、
最初は大型の製品で無釉
その後、作れるものは何でも作るという積極性で建築用のタイルに至るまで幅広い製品を作っていく
代名詞ともいえる“たぬきの置物”が誕生したのは1951年。
昭和天皇の信楽行幸にて、主力商品である火鉢を積み上げてアーチをつくり、
信楽たぬきに日の丸の旗を持たせて並べ奉迎した。

それを見た昭和天皇は喜ばれ
「おさなとき あつめしからに なつかしも しがらきやきのたぬきをみれば」
と歌に詠まれました。これを機に全国で人気となります。
1970年に開催された大阪万国博覧会のモニュメント
「太陽の塔」の背面にある直径約8メートルの「黒い太陽」は、
信楽の当時の技術を駆使して制作されたものです
丹波焼
わが兵庫県。丹波篠山です

一貫して、素朴な風合いの製品を作り続けている
江戸時代には朝鮮式半地上の登り窯が導入され、
短い焼成時間で大量生産が可能になります
丹波立杭焼の特徴は、「灰被り(はいかぶり)」という独特の色と模様です。
登り窯で最高温度約1,300度の高温のなか約60時間焼かれるため、
焼成時にかかった灰と、土に含まれる鉄分や釉薬と化合され、
独特の模様が現れます。
炎の当たり方や灰のかかり方によって、
ひとつひとつ異なった表情が生み出される。
日本六古窯の多くが右回りのろくろで作られるのに対し、
丹波立杭焼は日本では珍しい左回転ロクロ「蹴りロクロ」と呼ばれる
独特の伝統技術で作られています
備前焼
岡山県です

備前焼の起源は、古墳時代の須恵器にあると言われています。
須恵器の生産が終わる平安時代後期に生活用器の椀、皿、瓦などが生産されたのが始まりです。
鎌倉時代の中期、主に壺。甕・すり鉢が作られるようになります。
備前焼特有の赤褐色の焼き物も作られるようになっていきたのもこの時代からです。
室町時代は最も広範に備前焼が使われ、南・北・西に本格的大規模な共同窯が築かれます。
江戸時代になると藩の保護・統制もあり小さい窯が統合され、大きな共同窯が築かれました。
共同窯は窯元六姓(木村・森・頓宮・寺見・大饗・金重) による製造体制が整えられます。
六古窯以外にも、有名な産地がいっぱい
そもそも、全国の陶磁器の半分以上を占める美濃焼は六古窯に含まれていません
次回は美濃焼をはじめとした六古窯以外の陶器と、磁器の産地を紹介していきます